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8.魔法

 暗くなる前にと、リュックの中からランプを取り出す。

 ランプは換学(かがく)の技術が使われている特注品で、ガラス瓶の中を黄色い光がチラチラと踊っている。


 薄暗い洞窟の中はランプによって明るく照らし出されたが、対照的にマルク様はすこぶる暗い。


 まぁ、意気揚々とご令嬢を助けに山に入ったものの、逆に自分が遭難してしまったのだから立つ瀬がないのだろう。


 これまでの経緯を簡単に説明してからというもの、マルク様は押し黙ったまま洞窟の地面をただひたすら眺めておられる。

 ジュリア王女との楽しい一時を邪魔された腹いせにブチのめしてやろうと考えていたが、洞窟の隅で小さくなっているマルク様を見ていたらなんだか哀れに思えてきた。


 ずっと黙ったままというのも気まずいので、楽しい話題でも振ってさしあげるとするか。

 年頃の男同士で盛り上がるテッパンの話題といえば、これしかないだろう。


「マルク様は、異性のどんな所に魅力を感じますか?」

「……はぁ?」


 地を這うような低音ボイスである。どうやら、振る話題を間違えたらしい。

 だが、一度口から出てしまったものは取り消せないので、強行突破を試みる。


「私は二の腕が好きなんですよね。普通、胸とかもっと他の場所があるだろうと皆に言われるのですが、こればっかりはどうしようもなく惹かれるものがあって」

「……エルンドール王国の女性の間では、男性の胸筋が重要視されているのか?」


 あ、そういえば俺は今、女なんだった。


「そ、そうなんですよ〜。私の姉なんて、ステーキと男の胸板は厚いに限るっていつも言っていて〜」


 ギリギリ嘘は付いていない。

 セシリア姉様、勝手にマルク様に性癖バラしてごめんなさい。


「……」

「……」


 再び、二人の間に重い沈黙が横たわってしまった。

 楽しい話題作戦は、どうやら失敗に終わったらしい。


 仕方がない。こうなったら食欲に訴えかけるとするか。

 本来ならジュリア王女に食べていただく予定であった軽食のサンドイッチをマルク様に差し出す。


「夜ご飯には少々物足りないかもしれませんが、サンドイッチをどうぞ」


 マルク様は差し出されたサンドイッチには目もくれず、おもむろに語りだした。


「何で、魔法でケガを治さないのか不思議に思っているのだろ」

「いいえ、別に」


 ずっと黙っていたかと思えば、魔法の国の王子様はそんな事を考えていたのか。

 どうでもいいのだが、サンドイッチを受け取ってもらわないと、俺も食べ始められないんですが。


「隠さなくてもいい。ルーベンブルク王国の王子が魔法を使えないはずがないと思っているのだろ」

「いえ、本当にどうでもいいので、サンドイッチをさっさと受け取ってください」


 いつまでもサンドイッチを受け取らないマルク様に業を煮やし、無理矢理押し付ける。

 

 改めて近くでマルク様を見ると、腐っても王子なだけはあって整った顔をされている。ランプの揺らめく灯りのせいで、赤い髪がまるで燃え盛る炎の様だ。


 サンドイッチを食べながら、マルク様の顔をマジマジと観察していると、いつの間にか顔を上げ真剣な表情でこちらを見つめる紫の瞳と視線がかち合った。


「もう察しているかもしれんが、私は魔法を使わないのでなく、使えないんだ。

 ルーベンブルク王国の王族は誰もが強大な魔法を扱えてきたので、魔法が使えない私は一族最大の汚点と云われている」


 苦虫を噛み潰したような顔で告白するマルク様。正直マルク様が魔法を使えるかどうかなんて、まるで興味がない。


 だが落ち着け、この方は他でもない絶世の美女フローラ様の弟君。恩を売っておいて損はないはずだ。

 気は乗らないが、ここは慰めておこう。


「そんなに魔法を使う事が重要なのであれば、誰にでも使えるとっておきの魔法をお教えしましょうか?」

「そんな魔法が存在するのか!?」


 マルク様が痛めた足のことも忘れ、前のめりの体制になる。

 そんなに期待されると、何だか申し訳ない。


「それは……誰かを大切に想う気持ちです」

「…………は?」


 本当は、美しい女性達を愛する気持ちと言いたい所だが、今の俺は女になっているのでオブラートに包んだ表現に留めておく。


「人間は、大切な人の為であれば思いもよらない力を発揮できるものです。

 例えば、大切な人が喜んでくれると思えば、どんな辛い仕事も楽しんで取り組む事ができます」

 

 そう、フローラ様とお近づきになるためなら生徒会役員の仕事だって頑張れる。


「例えば、どんな苦労があっても、大切な人が笑ってくれるだけで心が癒やされます」


 昨日から災難続きだったけれど、ジュリア王女と一瞬だが一緒にハイキングをして笑いかけてもらえた。それだけで全てが報われたのだ。


「例えば、慣れない山道を危険も顧みず必死になって捜索するなんてことも出来てしまうのです」


 マルク様がハッと息を飲んだ。

 気がついてくれたか。

 そう、マルク様が危険を顧みずご令嬢を探しに行くという行為も相手を想う気持ちから生まれた奇跡の力だと。


「誰かを想う気持ちは、精霊の力ではなく人間の力で発動することのできる特別な魔法だと私は思っています。精霊の力を借りる魔法と同様に、自分の意思では制御できないのが難点ですけどね」


 詭弁ではあるが、少しはマルク様を慰められただろうか?

 マルク様は少し考え込む素振りをして、重い口を開いた。


「……お前の想い人はエルンドール王国の王子、レオンなのか?」

「は? 何でそこでレオン王子が出てくるのですか?」

「違うのか?」

「違うに決まっているじゃないですか」


 すると、何かに納得した様子のマルク様は手元のサンドイッチを勢い良く頬張りはじめた。


「少々パサパサしているが、まぁ悪くはないか」


 マルク様の調子が戻ってきたらしい。


「お水もありますよ」


 ボトルからカップに水を注いで渡す。

 マルク様は、喉が乾いていたのか一気に飲みきり、カップを返してきた。


 俺も喉が渇いたので、残りの水を返却されたカップに注ぎ、口を付けようとカップを傾ける。


「ちょっ、ちょっと待った!」


 あん?


「お前、それは俺が使ったカップだぞ!?」

「ええ、カップはこれしか持ってきていないので」


 水をぐいっと飲み干す。

 

 ジュリア王女とあわよくば間接キスができるかと邪な気持ちでカップは一つしか準備していなかったのだ。

 まさか男同士で使う事になるとは思ってもみなかったが、まぁしょうがない。


 マルク様は陸に上がった魚の様に口をパクパクとしている。

 あ、そういえば俺は今、女なんだった。


「淑女として少々はしたないかもしれませんが、ボトルに直接口をつけて飲むよりかは幾分ましではありませんか?」


 こうなったら開き直るに限る。

 すると、マルク様が堪えきれないとばかりに大声で笑い始めた。


 マルク様は、ずっとムスッとした顔をしていたので笑っている所を初めて見た。

 第一印象は悪かったが、彼にも無邪気な所があるのか。

 そうなのだとしたら、俺たちは意外と良い友になれるのかもしれないな。

 いや、それどころかマルク様は俺の未来の義弟(おとうと)になるかもしれない。


「こんなに笑ったのは随分と久しぶりだ……なんだか今なら魔法が使えそうな気がする」


 マルク様が紫の瞳をそっと閉じた。


 ……と思ったらすぐに目を見開き、虚空に向かって叫んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 途端にマルク様の足首が光始める。

 そして、何故か俺の身体まで光始めた。


 全身が燃える様に熱いこの感覚は、ごく最近味わったばかりだが……まさか……。

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