表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界テンプレは難しい

作者: ナヤカ

「あー! もう、なんで上手くいかないのよ!」


 その雄叫びを聞いたのは何百回目だろうか? 聞き飽き過ぎて、逆にお前はなぜ飽きないのか? と問いただしたくなる。


「で? 今回はどこまで行った?」

「レベル30まで行ったわ。でも、30程度じゃあ、迷いの森は攻略できても、次が無理ゲーだって何で気づかないのかしら? あーあー! ムカつく」


 俺の隣で豪勢な椅子に座り、小型の携帯用液晶画面を眺めながら悶え喚く少女は、女神アミューラという。アミューラは、年齢不詳の女の子であるが、見た目はもちろんのこと、言動から考えれば、おそらく十代半ばの精神年齢であると思われる。だが、彼女は紛れもなく神様という立場にあり、当初は信じていなかった俺にも、信じざるを得ない光景を様々と見せつけてきた。

 神様には年齢など関係ないのだろう。例えるならば、人に学歴など関係ないというものと一緒である。


 勘違いなきように補足しておくが、人に学歴など関係ないというのは、優秀な人だからと言って学歴も優秀であるとは限らない、といった意味合いで使われる。しかし、この場合は完全に逆である。優秀でなければならない地位に、明らかに劣った者がいるという意味合いで使っている。


 つまり、『なぜ、お前が神様なんてやっているのか?』と問いただしたくなる程に、彼女は神様らしくないのである。


「ユウト! 何でダメだったのか説明して!」


 アミューラは椅子の隣で胡座をかく俺を指差す。ジャラジャラと鎖の音が響いた。その鎖は、アミューラの手首、足首に繋がれ椅子の後ろで複雑に絡み合い、オマケに錠前で固定されてあった。その錠前を外すための鍵はここにない。もちろん俺が持っているわけでもない。

 端から見れば、少女が椅子に縛り付けられ、その隣で優雅に座っている俺、保高悠人(ほだか ゆうと)という最低の構図となっているが、見たまんまの光景を鵜呑みにして欲しくない。なぜなら、縛り付けられているのは、この俺の方だからだ。


 もう幾年も前になるのかもわからない。この空間では、時間の概念がほとんどない。一年かもしれないし、十年かもしれない。もしかしたらそれ以上の時を過ごしているのかもしれない。


「じゃあ、ここまでの統計な? まず、転移時に異世界の説明をした場合とそうでない場合、俺がここに呼びだされてからの合計は652回だが、その中で最初の町を出ることができたのは512回。これは、何もわからずに転移させた時にレベルとスキルの説明をしたことが大きい。だから、今後も転移時はここに呼び出してその説明をするとして、次にその512回の内でレベルを30まで上げられた者は242人、ここで大分激減している。この原因は、レベル上げの過程を冒険者で行ったか、勇者として訓練を行ったかが鍵となってくるわけだが、訓練を行った者の方が圧倒的に生存率を誇ってる。だが、冒険者としてレベル上げを行った者は例外的に飛躍的な成長を見せることもあるから、どちらが言いとも言えないな」

「どっちが良いのよ?」

「いや、だからどちらとも言えないんだって」

「あなたは私のアドバイザーでしょ?」

「だったら適切なアドバイスできるように、『呪い』を解除してくれよ」


 それに、アミューラはムッとした。


「嫌よ! っていうか、できないわ。だってあなたに『悪口禁止の呪い』をかけてからセーブしちゃったもん」


 ため息が出てくる。俺はアミューラに対して悪口を言うことができない。それは、彼女の口から言う『アドバイス』とはかけ離れたものなのだが、どうやら俺の『アドバイス』は、彼女にとって『悪口』になり得るらしい。だから、俺は適切なアドバイスを言おうとするが、声が出てこない事がある。

 呪いをかけられた当初は、それを見て「ザマーミロ」と笑われていたのだが、その事が後々問題になってきてしまっていた。

『セーブ』というのは、この空間に対しての事を示している。彼女が神として決めたことは絶対でありルールとなる。故に、俺は妙なルールを取り付けられてしまったわけなのだが、取り消すこともできた。だが、取り消さずに『セーブ』をしてしまえば、そのルールは空間内の絶対として組み込まれ、取り消す事ができなくなってしまう……らしい。

 一応、それを解除する方法はあるらしいが、彼女はそれをしてくれない。


「じゃあ、いつも通り結果と原因をお前に言うしかないな」

「なんでよ! なんで悪口でしかアドバイスできないわけ? 死ねば?」

「……言われなくても、もう死んでるんだが」


 俺は、二十代半ばにして死んでしまった平凡な男だった。その後、目が覚めるとこの空間にいて、転移、転生のテンプレか? と胸を膨らませたりしたが、どうやらそうではなかった。


 アミューラは神様としてはまだまだ未熟者らしい。そして、本物の神様となるためには、とある世界の危機を救わなくてはならないそうだ。それは『神の試練』とも呼ばれており、簡単に言えば、世界破滅を企む魔王を転移者によって倒すというのが試練の内容なのだそうだ。まるでゲームなのだが、感覚的にはそれに近いと思う。

 そして、その試練にはアドバイザーを一人つけることができる。そのアドバイザーは、死んだ奴の中からランダムで選ばれるそうで、めでたく俺が選ばれたというわけだ。よくよく聞けば、俺が生きてきた世界というのは、そういったアドバイザーをつくるための世界だったらしい。そして、いつの時代からか俺がいた世界は創設神の意思と想像をはるかに越える世界を形成してしまった。


 つまり俺の世界ではコンピューターが人間の脳を凌駕してしまったが、神の世界では人間が彼らの想像を凌駕してしまったのだ。……と、考えればアミューラの精神年齢にも納得がいくだろう。



 だが、不幸なことに、俺は友達も少なく人の不幸を笑って生きてきた人生の過程なんかもあって、どうやら魂が歪んでしまっているらしい。だから、アドバイスの際に悪口がついつい出てしまい、それに腹を立てたアミューラが呪いをかけて、セーブをしてしまったというわけである。


「じゃあ、次も冒険者になるよう促せば良いのね?」


 苛立ち紛れに言い放つアミューラに、俺はなんとなく頷いた。


「確率は低いが、可能性は高いな」


 適当に言って椅子に座る縛られた神様を眺める。やはり、手足に付けられた鎖は見ていて痛々しい。次の『ニューゲーム』に対して構想を練る彼女に俺は言ってやった。


「……やっぱり促すのは止めとけ。お前はそういうの下手くそだから、不信感を持たれて逆に目指さなくなる」


 しかし、彼女は構わず考え事に没頭する。聞こえていないのだ。

 悪口だから。


 おそらくアミューラはまた失敗するだろう。そして、俺にまた文句を言うのだ。


 そのパターンにも慣れてしまった。


「そろそろニューゲームの時間ね」

「そうだな。じゃあ、隠れるわ」


 そう言って、俺は椅子の後ろで後ろに身を潜める。


「与えるスキルは前回と一緒でいいの?」

「あぁ、望んだ力をくれてやれ。その時に付け足す言葉も忘れずにな?」

「えぇ。『間違って殺しちゃった』……でしょ?」

「そうだ」

「にしても、なんで転移されてくる勇者ってのは、みんな平凡を望む野郎ばかりなのかしら? いっそのこと、最初から野心のある奴が転移されてこないかしら?」

「そういった奴が魔王になるんだろうよ? ゲーム達成は魔王の交代じゃない、討伐だからな」

「じゃあ、転移者の性格はアレで良いってことね?」

「まぁな。あと、いい加減『女神の加護』をつけてやれよ。それでレベルの問題は解決するんだし」

「言っとくけど、付けられるなら私だって付けたいわよ。ただ、生理的に無理な奴が多過ぎて付けられないの! 加護は気に入らないと付けられないから」

「まぁ、その辺は運だな」


 言ってると、空間に歪みが生じ始めた。ゲームの始まりだ。

 数秒後、椅子の反対側から男の声が聞こえる。


「あれ? ここは?」


 いつも通りの反応。


「あなたは死んだの」

「へ?」

「ごめんね。間違って殺しちゃった」

「へ?」

「だから、罪滅ぼしに好きな能力を与えて、新しい世界に転移させてあげる」

「へ? へぇぇぇぇ!!」

「さぁ、好きな能力を言って」

「テンプレきたぁぁぁ!!」



 ジャラ、とアミューラの鎖が擦れる音を聞いた。それに思わずため息を吐きそうになる。それは、彼女が身動ぎをしたということであり、その身動ぎは、彼女が嫌悪感を露にした時に出るものだからだ。


 つまり、今回の転移者にも加護はつかない。


 ――――なんだかなぁ。


 椅子の反対側で繰り広げられる会話を聞きながら、俺は今回の転移者がどこまでいくのかを予想していた。まず、魔王討伐は無理だろう。もちろん加護がつかないからだ。加護なしでは先々に用意されてある戦闘イベントに対抗できない。


 何回も繰り返された異世界転移で、魔王討伐できない原因がアミューラにあることを俺は薄々感づき始めていた。


 ――――どうしたもんか。


 本人に言っても無駄だろう。悪口になってしまうからだ。だが、やらなければアミューラが本物の神様と神様になることはできないだろう。







「そういえばさ、魔王討伐したら俺はどうなんの?」


 ある時疑問に思った事を聞いてみる。アミューラは不機嫌な表情をした。


「そんなの決まってるでしょ? 用済みよ」

「……やっぱりか」

「……えぇ。でっ、でも! そこまで行くのはまだまだじゃない!」

「まぁな」

「そんな先のことは考えず、今の事を考えましょう! さぁ、次はどうすればいいの?」

「先を考えるには、過去を振り返ることが重要なんだ。まず前回の結果だが……」

「それはもう聞き飽きたわ! どうすれば良いのかだけ教えてよ」

「お前なぁ」

「だって、私のアドバイザーでしょ?」

「アドバイスってのはあくまで助言だからな? 最終的な選択をするのはお前なんだぞ?」

「だって、そんなの難しいもの」

「……はぁ」


 わがままな神様は神様らしくない発言を平然と言ってのける。それは、神様故だからだろうか?




 この時の俺は、なぜ彼女がそんなことをやっているのかまるでわからなかった。このゲームをクリアする気があるのか、本当に疑問に思っていた。……いや、神様と人間には理解しがたい考えの違いがあるのだろうと、そんな風に思い決めつけていたのだ。


 彼女が俺にかけた呪い、魔王討伐まで行き着かぬ転移者たち、そんな者たちを見るからに嫌うアミューラ。

 それらから、答えを完璧に想像するには、材料が少なすぎた。


 ゲームをクリアしたら俺はどうなるのか。

 加護を付けられなくなるほどに転移者たちを嫌うアミューラは、俺をどう想っているのか。


 そんな疑問を放置せずに解決していたなら、もしかしたら想像できたのかもしれない。


「ほんっと、ダメなアドバイザーね? でも仕方ないから、もう少しだけ手伝ってもらうわよ」

「へいへい、そうかよ」


 俺は異世界テンプレを目指す。それは、ゲームクリアに必ず繋がっている。

 だが、アミューラはそうではない。



 それに気づくのは、もっと、ずっと、ずっと先のことである。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ