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4.ティータイム

「失礼いたします」


 扉を開けるのと同時に、視線が一斉にこちらへと向けられた。静まり返る会議室で、王族達の見定めるような視線が身体に突き刺さる。


 こちらばかり見ていないで、打ち合わせを続けてくれたら良いのに……。


 視線から逃れる様に、手早くワゴンを部屋の隅に運び入れる。そしてワゴンの上で最後の仕上げをしてから、カップにクッキーを添えて一人分ずつ配膳していく。


「どうぞ、お召し上がりください」


 ウェールズ伯爵家ではそこそこ好評だった飲み物だが、王族の皆様にもお気に召していただけるだろうか。

 緊張のあまり、ドクンドクンと全身が心臓になったかのように脈打つ。


「見た目は、カフェ・ラッテのようですが……」


 まずはレオン王子がカップを手に取り、優雅な仕草で口に運ぶ。

 一口含むと、想像していた味と違っていたためか驚きの表情を浮かべた。

 

「これは……紅茶? いや、珈琲でしょうか?」


 俺の返事を待たず、もう一度カップを口に運び、味わうようにゆっくりと飲み込む。


「芳ばしい香りの中に、ほのかな甘みを感じます。コクがあるにも関わらず後味はスッキリと飲みやすく、とても美味しいです。クリスティーナ、これは一体?」


「これは、紅茶と珈琲を合わせたユンヨンチャーという飲み物です。

 作り方は簡単で、まずカップにミルクティーを注ぎます。次に事前に抽出しておいた珈琲を加え、よく混ぜ合わせます。

 この時、お好みで砂糖も一緒に溶かし入れます。今回は勝手ながら、皆様お疲れのことだと思いましたので、少し多めの砂糖を予め加えてあります。

 最後に、泡立てた濃密なミルクを乗せ、パウダーを振り掛ければ完成です」


「なるほど、紅茶と珈琲を混ぜた物だったのですか。第一印象としては芳ばしいミルクティーでしたが、飲み込んでみると珈琲の程よい苦味と香りが口の中に広がりました」


「ユンヨンチャーの良い所は、ミルクティーと珈琲の混合割合を変えることで、一人ひとりの好みに合った風合いに味を調整することができることなんです。

 男性の方々には珈琲の割合を多めにし珈琲の香りを際立たせ、女性にはミルクティーの割合を多くして口当たりを良くいたしました」


「細かい所まで気を配っていただき、ありがとうございます、クリスティーナ」


 レオン王子とのやり取りを聞いて興味が湧いたのか、クロディア王国の二人の王子もカップに口をつけ始める。

 まずはじめに、弟君のローレン様が口を開いた。


「珈琲と紅茶を混ぜて飲むという発想はなかったのですが、なかなか合いますね。

 この一番上にかかっているパウダーは何でしょう? とても香りが良くて、いいアクセントになっていますね」

「そのパウダーは、ハームという植物の実を煎って磨り潰した物です。

 ハームは、ウェールズ伯爵領が原産地の特産物なんです。飲み物に入れる他にも、パンに入れて焼いても美味しいんですよ」


 地元の作物を褒めてもらえるのは、まるで自分が褒められるようで嬉しい。自然と笑みが溢れる。

 次に、一気にカップを飲み干したアラン様が言葉を発する。


「味も悪くないが、何よりこの一杯に込められたメッセージが秀逸だな。

 一級品の珈琲と紅茶を王子と王女に、ハームパウダーを自分に例えたのだろ?

 珈琲と紅茶だけでも十分に美味いが、そこにハームパウダーを加えることで味に奥行きが生まれる。

 つまり、自分が加わることで生徒会の活動をより良くさせてみせるので、そんな自分を生徒会役員の一人と認めて欲しい、そんな願いを込めたのだろう」

「えっと……まぁ、そんな感じです」


 もちろん、そんな願いは一切込めてなどいない。

 ハームは、どちらかというと庶民的な穀物なので王族はあまり口にする機会がない。なので、ただの珈琲や紅茶を出すよりは珍しく思っていただけるかと、ハームパウダーと相性の良いユンヨンチャーを作ってみたのであった。

 しかし、それっぽく解釈してもらったのをわざわざ否定する必要もあるまい。


 続いていよいよ、ルーベンブルク王国のお二人がカップに口をつけた。

 フローラ様が、俺の作ったカップにその魅力的な唇を寄せている。あぁ、この瞬間だけあのカップになりたい!


「飲めなくはないが……私は、もっと珈琲の香りが強い方が好きだ。覚えておけ」

「まぁ、マルクったら! ごめんなさいね、クリスティーナ? こんな憎まれ口を叩いているけれど、マルクは気に入ったみたい。クッキーとの相性も良くて、本当に美味しいわ。また作ってくださるかしら?」


 マルク様が何か言っていたらしいが、俺の全神経はフローラ様の一挙手一投足に注がれており、マルク様の声は耳に入ってすらいなかった。


 フローラ様がとろける様な笑顔で、また飲みたいと仰られた。それだけで、俺の今までの苦労が全て報われた。

 これから一年間、フローラ様のお茶汲み係として全身全霊をかけようと心に決めた瞬間である。


 その後、明日開催されるオリエンテーションについて詳細を打ち合わせ、ようやく開放されたのは深夜になってからだった。


「クリスティーナ、遅くまでお疲れ様でした。部屋の場所が分からないと思いますので、部屋の前までお送りします」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 眠い目を擦りながらレオン王子についていく。


「改めて、生徒会役員を引き受けていただき、ありがとうございました。

 そして、今日は貴女をお助けすることが出来ずに申し訳ありませんでした」

「……なんのことでしょうか?」


 はて? 助けが必要なシーンなど何かあっただろうか?

 強引にダンスに誘われた時や、生徒会役員に引っ張り込まれた時ぐらいしか思い当たる節がないのだが。


「マルク様から貴女を試すような要望が上がった時のことです」

「あぁ。その事でしたら、何もお気になさらないでください」


 貴方からの要望に比べたら可愛いもんですし、最終的にフローラ様からお褒めの言葉をいただけたので、むしろご褒美であった。

 フローラ様の笑顔を思い出して、思わず頬が緩む。


「まぁ実際、私の助けなどなくとも、自力で解決されてしまわれたわけですが……一杯のカップであの状況を覆したのは、本当に見事でした」


「いえ、我が家で雇っているメイドから教わった一杯を再現しただけで……たまたま皆様のお口にも合って良かったです」


「そういえば、ウェールズ伯爵家では従者を連れてきていませんでしたね。

 学園に従者を呼び寄せるまで不便だと思いますので、何かありましたら私の従者にお申し付けください。ヨハン、こちらに」


「はい、レオン様」


 どこからともなく、ヨハンと呼ばれた従者が現れた。今まで一体どこに隠れていた?


 ヨハンはソフトマッチョな爽やか青年で、腰には剣を挿している。おそらく、従者というだけでなく、レオン王子の護衛も兼ねているのであろう。


 せっかく出てきてくれたので、打ち合わせの時から考えていた事をお願いしてみる。


「それでは早速お願いしたいことこがあるのですが、よろしいでしょうか?

 明日のオリエンテーションに向けて個人的に準備しておきたい物があるのです」

「お任せください。明日の朝までに準備し、お部屋にお届けします」

「ありがとうございます」


◇◇◇


 レオン王子に案内してもらった部屋に入ると、中はすでに寝静まっていた。深夜0時を回っているので無理もない。セシリア姉様を起こさないようにそっと部屋の中を探索する。


 どうやらこの部屋には二つの寝室とミニキッチン、シャワールームにトイレが備え付けてあるらしい。本来一人部屋なのに二つ寝室があるのは、従者が寝るための部屋も用意されているからだ。

 流石、学生といえども貴族が使う部屋なだけあって、何とも豪勢である。

 

 ウェールズ家では従者を連れてきていないので、小さい方の寝室を俺の部屋として使える。普段から質素な暮らしをしている俺からしたら十分過ぎる程の部屋であった。


 寝床の確認も終わり、さて、ここで問題が。

 寝る前にシャワーとトイレを済ませたいのだが……今、俺は女性の身体になっているんだった。


 自分が女性になったという意識がまだ薄いので、見ず知らずの女性の身体を覗くようで何だか後ろめたい気持ちがする。

 セシリア姉様は良く寝ているので助けを求めることもできない。

 ただ、眠気も限界なので、思い切ってドレスを脱ぎ始めた。


◇◇◇


 何とかシャワーとトイレの試練を終わらせ、ガウンを羽織る。


 舞踏会から始まり、身体が女性になったり、生徒会役員に選ばれてしまったりと、今日は本当に長い一日だった。


 問題は山積みな気がするが睡眠欲には抗えず、そのままベットに倒れ込むようにして眠りに落ちた。

11/13>全面改稿しました。内容に変更はありませんが、補足となる会話などを一部追加しました。

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