03 柳橋美湖 著 卵 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL・鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
このころ、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職。
そんなオムニバス・シリーズ。
32 卵
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白銀の世界になった朝、夜行列車が停まったので車窓から外をみると、お爺様、従兄の浩さん、それから電脳執事さんがお出迎えです。
マダムは親愛の情を示すのがコンチネンタルな方で、列車から降りると、北ノ町駅のホームに出迎えにきたお爺様にいきなりハグしちゃいました。あまりにも自然な風景にみえました。――両方ともいまは一人身だし、再婚もありかな。
年末、カラス画廊のマダムを北ノ町にお招きしてお正月を過ごすことになり、瀬名さんにエスコートして頂いて夜行列車に乗りやってきました。
暖炉のある居間では楽しい笑声が聞こえます。一方の私はベッドの中。途中の駅で、神隠しの女の子が回送車で異界へ連れてゆかれるところをみて、滅入ったのか、丘の上のお屋敷に着いた途端、風邪をひいて寝込んでしました。
夜の八時少し前、寝室の扉をノックする音がしたので、ドアを開けました。IT社長の浩さんがつくりだしたシルクハットに片眼鏡の電脳執事さんと、ニット帽を被った護法童子くんが立っていました。
「えっ、お見舞い?」
渡されたのは卵。殻にはなんと翼が生えていて、ちょうど小鳥が翼をたたんで眠っているような感じ。――これを持って眠るといい夢がみられるって? ありがとう。私は二人にお礼をいって再びベッドに潜りこみました。
その夜の夢……。翼の卵がもぞもぞ動いたので、私がベッドから半身を起こして手のひらを拡げるところから……。翼の卵が私の周りを回ると、駅のほうから汽笛がきこえ、窓が開き、そのまま飛んでいってしまいました。
そして朝、実際に二人から頂いた卵がありません。そもそも、頂いたこと自体が夢だったのでしょうか。
御台所には、お手伝いに通ってきてくださる近所の小母様がコンソメスープとリゾットを作っていらしたところ。私は、だいぶ熱が下がったのでお一緒にやろうとすると、「もう少し休んでいなさい」といって部屋に戻されてしましました。
それからマダムがやってきたので、翼の卵の話をしました。
「――あの女の子に届くといいわね」
「翼の卵が女の子に届くとどうなるんです?」
「天使の羽になるっていうのはどうかしら。それが背中に生えてこっちに戻ってくるの」
マダムはメルヘンチックな解釈をなさる。でも、私もそうあって欲しいと思うのでした。
それではまた。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住む。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。公安庁所属。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●烏八重/カラス画廊のマダム。
●メフィスト/鈴木浩の電脳執事。
●護法童子/瀬名武史の守護天使。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。