02 柳橋美湖 著 蒲公英 『北ノ町の物語』
34 蒲公英
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クロエです。職場の画廊マダムを誘って、母の実家北ノ町に帰省すると、いよいよ、お爺様が立ち上がり、神隠しの少女救出作戦がはじまりました。問題の一ノ宮神社から異界へつながる軽便鉄道がでており、どうも終着駅に、あの子がいるようなのです。一両編成電車のなかにいるのは、ほかに従兄の浩さん、顧問弁護士の瀬名さん、そして白鳥さんのお三方がいらっしゃいます。
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その停車場には〝蒲公英〟と書かれた看板だけがありました。除雪でできた、雪壁の狭間を縫い、電車がたどり着いた停車場には確かにタンポポが咲いていました。ただ、大きさが五メートル前後はありそうで、シュロの木みたいな感じ。
雪の狭間の蒲公英広場に咲く、大輪の花の上に、いつのまにか白鳥さんがいて、「あ、合戦をしてる」といいます。
――合戦?
私が呟くやいなや流れ矢が飛んできた。すかさず、隣にいたマダムが、トランプ・カードを宙に撒く。すると矢がつぎつぎとそこに刺さって落ちました。
「やるなあ、さすがは魔法少女OBだけのことはある」花の上にいる白鳥さんがグラスをだすと、コウモリのような翼のある使い魔さんがお給仕してボトルの白ワインを注いだのでした。
「マダムに任せておけ」お爺様といえば、加勢しようと上体を前にだした、浩さんや瀬名さんをなだめて電車に押し戻すします。これにあわせて、渋々車内に戻る二人の小人サイズな守護天使たち――電脳執事さんと護法童子くん――が後を追って行きました。
マダムは私たちが電車に乗り込むまで、外にでて、応戦していました。こういうとき、この人は、シルバーヘアから翠なす黒髪の少女に大変身するのです。手中に最後まで残していたトランプの一枚がスペードのクィーン。絵柄にあった装備一式をマダムは身にまとっていました。
スペードの絵柄は騎士の剣を、スペードの女王は戦女神アテナを表します。マダムは魔法をつかってカードから属性を拝借することができるのです。
そのマダムを騎馬の一団が取り囲みだす。
「枢機卿クラスの道士が数日がかりでなせるかいなかという上級降神術をかくも容易くこなしてしまうとは、さぞや名のある道士にあらせまするな。ぜひ御尊名をお聞かせくだされ。それがしは、蒲公英と申す」
馬上の蒲公英さんは、『三国志』の挿絵にでてくるような騎馬武者姿で、青龍刀を担いでいました。兜から強面がみえます。――わあ、眼帯つけてるし。
マダムが、「名乗るほどの者ではありません」と答えると、〝戦仙女殿〟と勝手に渾名をつけたのでした。そのうえで、鈴木家一門食客が電車に戻ったのを見計らって、マダム自身も後ずさりしながら乗り込もうとしたとき、配下の騎兵たちに――手をだすな――と手で制しながら、「〝戦仙女殿〟いつかまたお会いしたい。わが主は、人材コレクターゆえ、それがしが推挙いたす」と剛毅に笑い踵を返しました。
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蒲公英さんが、停車場を離れたのと入れ違いに、長槍を担いだ徒士衆が追いかけて行きます。どうも隻眼の猛将の敵みたい。しかも大部隊でした。
徒士衆の小隊が電車に雪崩込もうとする、寸前、慌てたように、再び電車が再び走り出しました。
さて、魔界の貴公子である、吸血鬼・白鳥さんです。白鳥さんはまだ、タンポポの上にいて徒士衆に取り囲まれていました。白鳥さんが呪文のようなものを花にむかって唱えているのが電車の窓越しにみえます。ほどなく、タンポポの花が急にしぼんだかと思うと、綿状の丸いフワフワになり。ポンと破裂。おびただしい数のバルーンのついた種の一つにつかまって飛んできて、電車の屋根に降り立ち、魔法で窓を開け、車内に入ってきたではありませんか。――本当にすばしっこい人です。
白鳥さんが、ロングシートに白鳥さんが腰を下ろしたときマダムが前に立ちました。
そのマダムは、戦女神アテナから、元の姿に戻っていました。事態は、――異界というのは一つではなく、かなりの数の世界からなっている。停車場の蒲公英さんは、ギイ国の将軍のお一人なんだとか。
レール横の雪壁が途絶えたところは崖がハングしたところで、ちょうど、高台で電車車窓から眺望すると、雪原の合戦が一望にできました。
――包囲殲滅陣形。
数万はいるだろう敵に囲まれた、〝蒲公〟の旗がかざされる騎兵は数百といういところ。しかし猛将らしく、弾丸のような縦列隊形になって、包囲網の一角を突破し、向こう側に駆け抜けて行ったのでありました。
鈴木家一同、刮目……。
それでは皆様、また。
by Kuroe.