0.プロローグ
夜の帳が下りた深夜、しかしエルンドール王国の国王の居室にはまだ光が灯っていた。
その光の袂に居るのは、エルンドール王国の二代目国王ハロルドである。
彼の机の上には王の裁決を待つ資料が山のように積まれている。
終わりの見えない量に思わずため息が漏れた。
ハロルドは今、三国共同の学園設立に向けて邁進している。
国の中央部では各階級毎の小規模な学びの場が提供されているが、王族も含めた全ての貴族のご子息ご令嬢を一同に集めるような大規模な学園施設は未だ存在しない。
ましてや、国境を超えて三国共同の学園を設立するなど前代未聞である。
この三国共同の学園は第一子のアレクスの誕生を契機に、次の世代が少しでも平和な世界で生きれる様にと願い始めた事業だ。
準備期間の兼ね合いから、第二子のレオンの入学に照準を合わせてこれまで準備を進めてきた。
しかし、当初の開校予定日であったレオンの十五歳の誕生日まであと三ヶ月と迫った現時点でもなお、準備が終わっているとは言えない状態であった。
施設はほぼほぼ出来上がってきているが、各国への合意形成が取れずに難航しているのだ。
(まぁ、揉めるであろう事は分かりきっていたが……仕方がない、開校を第三子のジュリアの十五歳の誕生日まで遅らせるしかあるまい)
ギリギリまで手を尽くしたが、国のトップとして延期の決断をしなければならない局面を迎えていた。ハロルドは、紙の束をバサッと机に放り投げる。
すると、突如として視界が黒に染まった。
机の照明が落ちたなどということではなく、そこは完全な暗闇だった。
――エルンドール王国の現国王よ。この地に生きる我が子のため、可及的速やかに世界を平定せよ。
頭の中に声が響いたかと思うと、視界はすぐにもとに戻った。
(今のは……精霊からのお告げか? “我が子”とは? 精霊に子供ができるなど聞いたこともないが、それが本当であれば六番目の精霊が誕生したということだろうか)
ハロルドは手元にあった紙に先程の精霊の言葉を素早く書き写し、お告げの真意を探る。
(“この地に生きる”と言うのは、エルンドール王国内に六番目の精霊が居るということだろうか? それも、わざわざ私にお告げを下したということは、まさか六番目の精霊は人間として生活しているのか?)
それが事実だとしたら、大変な事である。
(学園の開校を先送りにしようとした所で精霊が現れたということは、生徒の中に六番目の精霊が含まれているのか? それとも、学園を先送りにすることで世界が滅ぶような出来事を回避できなくなるのか……)
精霊の意図は分からないが、お告げがあった以上、何が何でも予定通りに進めなくてはならないだろう。
(ルーベンブルク王国とクロディア王国とどう交渉したものか……)
今までも三国共同の学園の設立に向けて再三譲歩してきたが、未だに合意を得られてはいないのだ。
精霊からのお告げの内容を話すにしても証人はハロルドしかいないため、その言葉が真実であることを証明する術はない。
他国が信じるに足るだけの、エルンドール王国の覚悟を示す必要がある。
(設立に合意し、全生徒が一年間無事に学園生活を送ることができた暁には、ルーベンブルク王国にはレオンを婿に、クロディア王国にはジュリアを嫁に向かわせるという条件はどうだろうか。我が子ながらレオンもジュリアも優秀な人物だ。エルンドール王国の発展の為に必要不可欠な人材であり、国外になど出したくはない。だが、だからこそ交渉の一手になり得るだろう)
エルンドール王国の国王として、自国の益を一番に考えなければならない。この世界において精霊の存在は最大の益である。
何としても精霊のご意思に沿い、そして六番目の精霊を確保しなければならない。
例えその代償に我が子を人質として他国に差し出す事になったとしても。
王族は人間を超越した存在でなければならない。
ふと脳裏を横切った言葉にハロルドは自嘲の笑みを浮かべる。
我が子に何度も言い聞かせてきた言葉が自身の胸に深く突き刺さる。
だが、誰も居ないこの部屋の中でだけは、ただの人の親として我が子の行末を案じる心を持っても許されるだろうか。




