4.フローラ様の対価
授業終了後は身分順での退席となる。一番最後に部屋から出ると、フローラ様の従者が廊下で俺を待っていた。
主が美しければ、従者までも美しい。
「クリスティーナ様、お待ちしておりました。フローラ王女殿下の従者ディアナと申します。主より直接お部屋にご案内するよう申し付けられておりますので、ご同行願えますでしょうか」
なんとフローラ様の生活されているお部屋にお招きいただけるらしい。
家族以外の女性の部屋に入るなど生まれてはじめてである。
嬉しさが限界突破し、もはや緊張で手汗がドバドバのビチョビチョだ。
◇◇◇
「こちらへどうぞ」
ディアナさんがフローラ様のお部屋の扉を開けた瞬間、とても良い匂いが鼻孔をくすぐる。
フローラ様は既にお部屋に戻られており、わざわざ俺を出迎えて下さった。
「わざわざ部屋まで来てもらってごめんなさいね。でも、貴女とは一度ゆっくりお話をしたいと思っていたの」
「光栄です」
俺は勧められるがまま、フローラ様と向かい合う形でテーブルを挟んで向い側の椅子に腰を下ろした。
ディアナさんがお茶の準備をした後に従者の部屋に下がるのを確認すると、フローラ様は話の本題に入られた。
「昨日は、マルクを探索してくれただけではなく、魔法を使えるキッカケになってくれたと聞きました。本当に……本当に、ありがとう」
フローラ様は、俺としっかり目を合わせながら心を込めてお礼の言葉を口にされた。
「勿体ないお言葉をありがとうこざいます。ですが、私はたまたまその場に居合わせただけで、特別な何かをしたわけでもなく……」
「いいえ、貴女が側に居てくれたからこそよ」
フローラ様は含みのある笑みを浮かべられる。
「ただ……そのせいで、貴女には対価を背をわせることになってしまい、本当にごめんなさい」
「いいえ、それは本当に何の問題もありませんので、お気になさらずに」
むしろ男の身体に戻してもらえたことを感謝したいぐらいである。
「でも安心して、魔法の国ルーベンブルク王国の王女として、今から貴女を元の身体に戻してもらうように精霊にお願いしてみます」
「え"っ!!」
いや、このままで大丈夫ですと止める間もなく、フローラ様が目を瞑ると途端に部屋の中に光と風が巻き起こる。
しかし、すぐにハッとした表情をしたかと思うと、フローラ様の持っていたカップがピシリと音をたてた。
「フローラ様、大丈夫ですか!?」
麗しいフローラ様の御手に傷でもついたら大変だ。すかさず、割れかけたカップをフローラ様から遠ざける。
その際、うっかり美しい御手に触れてしまったのは不可抗力であろう。わざとではないって、本当。
その後すぐに例の身体を覆う熱に襲われた。もう三度目のことなので、即座にフローラ様に背を向けて、胸に入れていた詰め物を外す。
フローラ様の前でこんな醜態を晒す事になるとは。
そのまましゃがみ込み、なんとか熱をやり過ごした。
…………はぁ。また女性の身体になってしまった。
こんな短期間に男女をいったり来たりして、俺の身体は大丈夫なのだろうか。
「あなたは……」
背後から声がかかった。
身支度を秒で整えて、急いでフローラ様に向き直る。
フローラ様が呆然とした顔で自身の両手を見つめておられた。
え、そんなに俺に手を触られたのが嫌だったのだろうか。一応、触れる寸前に制服の裾で手汗を拭ったのだが、いかんせんビチョビチョだったので、まだ湿度が残っていたのかもしれない。
「いえ、私は……」
そう呟かれたかと思うと、フローラ様の美しい紫色の大きな瞳から宝石のように輝く涙の雫が零れ落ちた。
泣くほど生理的に受け付けなかったのだろうか、もはやこちらも泣きそうである。
あれ、そう言えば、最初に俺が女性の身体になった時に精霊は“通常であれば対価に片腕をもらう”と言っていたような……。悪い予感にサァっと血の気が引く。
「フローラ様!? 大丈夫ですか? ひょっとして私の為に何か大変な対価を支払われたのですか?」
「……大丈夫よ。いや、やはり、でも……」
フローラ様は、とても悩まれた様子であったが、やがて覚悟を決められ重い口を開かれた。
「あなたに聞いてもらいたい事があるの」
只事ではない雰囲気に思わずゴクリと喉が鳴る。
「これからお話することは、ルーベンブルク王国の中でも知る者は殆どいない国の重要機密事項に該当する内容です。どうか、決して他者に話さないと約束してくれるかしら」
出来る事ならそんな重要機密事項は知らないままでいたいのだが、NOとは決して言えない空気である。
「必ず、お約束いたします」
そう答えると、フローラ様はフッと肩の力を抜かれた。
「ありがとう……ルーベンブルク王国には五歳になると初めて魔法を扱う祈霊式というものがあるのだけれど、ご存知かしら?」
「実際目にしたことはありませんが、名前だけは耳にしたことがあります」
「通常魔法を使う場合の対価は精霊様がお決めになるのだけれど、祈霊式ではお捧げする対価を自分で指定するの。私はその祈霊式で、自分の恋心を対価に精霊様に呼びかけをおこないました。その結果、初代ルーベンブルク王国女王の再来などと荷が勝ち過ぎる称賛の言葉を頂くことになったのだけれど……。はじめの内は、褒められることが純粋に嬉しかったわ。だから、これから祈霊式を迎える弟のマルクにも“恋心”を対価にすることで精霊様から良い反応をいただけることを話したの。でも、徐々に自分がしでかした事が恐ろしくなってきて……」
「恐ろしい? 何が問題なのでしょうか?」
「私は、祈霊式で支払った対価の“恋心”と釣り合うまで魔法を対価なしで使えるようになったのです。そして、影響力の大きい魔法を使えば使うほど思い知らされたわ。私の失った“恋心”とは、これ程にも大切なものだったのかと」
ハッとして、フローラ様を見やる。
「私は大切な弟に、これだけ価値のあるものを失わせる訳にはいかないと思い、恋心を絶対に対価としないように祈霊式前日のマルクに言い含めたわ。そして念の為、精霊様方にも、どうかマルクの恋心を対価として奪わないようにお願い申しあげました。そして、その結果マルクには祈霊式の失敗という大きな枷を負わせるどころか、魔法も扱えないというとても……とても辛い思いをさせてしまったの」
「……そうだったのですか」
「でも、あなたのお陰でマルクは魔法を扱える様になりましたし、私も……ようやく“恋心”以外の対価を支払う時が訪れたようです」
そう言うとフローラ様は割れたカップを指さされた。どうやら、今回の対価はフローラ様のお気に入りのカップだったらしい。一先ず安心する。
「ねぇ、クリスティーナ。どうやら私は他者への恋心を失くしてしまった分、家族への愛着が深いようなの」
「なるほど」
「なので大切な弟であるマルクには、私の分まで幸せになってもらいたいのよ」
「そうですね?」
一体何の話だろうか?
フローラ様は意味深な笑みを浮かべるばかりであった。
◇◇◇
「また、こうしてお話をする時間をもらうことは可能かしら?」
「もちろん! いつでもお待ちしております!」
「ふふふふっ。それでは、近いうちに是非また」
フローラ様と帰り際の挨拶を交わしていた時、扉をノックする音が響いた。
コッ!コッ!
「あら? どなたかしら?」
丁度これから出るところで、ドアに一番近い場所に居たのでフローラ様に断りを入れてから俺がドアを開けた。
すると、そこには紅い女性用マントを手にしたレオン王子が立っていた。
心なしか怒りのオーラが立ち昇っている気がするのは、気の所為であって欲しい。
ブラコン拗らせフローラ様は、マル×クリ一点推しの過激派です。
 




