02 奄美剣星 著 鳥 『ジーランディアの鳥人』
二、三階が宿屋になった、木組み建物の店に入ると、ギターと太鼓をつかった軽快なサンバが流れていた。魚を除けば、メニューをみると卵か鳥を素材とした料理ばかりが目についた。むしろ魚介類よりも鳥や卵料理で満ち溢れていた。土間に並べた椅子は円をなし、踊り子が真ん中で踊っていた。僕よりは少し年上の女性だった。
「可愛い少尉さん、一緒に踊らない?」
「僕はまだ士官候補生です。ダンス――、みるのは好きなのですが、踊るのはちょっと」
「じゃあ、近く少尉になるのよね。カッコイイ。お姐さんが教えてやるわよ、いろいろとね……」
他の客たちが、「坊やの童貞を頂こうっていうのかい」といって踊り子を冷やかすと、踊り子はプイと膨れっ面をつくって、輪の中でダンスの続きをはじめた。その綺麗なお姐さんが、歌って、僕に謎かけをした、「鳥と卵、どっちが先に現れた?」と。
艦に帰る途中市場で鳥の雛を買った。この大陸固有種らしい。僕はそいつに英雄叙事詩『ローエングリーン』から名前をとってグリンと名付けた。
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白亜の絶壁に囲まれたところの下が砂浜でちょっとした町ができていた。町とはいっても急ごしらえで、千人もすんでいないようなところ。市街地の縁辺には堀が穿たれ、残土を盛って土塁とし、その上に木柵があって、人の住むところと、人の住まざるところとを分けていた。人は海辺からそう遠くない絶壁まですら、まだ征服はしていなかったのだ。
僕が乗ったフリゲート艦は百人乗りで、町がみえてくると、大半の者が甲板にでて浮かれた。なにせ長い航海だった。セントヘレナから、喜望峰を周り、マダガスカルを経て、ここジーランディアへ達した。その艦は港に錨を降ろす。
町は数か月ぶりに、母国からの船がきたというので、浮かれて、ちょっとしたお祭りになっていた。艦長が当直を除く全員に下船許可をくれたので、カッターボートに乗り込んだ皆が浜に降りてゆく。
宿命とでもいうものか、軍人家系に生まれた僕は十五歳で士官候補生となり、航海に参加した。ジーランディア大陸には知り合いがいないでもない。ここには伯父が住んでいた。うちの家系としては風変わりな人で、海軍士官学校を卒業してしばらく航海をしたのち、奨学金をもらって大学入学し、博物学者になった。――オーストラリアに次ぐ大きさをもったジーランディアには、哺乳類というものがおらず、特殊な生態系がある。この事実を知った伯父は魅了され、柵の町に上陸すると、町の一角に観測所を設け、生態系を観察するのに至ったわけだ。
伯父の観測所には、町の治安を維持する海兵隊の士官たちが出入りしていた。束ねているのは大尉で、駐屯所には五十人ばかりが詰めていた。本来は百人くらいいたのだが、数年前に流行病があって半分に減ったのだそうだ。
ペットのグリンの成長は早く、三か月くらいで、もう人の丈くらいになった。伯父の観測所で飼わせてもらったのだが、鶏と一緒に、庭のあちこちをつつき回していた。
ジーランド大陸唯一の港町からはときどき探検隊がでる。十数人規模で、大陸の地図作成が主な任務だった。第三十次探査においては、観測所長の伯父と、駐屯地の大尉が船長にかけあって、流行病で生じた駐屯所の欠員を埋めるため、船員を少し借りて奥地探検をおこなうことになった。――そういうわけで僕も隊員として冒険に参加することになったわけだ。
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柵外危険域を縫って、崖にたどり着き上からみると、町は星形をした堡塁になっていているのが一望にできた。
ジーランディアの哺乳類は鼠類ばかりで、日陰者だった。鳥類が圧倒的に優勢だ。伯父の仮説によると、鳥類は島伝いに大陸に飛んできて、食物連鎖の過程で、哺乳類のファクトを演じるようになった。――飛ぶのをやめて、ライオンの役割をする奴から、シマウマの役割をする奴までいるのだ。
内陸の大半はサバンナか砂漠地帯になっていた。そして思い出したかのように、オアシスが出現した。大地が裂け目、大地溝帯になっていて、巨大な湖があったのだ。塩水湖だ。――そこを伯父はジーランド海と勝手に名前をつけていた。
ジーランド海にゆくと、はじめて、原住民の集落を通過した。そこにも歌と踊りがあった。原始的な木琴のようなものを鳴らし歓迎してくれた。――みるからにアフリカ系住民で、伯父によると、「石器が押圧剥離技法という、新石器時代の技法によるものだ。恐らくは、そんなに昔でもないころに、連中は帆船タイプのカヤックを漕いでやってきたのだろう」といっていた。
連中は石器をつくるのが巧みで、陶器のかけらを渡すと見事な鏃をつくってみせたものだ。
族長が割れた有田焼のかけらで鏃をつくり、ペンダントにしたのを僕にくれた。その上で、「南にある巨人域には近づかないほうがいい」と忠告した。
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「巨人――正体は何者なのだろうな。興味が湧いてきた」
ゆくなといわれれば行きたくなるのが人情だ。探検隊を率いる伯父と大尉は、ジーランド湖から百キロ南に下った土地に入った。測量班は、僕たちがきた路線の地形を測量していった。野営地を設けて、焚火をしていたそのとき、僕らは巨人の群れに出会った。――人食い。十メートル級だろうか。探検隊の大半は、ライフルで応戦したが、連中には歯が立たなかった。恐らくは、フリゲート艦に積載したカノン砲で脚を狙わらない限りは対抗できないだろう。
僕が乗ってきた馬は、探検隊の仲間たちと同様に、巨人どもに喰われていた。気が付いたときは、ダチョウのような大型鳥となっていた、グリンの背中に乗って北へ逃げていた。
ジーランディア大陸には、アングロサクソン系であるわれわれと、アフリカ系の原住民しかいない。あの二足歩行の生き物は、みかけは、人間のようだが、頭部が羽毛のようなもので覆われていた。恐らくは鳥類が進化したものなのだろう。鳥の骨を観察してみるといい。内部はスカスカだ。あの巨体を支えるには、中身がぎっしり詰まって重い哺乳類の骨で自重を支えることができない。つまりは鳥類が進化した亜人ではないのか。――僕はそう結論づけ、伯父が所属していたアカデミーに、第三十次探査の顛末を書簡で報告した。
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ジーランディア(Zealandia)は二千三百年前に沈んでいる。ニュージーランドが名残りで、大きさはオーストラリアに次ぐ実在した第七大陸だ。沈没原因は他の大陸に比べて地殻が薄かったためだとされている。哺乳類があまりおらず、ペンギンほか、飛べない鳥たちによる独自の生態系が発達していたとされる。――物語はこの大陸が現在も沈まずにいたと仮定し、舞台を十八世紀ごろのパラレルワールドとして描いてみた。
了