時間に置いていかれた人間
今日も仕事を終えた彼女が帰ってきた。
僕は用意したご飯を机に並べ、食べてくれる姿をじっと見ていた。
ここは僕が生まれ育った町。僕はもう20年以上ここに居る。彼女は他県から転勤して来ていて、ひょんな事で知り合い交際が始まった。本当に綺麗な人で僕は心を奪われた。
そんな日常を過ごしていたら、彼女が夕食を食べながら「今度新しくスーパーできるみたいね。」と声を掛けてきた。
僕は過去に色々あり、あまり外に出なくなっていた。
「そうなの?どこに?」と聞くとスマートフォンの画面をみせて「ここだよ」と見せてくる。
そこは昔違うお店があり、友達や家族、前の彼女など色々な人と買い物に行っていた数少ない思い出がある場所だった。
「そうなんだ...」心無し元気無く答えた僕。
そうしてその日は眠りについた。
翌日僕は外に出た。あまり乗り気でなかったし、外に出るのが億劫だったが、僕には行きたい場所があったので車で向かった。昔の世間を知らない頃の僕にはあまりに広く感じた僕の町も車で15分もあれば全て行けてしまう。だがそんな狭い範囲でも僕が生きてきて感じたもの全てが詰まっている。そう、思い出の場所だ。思い出の場所と言えば聞こえはいいが、実際は偶然に等しい些細な幸せを感じられた場所なのだが、それでも僕には思い出の場所と呼ぶに相応しい場所だ。僕には色々な過去があると言ったがそれは家が無くなってしまった事。家族とのすれ違い長い時間会っていない事。大好きだったあの子と別れてしまった事。身体を壊してしまった事。
言えばキリがないのだがそんな事があったのだ。
そうしてまず到着したのは僕が住んでいた前の家である。前の家の前で見る景色や貧しく、喧嘩も絶えなかったが温かい家庭があった一瞬を思い出せるからたまにその場所に行く。
次に向かったのは産まれた時からずっとあるスーパーだ。
そこは小さい頃母親と一緒に行き安い商品が沢山あって経済的にも優しく20年以上通っている。
そうして今度は自分の通っていた学校、あの子と出会って初恋をした駅の前、数少ない家族と過ごしたファミレスや温泉に向かった。そうした他愛もない場所でも僕にとっては大切な場所だ。
しかし僕は気づいてしまった。
どこも何かが変わっていたのだ。
いつの間にか知らない人や見慣れたあの光景はもう無かった。
僕は涙が止まらなかった。
急激に変わっていく町並みや人。その時間の流れに僕はついていけなかった。いや、認めたくなかった。
確かにあったものがもうどこにもない。不安と悲しみでいっばいだった。
帰り道ホームセンターに寄って帰宅した。
彼女が迎えてくれ、「おかえり」と言った。僕は「うん、ただいま」と小声で言い、トイレに篭った。
今の僕は彼女が居るから生きている。だが、僕の時間は家が無くなってから止まっている。
何年も前に進まない僕の時間。
トイレから出て彼女に抱きついた。そして彼女は転寝をしだしたので布団を掛けて僕はまた外に出た。
この行動は間違ってるんだろうか。そう涙を流しながら思い出の森へ向かった。幼稚園の頃、ザリガニを取った場所にはもうザリガニは居ない。水が干上がり、管理されていた花々も枯れてしまっていた。結局、僕は弱い人間だった。未来や希望は確かにあったし、与えられていた。だがそれに答えられなかった。
受け入れられなかった。
もう一度やり直したい。あの頃に戻りたい。なんだかんだ僕は子供だ。
そして僕は森の深部で木に縄を結び大好きな歌を聞きながら縄にぶら下がり最後を迎えた。
時間に置いていかれたまま。
時間に置いていかれ、変化を受け入れられない人間にとってはこの世は地獄なのかもしれません。
僕は人生には意味がないからこそ幸せなんだと思います。