3話
アイスクリーム店・カオスアイスクリームの注文カウンターに到着したエリナとナギは、好きな種類を選ぶべく、メニューをじっくりと見つめる。初めてで目が慣れていないというのもあり、二人とも、なかなか決められない。メニューに載っているたくさんのアイスクリームに何周も目を通し、目を慣らすところからのスタートだ。
「エリナさん、もう決まったっすか?」
「ナギは?」
「俺はまだ迷い中っす。なんというか……種類多すぎて悩むっすね」
「えぇ。私も同じよ」
決定力のあるエリナですら迷うのだから、カオスアイスクリームの様々なアイスクリームは、どれも、よほど魅力的なのだろう。
それから数分。
先に口を開いたのはエリナだった。
「決めたわ。これにする」
彼女が指差していたのは、レインボーカラーのものだった。かなり個性的なアイスクリームたちの中でも、一際派手な種類である。
「えぇっ、それするんすか!?」
エリナの選択が予想外だったのか、ナギは大きく目を見開く。
それに対し眉頭を寄せるエリナ。
大きなリアクションで驚かれたのが少々不愉快だったのかもしれない——彼女はそんな顔をしていた。
「なによ、いいじゃない」
「いいっすよ! もちろんいいっすよ! いや、ただね? ちょこっとびっくりしただけっす!」
「だからって、そんな大袈裟に驚くことないでしょう」
「すいません! でも本当に悪気はないっすから、本当にびびっただけなんすよ! そこのところは理解してほしいっす!」
何とか怒られずに済もうと、ナギは必死に弁解しようとする。
しかし、その態度が、更にエリナに火を点けることとなってしまった。必死の弁解は完全に逆効果だ。
「何よ! 素直に謝りなさいよ!」
ナギはエリナの機嫌を損ねてしまった。これは痛い。
「私がレインボーだとおかしいと思ったのでしょう? 認めなさいよ!」
「違うって! そんなんじゃないんすよ!」
「それは嘘ね。ナギ、ごまかさず真実を言ってちょうだい。本当はどう思ったの!?」
エリナに詰め寄られたナギは、その圧力に耐え切れなくなり、ついに口を割る。
「……可愛いなって思ったんすよ」
彼の口から出た言葉に、エリナは困惑した表情を浮かべる。激しい怒りは収まったものの、今度は逆に、訝しむ感情が湧いてきているようだ。
「可愛い? 私を馬鹿にしているの?」
軽く首を傾げつつ、怪訝な顔で尋ねるエリナ。
彼女には、ナギの言葉の意味が、微塵も理解できないようである。
「何でそうなるんすか!? そんなわけないっしょ!」
「それ以外に何があるのよ」
不思議なものを見るような目で見られたナギは、根元だけ黒い金髪をくしゃくしゃと乱す。言いたいことが上手く伝わらず、むしゃくしゃしているようだ。
「あーっ、もう、何で分からないんすかねーっ」
「意味不明だわ」
「つまり、こういうことっすよ!」
ナギはついに行動に出た。
自分より背の高いエリナの体を引き寄せ、彼女を強く抱き締める。
「な、何を……」
「いくら俺でも、誰にでもこんなことをするわけじゃない。聡明なエリナさんなら、そのくらいは分かるっしょ? こんな風にしたくなるのは、エリナさんが可愛いからなんすよ」
真剣な顔で言われたエリナは、顔筋を引きつらせて鋭く言い放つ。
「ちょっとナギ! 人前よ!」
だがその程度で離すナギではない。
彼は、エリナに厳しい態度をとられることには、十分慣れている。だから少々言われたところで従ったりはしないのだ。
「おかしな目で見られたらどうするの!」
「別にいいじゃないっすか。俺ら恋人同士だし、何の問題もないっしょ」
「だ、だからって! なぜ今抱き締める必要があるのよ!」
エリナの大人びた顔は、リンゴのように赤く染まっていた。
彼女はその人生ゆえに、優しく触れられることに慣れていない。ましてや抱き締められることなんて、一生ないと思っていたことだろう。
だから、エリナは今、凄く動揺しているに違いない。