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10.帰還

 レオン王子は険しい表情のまま、マルク様と俺の居る所までツカツカと歩み寄って来た。

 そしてマルク様に握られたままになっていた右手を振りほどくように、俺とマルク様の間に身体を滑りこませた。

 結果、俺の視界はレオン王子の背中に遮られてしまった。


「マルク様、これはどういう事ですか」


 背中越しに聞こえるレオン王子の声は怒りに満ちており、自分に向けられた言葉でもないのに身の毛がよだつ。


「これとは、何のことだ?」


 流石のマルク様はそんなレオン王子にも動じず、涼しい声で返事をする。王族同士のやり取り怖い。


「クリスティーナの制服が不自然に乱れているようですが」


 そうか、レオン王子は自国の伯爵令嬢に危害を加えられたと勘違いして怒っているのか。

 ボタンの取れたブラウスはマントで殆ど隠れているのにレオン王子は何て目ざといのだろう。


 しかし元はと言えば、俺が自分でブラウスを破いた様なものなのでマルク様を責めるのは冤罪もいいところだ。

 ここはマルク様の未来の義兄(仮)として助けてやらねば!


 目の前にあるレオン王子の青いマントを引っ張り、こちらに注意を向かせる。


「レオン王子殿下! これは、私が誤って自分で破いてしまっただけなのです」


 するとレオン王子は何を思ったのか、こちらを振り返り俺の顔を両手で挟み込み至近距離から覗き込んだ。


 うおっ!? 近い近い近い!!


「本当に大丈夫ですか? 何かマルク様に変なことをされませんでしたか?」

「大丈夫です! 何もされていませんし、何もしていません!」


 先程とは打って変わって、レオン王子はとても不安そうな声を出す。


「貴女は心優しく、正義感も強い事が良く分かりましたが……こんな危険なことは二度としないでください」


 目を逸らそうにも、ガッチリと顔をホールドされて動けない。何これ、新手の拷問?


 って……あれ? レオン王子の右目が曇っている?


「レオン王子殿下、右目をどうかされましたか?」

「あぁ、右目の視力を対価に夜道を照らす光を出現させたのです。光が消えれば、視力も戻りますので心配には及びません」


 そうか、魔法とはそんな使い方もできるのか。使いこなせれば便利そうだな。

 そういえば、何で俺は父様から魔法を使うのを禁止されていたんだっけ……?


「クリスティーナが嫌がっている、やめろ」


 すると、マルク様がレオン王子の腕を引っ張り、俺から引き剥がしてくれた。助かった。


 少し離れた所からレオン王子を観察してみると、至るところに葉っぱや汚れがついている。

 右耳と右手の甲にいたっては、切り傷までついているではないか。

 幾ら魔法の光があるとはいえ、慣れない夜の山道を遠近の掴めない片目で登ってくるのはさぞ大変だった事であろう。


 他国の王子であるマルク様が学園生活開始直後に行方不明になったのでは大問題になるとはいえ、レオン殿下自身も歴とした一国の王子なのに随分と危ない事をするもんだ。


 その男気に免じて手当をしてやるか。

 リュックから消毒薬とガーゼを取り出す。


「葉の種類によっては、人体に毒となる物もあります。応急処置しかできませんが、傷口を消毒しましょう」

「ありがとうございます、クリスティーナ」

「いえ、元々レオン王子殿下に工面していただいた物ですから」


 これでヨハンさんに用意してもらった物資は全て使った事になる。肝心のジュリア王女には使わず、マルク様とレオン王子に使う事になったのは悔しいが、まぁ無駄にならなかっただけ良しとするか。


「おい、クリスティーナ。お前がレオンにそこまでしてやる必要はあるのか?」


 傷の消毒を終わらせた所で、マルク様から横槍が入った。


「マルク様、レオン王子殿下は他でもない貴方を探すために対価を支払いケガを負ったのですよ。その物言いは流石に失礼ではありませんか」


 同意を求めるためレオン王子に目線を送ると、なぜか当の本人は歯に何か詰まった様な微妙な表情を浮かべている。

 あ、外交的にマルク様を田舎者の伯爵令嬢がたしなめるのは問題があったのか!?

 そう言えば、身分の高い人に評価するような物言いはしてはいけないと父様に注意を受けたばかりだ。


「そうだな。レオンは、他でもない私を迎えに来てくれたのであったな。そうであれば、手当は私が引き受けよう」


 ものすごく悪い笑顔を浮かべたマルク様は、俺から消毒液を奪い取るとレオン王子ににじり寄る。


「いえ、もうクリスティーナに処置していただいたので結構です。即刻、消毒液から手を離してください」


 レオン王子が全力で嫌がっている。こいつら実は仲がいいのか。


「そういえば、マルク様は足を負傷されたと聞いていたのですが……特に問題ない様ですね」

「あぁ、魔法で治したからな」


 レオン王子はとっさに話題を変え、マルク様はそれに誇らしげに返事をした。

 魔法が使えたのがよほど嬉しかったのだろう。やはりマルク様は、まだまだお子ちゃまだな。

 この隙に、俺はマルク様の手からそっと消毒液を奪い返した。


「それでは、本格的に冷え込む前に山を下りましょうか」


 レオン王子に促されて、マルク様から順番に縄を伝って外に出る。


 そう言えば、レオン王子の登場でタイミングを逃してしまったが、本当は男である事を正直に話そうと思っていたんだった。まあ、ここまで来たらビーネ宮に帰ってから告げるのでも遅くはないか。


 俺の番になり穴から這い出ると、そこにはレオン王子よりもドロドロで満身創痍なヨハンさんがいた。


「ヨハンさん!? だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。レオン様に道案内をするために一緒に来たのですが……恥ずかしながらレオン様に途中で追い抜かれてしまい、何とか追いつこうとしたところ茂みに突っ込んでしまいました」


 こんな時でも、たははと爽やかな笑顔を浮かべるヨハンさんであった。


 やばい、こんな満身創痍のヨハンさんをセシリア姉様に見られたら何と言われるか。

 とりあえず、ハンカチサイズになってしまった赤いマントで顔の泥を拭い、消毒だけでもしておいた。


「ありがとうございます、クリスティーナ様。

 そう言えば、転んだ際に少し汚れてしまったかもしれませんが……新しいマントをお持ちしました。元々身に着けられていたマントはボロボロになってしまわれたと思いますので。夜道は寒いのでこちらをお使いください」

「わざわざ、ありがとうございます」


 何て気が利く優秀な従者なのだろうか。

 しかし、ヨハンさんから紅いマントを受け取ろうと伸ばした手はマルク様に阻まれ空を切った。

 マルク様は俺が受け取るはずのマントを奪い取ると、さっさと身に着けてしまわれた。


「なっ」

「わざわざ汚れたマントを身に着けるより、今着ているものをそのまま身に着けていれば良いであろう?」


 マルク様なりの気遣いだろうか? 変に断っても面倒くさそうなので、ここはありがたくマントを借り続ける事にした。


 レオン王子が魔法で出現させた光は、まさに昼間の太陽の如く足元を明るく照らしてくれたため、我々一行は夜でも何の問題もなくビーネ宮に帰還することができた。



 ビーネ宮の入り口では、フローラ様とジュリア王女、セシリア姉様が俺達の帰りを待っていてくれた。


 セシリア姉様は、俺達の姿が見えるとすぐに駆け寄ってきて……俺をスルーして一目散にヨハンさんの元へ向かった。

 うん、分かっていた。


「マルク! あぁ、本当に良かった」

 一際美しい声が上がった方を見遣ると、マルク様がフローラ様に抱きしめられていた。

 うわぁぁぁ、羨ましい!

 俺もフローラ様の弟になりたい!


 この流れだと、きっとジュリア王女はレオン王子の元に行かれるのだろう。

 まぁ、俺は一人でも全然寂しくなんてないんだからね。


 と思ったら……何とジュリア王女は俺の目の前で歩を止められた。

 そして、ふわっと何かに包まれる感触があったかと思うと、やけに近くからジュリア王女の鈴を鳴らすような声が聞こえた。


「動転していたとはいえ、貴女を危険な山の中に行かせてしまい、ごめんなさい。本当に無事で良かった、クリスティーナ……!」


 ひょっとして……これは俗に言うハグというものではないだろうか?

 エルンドール王国一の美女が、他でもない俺の首に腕を回している!?

 産まれて来て良かった!!


 学園に戻ったら男である事を打ち明けようと思っていたが、この幸せな時間をわざわざぶち壊す必要もないだろう。

 そうだ、本当の事を打ち明けるのは、明日にしよう。

次回は、マルク視点の話になります。

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