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6.ハイキング

 澄み切った秋の空に、色付いた山の木々が彩りを添えている。

 木漏れ日が柔らかく降り注ぐ道を、空の色を写し取ったような深い青色のマントを羽織った男子生徒と紅葉した葉のような紅いマントを羽織った女子生徒達が歩いていく。

 吹き抜ける風は頬に冷たく、動いて火照った身体には気持ちが良い。今日は絶好のハイキング日和である。


 ビーネ宮の裏側に位置するヘーゲル山は、標高500メートル程の小さな山だが、登山に慣れていない生徒達が頂上まで登るのは難しい。

 なので、今日のところは麓の整備された道を一時間ほど周回する初心者向けのコースを使用してのハイキングだ。


 俺は生徒会役員の一員として、ご令嬢八名、ご令息九名、それと護衛役一名の合計十八名の一団を先導している。


 護衛を付ける程の危険なコースでは無いのだが、やんごとなき身分の方々をお連れしているので、万が一に備えて各グループに一人ずつ護衛役が付けられている。

 俺のグループの護衛担当は、レオン王子の従者であるヨハンさんである。

 この人選はレオン王子直々によるものなのだが、俺のグループにはジュリア王女がいらっしゃるので信頼のおけるヨハンさんを遣わしたのだろう。


 そのジュリア王女は俺の横で笑顔を振りまき、今は二人だけの世界でキャッキャウフフしながら楽しくハイキングしている………………はずだった。


 しかし、俺の横に実際に居るのは鬼の形相をした一人の御令嬢。

 そう、昨日の舞踏会でも俺を渾身の力で睨みつけていたメリー公爵令嬢である。


 グループ分けの名簿にジュリア王女の名前を見つけてから、他のメンバーをよく確認していなかったのだが、まさか彼女と同じグループになるとは……。


「何でこんな田舎の伯爵令嬢が私を差し置いてレオン王子と……ましてや生徒会役員だなんて身の程知らずが……」


 メリー公爵令嬢は、ハイキングが始まってからずっと恨み言をブツブツと唱え続けている。

 ただならぬ雰囲気を醸し出すメリー公爵令嬢に圧倒されてか、他の生徒達は俺達から不自然な程に距離を開けている。

 俺もできることなら、彼女から距離を置きたい。

 

 肝心のジュリア王女はというと、集団の後方で男子生徒に囲まれている。

 おかしい、こんなはずではなかったのに。


 我が集団は、先頭に俺とメリー公爵令嬢、そして不自然な空間の後に女子生徒の塊、さらにその後ろにジュリア王女を中核とした男子生徒の塊、最後尾にヨハンさんといった並びで進行している。


 ジュリア王女をおもてなしする為に、ヨハンさんに色々と準備してもらったのに……。

 もはや、ただの重りと化したリュックの紐が肩に食い込む。


 誰かこの状況から助け出してはくれないかと、チラチラと背後に目線を配るも、慌てて目を反らされるばかりであった。

 しかしそんな中、一つの視線と目線が交わる。


 それは、他でもないジュリア王女の空よりも澄んだ碧い瞳であった。しかし、その愛らしいお顔には陰りがある。


「ちょっと貴女、逃げる気!? お待ちなさい!」


 気がついた時には、メリー公爵令嬢の制止を振り切り、ジュリア王女の側までコースを逆走していた。

 メリー公爵令嬢に圧倒され、周りをよく観察できていなかった自分が情けない。


「ジュリア王女殿下、他学生と交流中に申し訳ございませんが、少々先頭までお越しいただけますでしょうか」


 つい男だった時の癖で、自身の手をジュリア王女の前に差し出しエスコートの構えをとってしまった。


「えぇ、分かりました」


 ジュリア王女は、そんな俺の失態を不審がることもなく、更には俺の手の上にその小さな手を重ねてくださった。


 残念そうな男子生徒達を置き去りにして、ジュリア王女殿下の手を引いて集団の先頭へと向かう。

 何という優越感だろうか。


 ふと、ジュリア王女殿下が手を離すと俺の肩元に可愛らしい顔を寄せて、囁いた。


「ありがとう、クリスティーナ。少々しつこい殿方がいらして、困っていたの」


 ジュリア王女のお顔がこんな近くに!

 全神経を網膜と鼓膜に集中させる。あぁ、今この瞬間を永遠に記録しておきたい。

 

 笑顔を浮かべながら俺のすぐ横を歩くジュリア王女。

 流石のメリー公爵令嬢も、ジュリア王女の目の前で罵詈雑言を発することはできず、大人しくなった。


 先程まで重たかったリュックが、今は羽の様に軽く感じる。

 何て楽しいハイキング!


 しかし、意気揚々と足を踏み出したところで、前方に立ち往生している集団を見つけてしまった。


 俺たちの前を行く集団は、確かフローラ様の弟であるマルク様が引率するグループだったはず。

 しかし、近づいてもマルク様の姿が見当たらない。嫌な予感がする。

     

「クリスティーナ!」


 すると、集団の中からセシリア姉様が躍り出てきた。


「セシリア姉様、これは何事ですか? マルク様のお姿が見えないようですが」

「ルーベンブルク王国のご令嬢がハイキング中に行方不明になってしまったの。それに気が付いたマルク様が制止する間もなく単独で山の中に入っていってしまわれて……。

 どうする、クリスティーナ? あなたの出番じゃない?」


 やれやれとため息を吐く。これからがハイキングの本番だというところで横槍を入れられてしまった。


「一国の王子様の特技が山登りとは思えないので、早々に捜索に行ったほうが良さそうですね」


 昨日はお茶汲みで試される様なマネをされたし、今日はジュリア王女とのハイキングを邪魔されるし……マルク様は何か俺に恨みでもあるのだろうか。


「お待ちください」


 俺と姉様の会話に、突然声が割って入って来た。

 声の方を振り返ると、そこには険しい表情を浮かべたヨハンさんが立ちはだかっていた。


「まさか、クリスティーナ様が直々に捜索されるおつもりではありませんよね?

 警備の者を集めて捜索しますので、クリスティーナ様はここでお待ちください」

「ヨハンさん、自然豊かなウェールズ伯爵領で育った私は、こう見えて山にはちょっと詳しいのです。

 今すぐ探しに行けば痕跡を辿って楽に見つけられるので、ちょっと行ってきますね」

「いえ、護衛役として許可できません」


 ヨハンさんは、マルク様が入っていったと思われる乱れた木立の前に立ち、筋骨隆々の腕を広げ通せんぼのポーズを取る。


 ヨハンさんは意外と頑固者らしい。さて、どうしたものか。


「ヨ、ヨハン様……お言葉ですが、クリスティーナは本当にウェールズ伯爵領内では有名な山探しのプロなんです。良く一人で山に入っては、迷子になった子羊を見つけてきました。

 今の季節、日が暮れると気温が一気に下がりますので、早く見つけないと大事になります。 

 クリスティーナなら絶対に大丈夫ですので、任せてあげてください」


 何と、セシリア姉様が加勢してくれた。まぁ、姉様の事なので、ただ単にヨハンさんに話しかけたかっただけかもしれないが。


 祈るように指を組合せ、あざとく下から見上げるセシリア姉様に押されたヨハンさんは、大きなため息を一つ吐いた。


「分かりました。そのかわり、私も同行いたします。少しでも危険を感じた場合、即刻連れ戻すことをご了承いただけますね」

「え! それなら、私もっ」


ガッ


 私も付いていくと言いかけたセシリア姉様の口を慌てて塞ぐ。

 正直言ってセシリア姉様が付いてきたら、邪魔以外の何ものでもない。


「わかりました、それで大丈夫です。それでは、御令嬢とマルク様が奥まで進んでしまう前に二人で追いかけましょう」


 セシリア姉様が恨めしそうにこっちを見ているが、構っている暇はない。ヨハンさんの気が変わらない内に、善は急げと山に入る準備を始める。


 まず、羽織っていた紅いマントの裾を切り裂いて枝に結びつけ、入口の目印にする。


 次に、心配そうにこちらを見つめるジュリア王女殿下に話しかけた。


「ジュリア王女殿下。恐縮ですが、私に代わり生徒達を学園まで引率していただけますか」

「えぇ、もちろん任せてください」


 心配そうな表情が一変し、ジュリア王女は毅然とした表情で真っ直ぐ俺の目を見据え、力強く答えてくださった。

 本当にジュリア王女は美しい方だ。


 ジュリア王女のお姿に後ろ髪をガンガン引かれながらも集団を離れ、鬱蒼とした山に足を踏み入れる。


 さてと、ジュリア王女とせっかく良い感じだった所を邪魔してくれたマルク様をぶちのめしに行くとしますか。

更新まで随分と間が空いてしまいましたが、次話の更新はここまで空かない予定です……!

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