2.秘密の共有
ちょっと落ち着いて考えれば分かることだったはずだ。
貴族は政略の為に結婚するのが常で、恋愛結婚なんて滅多にできるものではない。
ましてや王族なんて、その最たるものであろう。
どうせ実ることのない想いなら、これ以上この想いが深くなる前に見切りをつけることができて良かったではないか。
伯爵令息の俺がジュリア王女と結ばれるだなんて夢のまた夢だったのだ。
それにしてもお相手はローレン様か……。ジュリア王女とローレン様の組み合わせ……可愛いで溢れてるな、可愛いが飽和状態ではないか。なんだその可愛いの無駄遣い。
ジュリア様とローレン様がじゃれ合ってるのを想像すると、何かそのソワソワするな。心が潤う的な? 目に優しい的な?
いやいやいやいやいや、待て待て待て。俺にそんな性癖はない!
だがしかし、ジュリア王女のお相手がマルク様とかその辺の有象無象でなくて良かった。そうだった場合には、俺は嫉妬のあまり何をしでかしたか分かったものではない。
ジュリア王女の隣にいるのがローレン様であれば、可愛いの相乗効果で失恋の痛みも最小限ですむというものだ。
ジュリア王女への憧れは尽きないが、俺は自分の身の丈にあった恋を改めて探そう。
だが最後に、これだけは確認しておかねばなるまい。
「ローレン様は、それで幸せなのですか?」
「は?」
「折角こんなにも可愛らしいお顔立ちでお産まれになったのに、男性の格好を強制され男として生きることは本当に幸せなのでしょうか?」
「ととと突然、何を言い出すのですか? 換学の力では男に見せかけることしかできませんが、魔法の力を手に入れることができれば正真正銘の男になれると聞きます。真の男となりジュリア様と結婚することはクロディア王国の王族としての責務です」
「クロディア王国の事情なんて聞いていません。私はローレン様のお気持ちを聞いているのです」
「……私の幸せはクロディア王国の発展です。女として生きるだなんてことは、考えたこともありません」
ローレン様は俺を真っ直ぐに見据え、はっきりと答えられた。その真剣な瞳に嘘や迷いは感じられない。
「はぁ……」
ローレン様がふいに溜息をついたかと思うと首元から小刀を外し、俺の上から退く。
今の内と俺も長椅子から起き上がると、ローレン様は俺の隣にドサッと座った。
「少しは怯えるとか、可愛げのある反応はできないのですか?」
「すみません、何だか色々気になってしまって、ついつい質問攻めにしてしまいました」
「はぁーーーー……」
ローレン様は、また特大の溜息をつかれた。
「突然襲いかかって申し訳ありませんでした。少し驚かせて、この秘密を誰にも漏らさない様に圧力をかけようと思ったのです。それが、貴女ときたら……」
「何だかご期待に添えなかったようで申し訳ありません。そうですね……それではローレン様の秘密を暴いてしまったお詫びに、私の秘密をお教えいたしましょうか」
ローレン様が訝しげな顔をこちらに向ける。
「私、実は男なのです」
「………………………………は?」
ローレン様がフリーズした。
言葉の意味を遅れて理解したのか、ローレン様の表情が驚いたり納得したり悲壮にくれたりとコロコロ変わる。
な、なんだこの可愛い生き物は。
言葉で信じて貰えないのであれば、男である事を身体で証明するのもやぶさかではないのだが、流石にそれはアカンと理性が止める。
「……なるほど、どうやら私は色々と誤解をしていた様です。貴方が私の秘密に気が付けたのも、貴方自身が自分の性を偽っていたからなんですね」
「分かっていただけたのであれば幸いです」
「きっと貴方にも複雑な事情があるのですね」
「えぇ……まぁ……」
思わず目を逸らしてしまった。複雑な事情があるに違いないローレン様と違い、俺は男性用の正装を準備できなかっただけとは言い辛い。
「貴方の秘密は私の胸の内にだけ留めておくと約束しましょう。なので貴方も私の秘密を誰にも話したりはしないと誓っていただけますか?」
「もちろんです」
こうして、俺とローレン様はお互いの秘密を共有する仲となった。
一時はどうなる事かと思ったが、丸く納まって良かった。
……あれ、ちょっと待った。
俺が女装を辞めて男に戻ったら、俺の方の秘密は、秘密でも何でも無くなってしまう。ローレン様との関係を維持するためには、ひょっとして俺は女の振りを続けなればいけない流れになってしまったのではなかろうか?
◇◇◇
結局、ローレン様の訪問により、レオン王子に相談する時間はなくなってしまった。
仮にも生徒会役員である俺が初日の授業に遅れる訳にもいかないので、取り急ぎセシリア姉様と連れ立って授業が行われる部屋へと向かう。
記念すべき最初の授業では、男女で部屋を別けてテーブルマナーを学ぶことになっている。
と言っても、この学園に集められている生徒は、王族、公爵、侯爵、伯爵の子供達であるからして、当然テーブルマナーなど今更教わることもない。
主に、それぞれの食文化に触れながら、各国の相互理解を深めることを目的とした授業である。
男の身体に戻ったのに、女性用に準備された部屋に足を踏み入れるのは流石に躊躇われるが、もう悩んでいる時間もない。
俺は覚悟を決めて、目の前のドアに手を掛けた。




