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自作小説倶楽部 第14冊/2017年上半期(第79-84集)  作者: 自作小説倶楽部
第80集(2017年2月)/「鬼」&「道」
15/37

08 らてぃあ 著  鬼 『鬼ごっこ』

 いーち、にーーい、

 悪夢の中、私は走っていた。

 一斉に走り出した子供たちはどこに逃げたのか、もうわからない。

 ひとりぼっちで、自分だけで逃げ切らなくてはならない。子供の私は身体も小さい。当然足だって遅い方だ。

 鬼は私を狙っている。誰も私を助けてはくれない。本当はこんな怖い遊びはしたくない。だけど私はこの遊びから抜けることが出来ない。

 ごぉーおー、ろーく、

 早く。早く逃げなければ。鬼が私を捕まえる。

「これが鬼頭ナオ子さんの現在です」

 探偵が封筒から取り出した写真を私は取り上げた。金髪に染めた長い髪に、明るいメイク。ピンク色のリップ。しかしどこか遠くを向いた顔が以前会った時を思い出させた。あの時は化粧気が無かったけど、やっぱりあの女だ。

 ごめんなさい。なんて子供じみた謝り方しかできず、今にも一緒について来た母親のスカートに隠れてしまいそうなほど私を恐れていた。私に謝罪しながらもすぐにどこか遠くを見て、最後までまともに私の顔を見なかった女。

「えーっと鬼頭さんはね。現在、飲食店でアルバイトをしています。一週間、行動を監視しましたが、一週間のうち3日くらいは友達と遊びに行っています。そのうち数人は男友達です。恋愛は、赤澤タカヤという男と付き合っているようで夜に待ち合わせして食事をしたり、普段からお互いの家を行き来しています。鬼頭さんは過去にご主人と不倫していたそうですが、いまだにご主人と連絡を取っているとは思えないです」

と、探偵は女の行動を時間別に表にしたものを示した。

 日曜日は10時起床、13時に買い物、友達と食事。16時に彼氏とボウリング、楽しそうで結構なことだ。

「彼女の生活費は親御さんが出しているのでしょうか」

「そうですね。飲食店はあまり繁盛していないようですから給料も大したことはないでしょう。時々親御さんのカードを使ってコンビニでお金を下ろしています」

 探偵が示した写真にはコンビニで雑誌を立ち読みしている女の姿が写っている。私は雑誌の表紙に目を止めた。ファッション雑誌ではないようだ。

「なんでしょう。彼女が読んでいる雑誌」

「これ?」

 探偵は写真を顔に近づけて見つめた。ああ、と合点がいったという表情をした。

「車雑誌ですね。そういえば、ここ、月曜日の仕事帰りに近所の月極駐車場をのぞき込んでいました。車が欲しいのでしょう」

「そうですか」

 私は笑顔を作って探偵に勘違いだったみたいね。と言ってお金が入った封筒を渡す。


 しーち、はーち、

 私はついに転んでしまう。足が痛い。きっと膝をひどくすりむいている。

 もうすぐ鬼が私に追いつく。

 次は私が鬼だ。嫌だ。嫌だ。鬼になんてなりたくない。

 でも私は知っている。

 私は鬼になりたいのだ。私が鬼になれば、あの女を殺してやる。

 夢の中で私は「絶対に許さない」と呟いた。

 きっと疲れているせいに違いない。一瞬の幻だ。しかし私の身体は凍ったように動かなくなっていた。

「コウちゃん」

 かすれた自分の声は喉の奥に引っかかった。

 男の子は息子の幸一とは似ても似つかない容姿だった。背中がランドセルより大きくなろうとしている。幸一はランドセルに隠れるくらい小さかった。どうしてあんな子供を幸一と見間違えたのだろう。

見知らぬ少年は母親と手をつないで点灯し始めた街灯の下を歩いている。その光景に鬼頭ナオ子の姿はさえぎられて見えなくなった。

 気が付くと私は泣いていた。泣いたのは幸一の葬式以来だ。

 5年前、あの女、鬼頭ナオ子はスピードを出したまま歩道のない細い道を突っ切ろうとした。住宅地の間だから当然通行人だって多かったのにも関わらず。ちょっとしたハンドル操作のミスでコントロールを失った車は何の過失もない私の息子の命を奪ったのだ。

 絶対に許さない。と裁判中も謝罪のため訪問を受けた時も私は叫び続けた。それなのに女は執行猶予がついて刑務所に入ることすらなかった。

 こういうことはよくあることなんだろうか。誰もが私を腫れ物扱いして、夫ですら私を理解しようとしなかった。

 だから私は許したふりをした。

 心でいつか殺してやるとつぶやきながら普通に仕事をして家事をして笑顔を作って生活していた。誰も私の本心に気が付かなかった。

 5年間も復讐の炎を燃やして、一人で耐えて来たのに、どうして今、私はあの女を見逃してしまったのだろう。

「ちょっと、どうしたんですか。気分でも悪いの?」

 物陰にしゃがみこんでいた私に誰かが声を掛け、手が私の肩に置かれた。鬼の手ではない温かな人の手だった。

 私は鬼ごっこが終わっていたことを知った。

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