3.最初の授業
扉の先には、一台あたり八人程度が座れる丸テーブルが七つ並んでいた。
開始時間には間に合ったが、ローレン様との話が思いの外長引いたせいか、ほとんどの席がすでに埋まっているようだ。
見渡す限り、沢山の美しいご令嬢達で埋め尽くされた空間。何て壮観な景色なんだ……。
「ご機嫌よう。クリスティーナ」
部屋に足を踏み入れると、まるで竪琴を奏でたかのような美しい声で話しかけられた。
「ご機嫌よう、フローラ様……!」
フローラ様は本日も大変お麗しい。今朝方フローラ様に対する恋心と決別したばかりだが、美しいものは美しい。それはそれ、これはこれである。
「昨日は弟のマルクが大変お世話になり、本当にありがとう。授業の後に改めてお礼がしたいので、少しお時間をいただけるかしら?」
「そんなフローラ様にお礼をいただける程のことは何もしておりません。でも、時間ならいくらでもありますので喜んでフローラ様にお捧げいたします!」
マルク様に恩を売っておいて本当に良かった。ありがとう。ありがとう。
「ふふふ。それでは、また授業の後に」
「はい!」
どうやらフローラ様との会話は、とても目立ってしまったらしい。
気がついた時には、部屋中の御令嬢達の視線を一身に浴びていた。
まぁ、フローラ様からは誰も彼もを引きつけてしまう美のオーラが溢れて余りある程だからな。
ふと、一番奥のテーブルに座っているジュリア王女と目があった。
ジュリア王女は、テーブルの縁から少しだけ指先を出して手を振り、はにかんだ笑顔を俺に向けてくださった。
ん"ん"ん"ん"ん"っ!!!!
この恋を諦めなくてはならないだなんて、現実は何て残酷なんだ。
その時、セシリア姉様にぐいっとマントを引かれた。ジュリア王女に夢中で、立ち止まってしまったままだった事に今更気が付いた。
席はどうやら指定があるようで、案内役の誘導に従ってテーブルに向かうシステムらしい。
「セシリア様、クリスティーナ様、席へご案内する前にマントをお預かりいたします」
「はい。お願いいたします」
マントを渡す際に思い出した。そう言えば、マルク様から借りた青いマントを羽織っていたんだった。
やけに視線を集めていた理由は、これも一因かと思い至る。
案内されたテーブルには、すでに六人の御令嬢が着席されていた。
エルンドール王国の生徒は、セシリア姉様と俺だけらしい。
「ごきげんよう。エルンドール王国、ウェールズ伯爵家の長女セシリアと申します。こちらは、妹のクリスティーナです」
「本日は、よろしくお願いいたします」
こういう時は、はじめが肝心だ。セシリア姉様と俺は愛想よく挨拶し、席につく。
俺達の挨拶をきっかけに、各々自己紹介の流れになった。どうやらこのテーブルには、クロディア王国の伯爵令嬢が三人、ルーベンブルク王国の伯爵令嬢が三人、我々エルンドール王国が二人の合計八人のグループらしい。
しかし、どうにもこうにも空気が重い。
各国は政治的な問題もあり仲が悪いとは聞いていたが、それを肌でもろに感じる。
生徒会での王族達の雰囲気が表面上はそこまで険悪なものではなかったから油断していた。
そんな空気のなか、セシリア姉様が一つ咳払いをした。ここは私に任せろ、と言わんばかりのドヤ顔である。イヤな予感しかしない。
「皆様は、異性のどんな所に魅力を感じますか?」
「…………」
圧倒的なまでの無言が胸に突き刺さる。
「私は男性の筋肉、特に胸筋にとても魅力を感じます」
「……………………」
やぁーめぇーてぇー!!
姉様! お願い! 空気を読んで!! 場のグラビティがすんごい事になっているよ!
まるで昨日の俺とマルク様との会話の再現ではないか。共感性羞恥心が煽られること山の如しである。
しかし、こんな危機的状況のセシリア姉様を救えるのは弟である俺しかいない。
恥ずかしさで地面にめり込みそうになっている場合ではないのだ。
俺は、この場の空気の重さに負けないように力強く顔を上げ、とても良い笑顔で明瞭快活に発言した。
「私は、異性の二の腕に堪らなく魅力を感じます!」
◇◇◇
記念すべき最初の授業が色んな意味で終わった。
さて、これからは楽しいフローラ様からのお呼び出しである。切り替えていこう。




