1.朝の訪問者
ようやく空が白んじて来たかという朝の早い時間。
俺は早々にベットから起き上がり、いつになく真剣に考えを巡らせていた。
こちとら思春期真っ只中の男子である。異性と目が合うだけで、こちらに気があるのではないかと勘違いするし。笑顔で話しかけられでもすれば惚れられているに違いないと確信する、そんなお年頃である。
ましてや相手からハグなどされた日には、もうね、言わずもがなですよ。
つまり何が言いたいかというと、俺とジュリア王女が結ばれるのは、もはや運命なのではなかろうか。
フローラ様の美しさに思わず心惹かれてしまった事もあるが、やはり俺の大本命はジュリア王女だ。
そもそも冷静に考えてみて欲しい。フローラ様にはイケメン圧が無駄に強いレオン王子という婚約者(仮)が居るのだ。うむ。勝てる気がしない。
それに、俺がジュリア王女と結婚することができれば、レオン王子の妻となるフローラ様は俺の義姉様になるわけで、つまり俺はフローラ様の義弟になるわけで……。
昨日のフローラ様とマルク様の抱擁シーンを自分に置き換えて脳内再生する。
心配そうに胸の前で手を合わせて佇むフローラ様。
俺の姿を視界に捉えた途端、表情がパッと輝き、舞うように駆け寄ってくる。
「クリス! あぁ、本当に良かった」
麗しのフローラ様が、俺のことをまるで宝物のように抱きしめる。フローラ様の二の腕の感触まで脳内補完余裕です。本当にありがとうございました。
……これだ。妻がジュリア王女で義姉様がフローラ様、どこからどうみても完璧な布陣である。
よし! そうと決まれば、男だと正直に打ち明けてジュリア王女と結婚しよう!
◇◇◇
「という訳で、セシリア姉様。俺は女装を辞めて、今日からウェールズ伯爵家の長男クリスに戻ります」
姉様が起きて来るやいなや、俺は毅然とした態度で決意表明をする。
「……残念なお知らせがニ点ほどあるわね」
「なんですか?」
世界はこんなにも喜びに満ち溢れているというのに、どこに残念な要素が?
「まず、女装を辞めると言うけれど、今現在この部屋に男性用の制服はないわよ」
「とりあえず、授業が始まる前にエルンドール王国の代表者であるレオン王子に打ち明けて、男性用の制服を用意してもらいます。それまでは仕方がないので、女性用の制服を着ます」
そのぐらいの事は、もちろん想定の範囲内である。その程度では俺とジュリア王女を結ぶ運命の糸は綻んだりはしない。
それに、男性用の制服はないが、マントだけは昨日マルク様から借りたままになっている青い男性用の物がある。
借りたものを使うのは気が引けるが、ヨハンさんが用意してくれた新しい女性用のマントはマルク様が持っていってしまったままなので、まぁ許してもらえるだろう。
「次に、ジュリア王女殿下が抱きついてきた件だけど、クリスが女だと思っているからの行動であって、異性として全く意識されていないという事だと思うけれど」
「ぐふっ!!」
いや、俺もそうかなとは薄っすらと思わない事もなかったが、面と向かって指摘されると現実がグサリと胸をえぐる。
「いや、でも抱きつける程には生理的嫌悪感を抱かれていないということで、結婚の可能性はゼロではないということで……」
言い訳をごねごねと捏ねる俺にセシリア姉様は哀れみのこもった視線を向けつつも、バッサリとぶった切った。
「まぁ、ともかく。男の身体に戻った以上、早目に男であることを告白するのは賛成よ」
その後、従者を連れて来ていない我々はお互いの制服を着付け合った。
胸に詰め物をした上にコルセットを締めた自分の姿は、一度女性の身体になった後だとより悲惨に感じる。
ジュリア王女と結婚できるかどうかは一旦置いといたとしても、やはり早くこの女装を終わらせて男の格好に戻りたいものだ。
準備を整え、いざ部屋を出ようという時、部屋の外から扉を叩くノック音が聞こえた。
コッ!コッ!
「ヨハン様かしら!?」
セシリア姉様が途端に色めき立ち、今まさにドアノブに手をかけていた俺をなぎ倒しながらドアに突進する。
「は〜い♡」
どこから声を出しているのかと疑問に思う程の猫なで声で返事をしながらセシリア姉様が勢い良くドアを開け放った。
しかし、ドアの先に立っていた人物は姉様の求める筋肉とは程遠い意外な人物であった。
「何の連絡もなしに、朝早くから淑女の部屋にお仕掛けてしまい申し訳ありません。しかし、どうしてもクリスティーナとお話しておきたいことがありまして」
そこに立っていたのは、クロディア王国第二王子のローレン様であった。
◆◆◆
「何のおもてなしも出来ず恐縮ですが、私は従者の部屋に下がっておりますのでゆっくりお話くださいませ」
セシリア姉様は気を利かせて、お茶だけ用意すると従者の部屋に下っていった。
まさか、換学の国クロディア王国のローレン様が従者も連れずお忍びでわざわざ会いに来て下さるとは、何事だろうか。
「それで、ローレン様が私に何の御用でしょうか?」
「実は昨日の朝も訪れたのですが、レオン様の従者とかちあってしまい……」
「それは、何度も足を運んでいただくことになり、ご足労おかけいたしました」
ローレン様は、なかなか本題に入らない。何か言い出しづらい内容なのだろうか?
二人の間に沈黙が流れる。まずい……今朝は無駄に早起きしたせいで、眠たくなって来てしまった。
ローレン様はセシリア姉様が淹れたお茶を一気に飲み干すと、深く息を吐き決意を固めたように言葉を紡いだ。
「貴女が初日にルーベンブルク王国のマルク様に頼まれて淹れた飲み物、ユンヨンチャーについて聞きたいことがあります」
「はい」
「ユンヨンチャーは、紅茶と珈琲を合わせた飲み物でしたよね」
「はい」
「男性には珈琲の割合を多めにし、女性にはミルクティーの割合を多くしたそうですね」
「はい」
なんだこれは……誘導尋問だろうか? 単調な質問の繰り返しで、眠さがピークに達する。
「……兄が飲み干したカップの残りが目に入ったのですが、私が飲んだものより大分色が濃いようでした」
「はい」
「つまり、貴女は私をクロディア王国第二王子と知りながら、私の分にはミルクティーの分量が多い女性用の配合で用意したと……」
「はい…………あっ」
眠たすぎて、思わず本音が漏れた。慌てて口に手を当てるも時すでに遅し。
ガクンッ!
気がつくと、俺はソファーの上に仰向けに倒されていた。視界には天井とローレン様のご尊顔で一杯になる。
ローレン様の灰色の髪の隙間から、紅く染まった目元と噛み締めた唇が覗いた。その表情はとても女性らしく、目が惹きつけられて離せなくなる。
初めてお会いした時にも違和感があったが、やはりローレン様は女性なのだと確信した。
こんな魅力的な女性に押し倒されるだなんて光栄極まりない――――が、肘の関節を膝で押さえつけられ、首元に小刀を当てられていなければより良かった。
「私が本当は女性であることは、クロディア王国内でも一部の者しか知らぬ極秘事項のばす。一体どこでその情報を得たのですか」
「いえ、ローレン様は中性的などちらかと言えばお可愛らしい雰囲気をお持ちのように感じられましたので、そのインスピレーションでユンヨンチャーをお淹れしました。なので特に女性と確信していたわけでは……」
「ふむ……マルク様の無茶振りに咄嗟に対応した柔軟性に、遭難者の救護に向かう度胸、さらに鋭い洞察力もお持ちのようだ……レオン様が生徒会役員に我が婚約者のジュリア様ではなく貴女を連れて来た時には、何事かと思いましたが、なるほど」
ん?
………………ん?
「貴女は、とても優秀な人材だということは分かりましたが、私の秘密を知られてしまったからには仕方がありません」
ローレン様が小刀を持つ手に力を込めた。
ひょっとして絶体絶命? だが、それがどうした。そんなことより俺には絶対に聞いておかなければならないことがある。
「すみません。聞き間違いだと思うんですが、誰と誰が婚約関係にあると?」
「私とエルンドール王国のジュリア様だが?」
はあ"あ"あ"あ"ん"!?
ジュリア王女に婚約者だってぇ!?
それもお相手はローレン様!?
はあ"あ"あ"あ"あ"あ“ん"!?




