11.動き出す時間※マルク王子視点
五歳の誕生日を境に私の人生は天国から地獄へと一変した。
ルーベンブルク王国では五歳の誕生日に、初めて魔法を顕現させる祈霊式という儀式を行う。
私は当然兄様や姉様の様に魔法を扱えるものと疑いもせず、五歳の誕生日を迎えた。
しかし、精霊は私の呼びかけに応えてはくれなかった。
祈霊式で魔法が顕現しないという前代未聞の失敗をしてからというもの、いつも優しく声を掛けてくれていた使用人達は余所余所しくなり、あんなに仲の良かった父様と母様は喧嘩ばかりするようになってしまった。そして、二人の兄様は私を弟として扱わなくなった。
しかしフローラ姉様だけは私の味方をし続け、周囲の悪意から私を守ろうと奮闘してくださった。
だが、歴代の中でも絶大な魔法を扱える姉様への劣等感は拭いきれるものではなかった。結果、フローラ姉様に心を開く事もできず、私は王宮の中で孤立した。
焦った私は、祈霊式の後もすがりつく様な思いで何度も精霊に語りかけてみたが、精霊は頑なに私の祈りには応えてくれなかった。
やがて私は自分の自尊心を保つために、使用人達に当たり散らすようになった。
それが正しい行いでは無いことは理解していたが、使用人が私の無茶な命令に従う様を見る事で自分がまだ権威ある王族の一員である事を確認していた。
そんな身勝手な私だったので、当然使用人達からも遠巻きにされ、もはや私の精神は限界ぎりぎりまで追い詰められていた。
そんな折に父様から、三国共同の学園にフローラ姉様と一緒に入学するように命じられた。
チャンスだと思った。居場所のないルーベンブルクの王宮から一時でも離れられる。
そして、魔法を使わずとも使命を全うすることで、皆に魔法の使えない私の存在を認めてもらうのだと。最悪な人生を変える最後のチャンスだと思った。
◇◇◇
「マルク様! 申し訳ございません!」
ハイキングの途中に、護衛役の緊迫した声が突如として上がる。
詳しい話を聞くと、どうやらルーベンブルク王国の伯爵令嬢が道を外れて戻って来ないらしい。
瞬間、先程の私の発言が頭を過ぎった。
「このヘーゲル山を越えたところにあるのが、ルーベンブルク王国のサーザス領だ」
私の不用意な言葉が、不安の最中にあったサーザス伯の御令嬢を無謀な行為へと走らせてしまったのであろう。
護衛役からの報告が遅くなったのも、私が従者と信頼関係を築けていなかったのが原因だ。
「我が国の御令嬢が行方不明になったのだ。私が責任を持って探しに行く! お前は、皆が不用意に動かぬよう見張っていろ!」
私は護衛役に命令を下し、即座に山に入る。
こんなはずではなかったのに。王宮から出ても、やはり私は役立たずのままなのか。
◇◇◇
「そんなに魔法を使う事が重要なのであれば、誰にでも使えるとっておきの魔法をお教えしましょうか?」
「そんな魔法が存在するのか!?」
エルンドールで独自に発展した魔法だろうか?
誰でも使えるという、とても魅力的な言葉に思わず食いついてしまった。
「それは……誰かを大切に想う気持ちです」
「…………は?」
「人間は、大切な人の為であれば思いもよらない力を発揮できるものです。例えば、大切な人が喜んでくれると思えば、どんな辛い仕事も楽しんで取り組む事ができます」
なんだ……期待させるだけさせて、レオンとの惚気話か。女は恋だの愛だのの話が好きと聞くからな。
「例えば、どんな苦労があっても、大切な人が笑ってくれるだけで心が癒やされます」
そういえば、初めてあった時からレオンとクリスティーナは随分と親しげであったな。
レオンは姉様との契約があるにも関わらず何を考えているのかと思ったものだ。
「例えば、慣れない山道を危険も顧みず必死になって捜索するなんてことも出来てしまうのです」
……ん? そういえば何でエルンドール王国の伯爵令嬢であるクリスティーナが私を捜索していたんだ?
女性の身で日暮れの山を捜索するなど無謀だし、とても恐ろしかったことであろう。
そもそも他国の王子のため自分の身を危険に晒すなど、何の利益にもならない。
クリスティーナの大切な人とはレオンだとばかり思っていたが、大切な人とはひょっとして……私のことなのか?
いや、まさか。私はクリスティーナに好かれる様なことは何もしていない。
むしろ、伯爵令嬢という立場でありながら給仕をさせるという嫌がらせを出会い頭にやってしまったぐらいだ。
……いや、でも万が一があるので一応聞いておこう。
「……お前の想い人はエルンドール王国の王子、レオンなのか?」
「は? 何でそこでレオン王子が出てくるのですか?」
「違うのか?」
「違うに決まっているじゃないですか」
確信した。これは、もう間違いない。クリスティーナの想い人は、私だ。
何で惚れられたのかは、さっぱり分からないが、人から好意を向けられるというのは悪くはないな。
◇◇◇
「ちょっ、ちょっと待った! お前、それは俺が使ったカップだぞ!?」
「ええ、カップはこれしか持ってきていないので」
こ、ここここれでは、まるでアレではないか、間接キキキキッ…………!!!!
まだお互いの想いも告白していないのに、物事には順序というものが……!!
「淑女として少々はしたないかもしれませんが、ボトルに直接口をつけて飲むよりかは幾分ましではありませんか?」
クリスティーナは恥ずかしそうに少し目線を反らしたが、その頬は薄っすら赤く染まっているように見える。
その様子があまりに愛おしく感じて、今まで限界まで張り詰めていた何かが自分の中でプツンと切れるのを感じた。
溢れ出す喜びを抑えきれず、それは笑い声となって弾き出された。
あの祈霊式以来、はじめて自然に笑う事ができた。
五歳で止まっていた時間が、私の中でようやく動き出した瞬間だった。
これにて第二章は終了です。
大変ご無沙汰しておりました。
今更ですか、完結を目指して続きを書いていきたいと思いますので、またお付き合いいただければ幸いです。
 




