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7.山探しのプロ

 ヘーゲル山の斜面には、赤や黄色の落ち葉が絨毯のように敷き詰められている。

 乾いた落ち葉を踏みしめる音が静かな山にひっそりと響き、故郷に帰ってきたような懐かしい気分にさせる。


 しかし、今はそんな個人的な感傷に浸っている場合ではない。行方不明になった御令嬢とマルク様をお探しせねば。


「まずは、分かりやすいマルク様の足跡から追跡しましょうか」


 後ろを付いてくるヨハンさんに一声かけ、歩を進める。

 自己主張の激しい踏み荒らされた地面を辿りながら、一定の距離を進むごとに目印となる紅いマントの切れ端を木の枝に結びつけていく。


 それにしても、マルク様が危険を顧みず、ご令嬢を自ら探しに行ったとは正直意外であった。

 マルク様の事を良く知っているわけではないが、てっきり捜索は護衛役に命じて自分は安全な所でふんぞり返っているタイプかと思っていた。

 しかし、実際は男らしい一面も持ち合わせていたらしい。マルク様の事をちょっと見直した。


 そうこう考えている内に、マルク様の足跡の下にもう一人の人物の足跡が重なっている事に気がついた。


「あ。ここから、マルク様の足跡の下にご令嬢の足跡があります!」


 土の上の足跡と違い、落ち葉の上の足跡は見つけるのが難しい。しかし、マルク様はご令嬢の足跡を辿れているようだ。

 温室育ちのワガママ王子と侮っていたが、ひょっとして余計な世話を焼いてしまったか?


 と、思った瞬間。目の前に少し開けた黄金色の草地が出現し、残念ながら二人の足跡はここから左右に別れて進んでいた。

 

「ここで、マルク様はご令嬢の足跡を見失って左に進んで行ってしまったようですね。ご令嬢は、少し足を引き摺っていて疲れが出てきているようです。取り急ぎ、ご令嬢が進まれた右方向に行きますか」

「凄いですね……そんなにはっきりと痕跡が分かるのですか?」


 ここまで黙って着いて来ていたヨハンさんからお褒めの言葉をもらえた。思わず嬉しくて、ニヤリと笑う。


「えぇ、こう見えて山探しのプロですから」


◆◆◆


 ご令嬢の足跡を辿ること数分、草陰に座り込みながらすすり泣く女性を見つけた。


「大丈夫ですか?」


 声をかけると、ご令嬢は顔をぱっと上げ、涙の溜まったブラウンの瞳でこちらを見上げる。


「あ……あなた方は一体?」

「貴女様をお迎えに上がりました。生徒会役員のクリスティーナと護衛役のヨハンさんです」

「私、この山を超えたらルーベンブルク王国の国境だと聞いて、家に帰りたい一心でここまで来てしまったの……でも、もうどちらの方向から来たのかも分からなくなってしまって……」


 込み上げて来るものがあるのか、ご令嬢は唇を噛み締めて黙り込んでしまった。

 刺激しない様に、そっとご令嬢の肩に手を添える。


「もう、大丈夫ですよ。一度学園に戻りましょう。貴女のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「……ルーベンブルク王国、サーザス伯爵の三女ヘルケ・サーザスと申します」



 足元が覚束ないヘルケ様をヨハンさんが介助しながら、山を下る。

 目印につけたマントの切れ端を回収しながら、黄金色の草地まで戻ってきた。


 そうだ、マルク様も回収していかなくては。


「ヘルケ様、お疲れのところ申し訳ないのですが、少々寄り道をいたします」

「どちらに向うのですか?」

「実は、ヘルケ様を追ってマルク様も山の中に入られたので、マルク様の捜索に……」

「マルク王子殿下が!?」


 ヘルケ様の顔がサッと青ざめる。自分の無謀な単独行動が原因で、自国の王子が行方不明となれば責任を感じるのも仕方があるまい。


「ご安心ください。クリスティーナ様は山探しのプロで、ヘルケ様の下へ向かう時も迷うことなく足を運ばれていました。きっとマルク様ともすぐに合流できますよ」


 ヨハンさんがヘルケ様の手を取りながら、優しく話しかけている。

 この光景をセシリア姉様が目撃していたら、面倒くさいことになっていたに違いない。姉様を置いてきて本当に良かった。


 今度は、マルク様の荒っぽい足取りを辿って左方向に進んで行く。しかしその足跡は、ある茂みの前で不自然に途切れていた。


「クリスティーナ様? どうかなされましたか?」


 突然立ち止まった俺を心配したヨハンさんが、顔を覗こうと俺の前に足を踏み出そうとした。


「下がってください!」


 茂みだと思っていたのは、折れた木の枝だ。


 木の枝で隠れて一見気が付かなかったが、足元には横2m、縦は一番広い所で30センチ程の穴が空いている。


 木の枝を除けて、中を覗き込むと、3m程下にマルク様が横向きに倒れているのが見えた。


「マルク様!」


 顔を真っ青にしたヘルケ様が、叫び声を上げたかと思うと、ふらりとよろめいた。

 咄嗟にヨハンさんが支えたので地面への衝突は避けられたが、ヘルケ様はショックのあまり気を失ってしまったらしい。


 困惑顔のヨハンさんと目が合う。


「とりあえず、マルク様の容態が気になりますので、ちょっと下に降りて見てきます。ヨハンさんは、ヘルケ様の側にいてください」


 リュックから縄を取り出し、手近な木に結びつける。


「それなら私が下に降りますので、クリスティーナ様は上で待っていてください」

「ヨハンさんの胸筋の厚さでは、この穴を通れないと思うのですが……」


 ヨハンさんは、自身の強靭な胸筋と穴を見比べてガックリと項垂れた。




「決して無理はなさらないでくださいね」


 ヨハンさんの不安そうな声を聞きながら穴を降りていく。

 どうやらこの穴は、洞窟の天井に空いた穴だったらしく、狭い穴を抜けると広い空間が広がっていた。洞窟の先がどこに繋がっているのかは、道がカーブしていて良く見えない。


 マルク様の側に駆け寄り、顔に手をかざしてみる……うん、息はあるようだ。


 マルク様の下には落ち葉が降り積もっており、クッションのように柔らかい。これなら頭を強く打ったりはしていないだろう。最悪の事態ではなかったことに安心して、ホッと息を吐く。


「マルク様、大丈夫ですか?」


 軽く揺すると、マルク様は身じろぎをはじめ、目を薄く開いた。


「貴女は……」

「クリスティーナです。分かりますか?」


 瞳の焦点が徐々に合っていく。


「お前は……なぜここに……痛っ!」

「大丈夫ですか!?」

「足首を捻ってしまったようだ」


 立ち上がろうと上半身を起こしたマルク様は、左足を抱えて蹲ってしまった。

 きっと、ジュリア王女との楽しいハイキングを邪魔した罰が当ったに違いない。


「そういえば、マルク様は魔法の国ルーベンブルク王国のご出身ですよね? 足を魔法で治せたりしますか?」

「も、もちろん俺にかかれば、この程度のケガは魔法で簡単に治せるが……たまたま今日は調子が悪くてだな、できるかどうかは保証できないというか」

「分かりました。それでしたら、ちょっと待っていてください」


 ごちゃごちゃ言っているが、どうやらマルク様は魔法が使えないらしいな。

 理由は分からないが、その事を一生懸命隠そうとしているらしい。バレバレだが触れないでおいてあげよう。


 縄を登り一度穴から這い出て、近くの木に一際大きいマントの切れ端を結びつけ目印とする。

 元は足首まであった紅いマントが、今や腰上の丈になってしまった。


「ヨハンさん。マルク様は、とりあえず命に別状はありません。ただ、足首を捻られてしまったので、このまま山を下るのは難しそうです。

 なので、ヨハンさんは日が暮れる前に一度ヘルケ様を連れて、学園に戻ってください。私は、マルク様と一緒にここで一晩野宿します」

「貴女を置いていくなんて、そんな事できません!」


 俺だって、ジュリア王女やフローラ様と一緒ならともかく、男と一緒に野宿などしたくもない。

 だが、怪我人を山中に残したまま下山するというのは、俺のポリシーに反するのだ。


「私にはヘルケ様やマルク様を担いで山を下ることはできませんし、流石のヨハンさんも二人を抱えながら山を安全に下るのは難しいでしょう?

 穴は洞窟に繋がっていて、中なら雨風も防げますし、野生動物がねぐらにしている様子もありませんでしたので安全です。幸いなことに野宿できるセットもありますし」


 ヨハンさんが準備してくれたリュックをポンと叩く。


「それなら、私もここに残ります」

「四人で野宿するには物資が足りません。それに、この現状を学園に連絡していただきたいのです」

「しかし……」

「悩んでいる時間はありません。あと一時間程で日が暮れてしまいます。ヘルケ様をどうかお願いします。

 夜の山は危険なので、明日、日が昇ってから迎えにきてください」

「分かりました……絶対にご無事でいてくださいね」

「はい」


 ヨハンさんは、ヘルケ様を背負い、山を下っていった。

 そして、ヘーゲル山の中腹にマルク様と俺の二人が残されたのだった。

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