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自作小説倶楽部 第14冊/2017年上半期(第79-84集)  作者: 自作小説倶楽部
第80集(2017年2月)/「鬼」&「道」
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9/37

01 奄美剣星 著  道 『思川駅の姫君』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「少女」



「大変恐れ入ります。笠間駅で停電があり信号機の点検をしていますので運転再開までだいぶお時間を頂くことになります」と車掌がアナウンスした。

 僕は、運転室のある1号車ロングシート先端に座った。笠間駅あたりまで、乗っていたのは数人だった。むかいに座ったセミロングヘアをした若い女性、後方にむかって、ライフジャケットみたいなジャンパーを着た老人、リュックを足下に置いた中年男の三人だけだ。

 いまどき乗客はスマホが必需品のようでそれで読書したり音楽を聴いていたりしているものだが、この列車でそれをやっていたのはセミロング姫だけだった。

 通路むかいの窓越しに、梅園の紅白の花が、七、八分咲きになっているのがみえた。

「もう十分遅れている」老人は不平屋らしくはけ口を求めているようだ。相手にしたが最後、終点まで繰り言をきかされそうになりそうだ。

 リュック男は、「話って何だ? 要件をいえよ。そんなこと十年も前の話、いまさら蒸し返すってのか、てめえ」と向いの席にむかって話しをしているのだが、そこに人はいない。あたかも幽霊に話をしているようだった。

 学生時代の科目に教育心理学というのがあり、常磐線の南側は振興開発地で、コミュニティーが脆弱なため、子供が非行に走りやすいという講義をきいた。そういう土地柄のためか、土浦駅で通り魔の男による無差別殺傷事件、さらに、大洗海岸あたりで、マリンスポーツしたあと、バーベキューを楽しんでいた人たちのところに、銛を振りかざして襲い掛かった老人の記事を読んだこともあった。――昼行燈といわれている僕には見抜けない、病んだ空気が、どこかに潜んでいるらしい。

 春の節句を迎えたころ僕は列車の旅にでた。列車といえば、ボックス席にみられるようなクロスシートを供えた近郊列車が好みだが、乗ったのはロングシートタイプの通勤列車だった。路線は電化してはいたのだが単線。かつて首都圏で十両編成通勤電車として使われ、一九九七年生産中止となったE501系電車を、ここ水戸線がお下がりで五両編成にしてつかっていた。水戸線というのは、友部駅から小山駅間をゆくのだが、一部は常磐線水戸にも乗り入れている。――僕が乗ったのは友部駅からだった。

 どうせ遅れるのならば、駅の観察でもしてみようと思った。笠間駅は二面三線になっていて、駅舎のある一番線が単式ホーム、列車が停まっている二番線ホームと三番線ホームで島式ホームを構成し、駅舎にゆくには跨線橋で線路をまたいでゆくことになる。――線路を川に例えれば川の片岸に船着き場があるのが単式、川の中洲の両側に船着き場があるのが島式だ。

 笠間は、陶芸家魯山人が工房を構えた窯業産地だが、近くに石切り場があることでも知られている。そのためか島式になったホームには風変わりなモニュメントがあった。それは凸形に切りだした石で、両側面にアラビア数字で1・2・3と刻まれていた。

「一等賞!」僕はてっぺんに登って万歳をした。

 すると、クスクス笑う声がしたので、振りむくと、セミロング姫がいた。――ここにきた理由はだいたい察しがつく。あの危ないオッサンたちのところから避難してきたというわけだ。それで僕たちは1号車の反対端にある5号車に並んで座った。

「ふう、窒息しそうだった。お爺ちゃんが運転士さんにクレームしだすし、リュックの人は幻覚と喧嘩しだすし……」

 ――表彰台に乗っかった僕も同類かもしれない。

 停車してから二十分後、列車が再び動きだした。

 筑波山の麓を通り抜け、鬼怒川を渡る。薄緑に塗られた鉄橋を渡ったとき、右岸にある滑空場から飛びたってきたグライダーがみえた。そのむこう岸にある下館駅からは、那珂川に近いところにある、茂木までゆく、枝線の真岡鉄道があり、週末はSLが一往復するのだ。

 不平屋の老人がそこで降り跨線橋をわたっている。代わりに帰りの高校生たちがどっと乗っていた。

 セミロング姫は水戸の証券会社に勤めている。彼女は小山駅で両毛線に乗り換え、その次にある思川駅で下車する。そこに実家があるからだ。

 僕は、さらに先の終点に近いところにある、前橋に宿をとっていた。――明治維新の立役者といわれる英国外交官アーネスト・サトウ卿が群馬の古墳調査をしに訪れた際、宿泊した、油屋旅館というところに泊まり、翌日はこの人が母国のアカデミーに論文寄稿をした前二子古墳を見物することにしていた。

 僕は、田舎町にある資料館で学芸員をやっていた。たまたま十九世紀の英国外交官が町にゆかりの人物だったので、関係した土地の下見をしておく必要があったのだ。

 列車が小山駅に入線した。水戸線のあるのは15番線ホームだ。両毛線のある4番線ホームにゆくには階段を登って、駅員室のある跨線橋フロアにあがり五分くらい歩いて階段を降りたところだ。僕とセミロング姫がフロアに上がったところで、例のリュック・オヤジがいた。「うわっ」目があった。こっちにやってくる。僕はリュック・オヤジの突撃を交わし、セミロング姫の手をとって4番線ホームを目指した。

 構内アナウンスが、「間もなく列車が発車します」といっていた。

 リュック・オヤジが追いかけてくる。

 四両編成になった黄色の107系電車が停車していて、出発時刻を数分ずらし、僕たちが乗り終わるのを見計らって出発した。列車が走りだしたとき、乗り遅れたリュック・オヤジが窓越しに走っているのがみえた。

「ふう、助かった!」セミロング姫がそういった。

.

 翌日、前橋駅で両毛線107電車にまた乗ったわけだが化粧室がなかった。前橋駅‐小山駅区間八十キロの所要時間は一時間半もかかるというのに。――これは一九九一年に生産中止になった通勤列車で、水戸線のE501電車同様に首都圏でつかっていたもののお下がりだった。小山駅に入線すると跨線橋になった改札フロアにある化粧室に駆け込むとごったがえだった。そこから15番線ホームにむかうと、友部へむかって走り去ってゆく列車最後尾がみえた。――ああ、何てついていないんだ。次の電車まで四十分もあるじゃないか。

 仕方がないので、新幹線改札口近くにあったカフェで夕食をとることにした。カキのクリーム・カツサンドとムースのデザート、それにカラメル・ラテがセットになったものを注文した。店のテーブルはほぼ満席だ。食事を終えて珈琲をし終え、スマホではないところの文庫本を読んでいたそこでだ。クスクス笑う声がした。

「ガラス越しにお見かけしたもので……」セミロング姫。――いま僕の妻になっている人だ。

     ノート20170211

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