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自作小説倶楽部 第14冊/2017年上半期(第79-84集)  作者: 自作小説倶楽部
第82集(2017年4月)/「新入社員」&「鍵」
26/37

05 らてぃあ 著  新入社員 『越えてきたもの』

 終わらない。終わらない。

 俺はつぶやいたそれがもう声になっているかもわからない。

 俺は白い山を登ろうとするが足元の書類は見る間に崩れ落ちて上ることが出来ない。いくつもの山を越えてきたというのに山はどこまで続いているのかわからない。

「ヤッホ――」

 必死の俺の耳に呑気な声が飛び込んだ。

 こういう呑気な奴がいるから俺が苦労するんだ。

「やあやあ、すごい山じゃないか」

 俺の後ろに男が立っている。こんな奴いたっけ? 新入社員の紹介の時にも覚えはない。しかしここに 居るからには仕事をしてもらわなくては。

 わかっているんなら、この書類を少しでもやってくれ」

「うーん。たまにはこういうのもいいかな」

 何を言っているんだ?

 男は書類を数枚手に取り口にはじからむしゃむしゃと食べてしまった。

「何てことするんだ。重要書類だったらどうするんだ」

「大丈夫、ここの書類は全部白紙だよ」

 俺は改めて書類を見る。やつの言ったとおり何も書かれていなかった。

「畜生、最初からやり直しじゃないか」

「そんなに根を詰めることもないよ。少しは休んだらどうかな」

「しかし、俺はこうやって女房子供を養っているんだ。俺の後ろを見てみろ。これまで越えてきた山々があるだろう」

 「山が好きなんだね。もと登山部?」

「そうだ。女にはわかるもんか」

 私だって大変なのよ。話をきいてちょうだい。

 何が大変なものか。

「それはあなたの奥さんの台詞? 彼女が何を言おうとしていたのかわかる?」

 当然だ。と答えようとしたが俺は妻が何を言おうとしたのか全く分からないことに気がつく。まるでこの白紙のようだ。

「ほーら。あなたはやっぱり何もわかってない」

「女房のような言い方をするな。今大変な時期なんだ」

 話している最中なのに奴は何かもぐもぐ食べている。そして首を傾げた。

「働かないとそんなに駄目?」

「もちろんだ。俺の親父が駄目だった」

「働かなくなって。親戚の相談でお母さんと離婚させられた」

「そうだ」

「でも、あなたはお父さんのことが大好きだったんだね」

「仕方ない小さな子供だったから、大人の事情は分からなかった」

「子供の方が真実を見ていることもあるよ」

 いつの間にか男は俺を見下ろしている。どうして俺が小さな子供のように縮んでいるんだろう。

「あなたのお父さんは悪い人じゃなかった。働けなくなったのはノイローゼだよ。当時は誰も理解してくれなかった。今は、あなたは違うだろう? 目を覚ましたらちゃんと奥さんと向き合うんだね」

 そして男は口からぷっと紙切れを吐き出して言った。

「今度はもう少し味わいのある悪夢を見てね」

     *

 目を覚ますと女房の泣き顔があった。

 俺は仕事中に倒れて意識不明だったらしい。

 次の日、上司がゆっくり療養するようにと言いに来た。俺がいなくても仕事が回るんだと気づかされ。残念な反面、心が軽くなった。

 病室に二人きりになると、女房はくどくどと俺への不満を並べ立て出した。

 俺は上の空でそれを聞きながら、化粧気のない顔をまじまじと観察し、目じりの皺に、「こいつと随分長く夫婦でいたんだな」と妙なことに感心した。

     了

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