6話
やんちゃな男たちが走り去った後、ナギはその高校生のような顔に不安の色を浮かべながら、エリナに話しかける。
「エリナさん、大丈夫だったっすか?」
それに対し彼女は、顔をしかめながらも、落ち着いた声で返す。
「問題ないわ。ただ……服を汚されるなんて不愉快極まりないわね」
運動靴で何度も踏まれたブラウスは、くっきりと土色がついてしまっている。白のブラウスだけに、汚れがよく目立つ。それに加えて、桜色の髪は乱れ、タイトスカートには埃がついてしまっていた。
このままでは堂々と街を歩くのは無理そうだ。
「まぁ確かに服もっすけど……。体は平気なんすか? 踏まれたりしてたっしょ?」
「えぇ。それなら、どうもないわ」
「マジっすか? 別に強がらなくていいんすよ?」
「何よ、その言い方は。私をそんな弱い女だと思っているの?」
ナギをじとっと見つめるエリナ。
その顔からは不快感が感じられる。恐らく、強がりだと思われているのが気に食わなかったのだろう。彼女はそういう人間だ。
「いやいや、そういうわけじゃないっすけど……」
「ならどうして『強がらなくていい』なんて言うのよ」
「いや、ただね? エリナさんが弱音を吐きにくかったらと思って……」
「吐かないわよ! 弱音なんて!」
エリナは一度わざとらしく髪を掻き上げてから、口を尖らせて言い放った。
そんな彼女の手を、ナギはそっと握る。
「こんなこと言ったらまた怒らせるかもしれないっすけど……エリナさん、たまには俺に甘えていいんすよ?」
いつものように咄嗟に言い返そうとするエリナだったが、ナギが自分に向けている視線を見て、言葉を詰まらせる。彼の視線がいつになく真っ直ぐで真剣なものだったからだ。
彼女とて、何も考えずに物を言っているわけではない。だから、真剣さを感じれば、いつものようには言い返せないのだろう。
「エリナさんは強い人っす。そこが魅力でもあるわけで、弱くなれとは言わないっすよ。でもね? 甘えたい時だってたまにはあるっしょ?」
彼女の茶色い瞳は、ナギだけを捉えていた。
「そういう時は素直に誰かに甘えるのが正解と思うっすよ」
ごくり、とエリナは唾を飲み込む。
いつも強気な彼女は、自分の考えが正しいと信じて疑わない自信家だ。だが、特別な存在であるナギにこうもはっきりと言われては、自身だけを正しいと思うのも難しいようである。
「……何よ、偉そうに」
「すいません」
「……そうやってすぐに謝られるのも不愉快だわ」
「えぇ……どっちなんすか……」
謝っても謝らなくても怒られそうな空気に、ナギは渋い顔をした。
少しして、エリナは口を開く。
「でも、ま」
桜色の髪を再び掻き上げ、さらりと揺らす。
それから、彼女は言う。
「たまには頼ってもいいかもしれないわね」
エリナの顔には笑みが浮かんでいた。
口紅の塗られた赤い唇の端は持ち上がっている。まさに「女王様」という言葉が似合う、自信に満ちた華やかな笑みだ。まるで、顔面に薔薇の花が咲いたようである。
「もちっすよ! 何でも言ってほしいっす!」
ようやく頼ってもらえそうな雰囲気になってきたことを喜び、派手にガッツポーズをとるナギ。その瞳は、やる気に満ちている。
「なら早速。まずは着替え一式、購入してもらえるかしら?」
「えぇっ!? そんな金、今持ってないっすよ!!」
「やはりナギに頼るのは無理だったわね。頼るの、やーめた」
「そ、そんなぁ」
先を行くエリナ。それを追うナギ。
二人の関係性は相変わらずだ。
「待ってほしいっすよー!」
「待たない。もたもたしていると置いていくわよ」
「そんなぁ……」
「……冗談よ」
「あ、そうなんすか!」
相変わらずは相変わらずだが——少しずつ近づきつつはある。それは確かだ。
今はまだ、僅かに開いた蕾だけれど。
二人の関係は、いつか大輪の花を咲かせることだろう。そして、その先にあるのは——幸せな未来に違いない。
◇終わり◇
読んで下さり、ありがとうございました。




