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ジャガーノート  作者: 山田鈴木
天蓋する都市(アトラス)
3/13

引き金.III

 旧福岡市を丸ごと覆い尽くさんばかりの巨体を空に浮かべたジオフロートと、人工大地を支える六基のアトラス()には、その物理的・システム的保全を専門で司る警護組織が特別に設置されていた。


 名を『アトラスガード』という。


 警察でも軍隊でもないこの機関は民営の組織でありながら、国家によって武装を許可され、これを行使してジオフロート全体の警護に当たる。

 そのため、『ガード』と呼ばれる職員は"アルバイト(学生)"に至るまで銃火器ないし刀剣類を携行しており、必要があれば申請なしにバカスカ撃ってしまっても構わなかったりするのだ。


 石川が銃なんて物騒な代物を持っているのはこのためだ。もっとも実際に撃った経験は週に一回あるかないかの射撃訓練の時くらいなもので、そのスコアも芳しいものではない。だから、この強力な武器を使ってバスジャック犯を返り討ちにしてやろう、などといった蛮勇を振るうには、いささか以上に臆病にならざるをえなかった。


 そもそも、石川は通信機器を用いた情報支援が専門の通信科(シグナル)に所属している後方支援要員(バックアップ)だった。これが武闘派揃いの普通科(コモン)特科(マークス)、スパイじみた活動で有名な情報科(ワイズ)のガードならともかく、最低限の訓練しか受けていない非戦闘員(石川)では土台無理がある。


(ここに居合わせたのが会長とかキョウヤくんなら今頃、余裕で犯人捕まえてたりしたんやろうなぁ……)


 と、自分の無力さ云々よりも畑違いの事件に対する不満で溜息を吐いた時だ。

 脳裏に思い浮かべた二人の友人の顔がパチンと弾けて、シナプスが繋がったみたいに思考が走りだす。そうだ、適任者がいないのならこの場に呼べばいいんじゃないか。

 無線機のダイヤルを回して周波数を合わせる。犯人に見つかりませんように気づかれませんように、と祈りながら、座席の陰に潜りこむようにして体を丸めた。

 送信スイッチに指をかけ、理路整然と短くまとめようとあれやこれや台詞を考えた挙句、


「たっ、助けてくださいバスジャックがアレで俺居て亜子さんに貸してもらったので連絡してて銃あるんやけどむっちゃキレててあと正直漏れそうなんで早く助けてください何でもしますから」


 堰を切ったように口から溢れだしたのは、我ながら意味不明な長い一言だった。


 喋るだけ喋って、返答を聞き逃すまいと無線機に耳をそばだてる。一秒、二秒……。何も聴こえてこない。

 さらに九秒、十秒と時間だけが経過し、石川の胸には友人に見捨てられた絶望感が去来する。やっぱりあいつら人でなしや! いや、でもまだ希望は……、と百面相を浮かべる石川を見て、隣で手持ち無沙汰に床から浮かせた両足をぷらぷらさせていた亜子がおかしそうに笑う。


 石川たちを乗せたバスは、すでに南区の南端にまで来ている。外周縁に近づいたことで車窓から覗き見る景気は随分と明るさを取り戻し、時間の経過もあって今まさに夜が明けつつあるような気分にさせる。それはつまり、一つのタイムリミットが迫っていることも示唆していた。


 最先端技術の結晶であるジオフロートを護るために、法外な活動を許可されたアトラスガードの権能が及ぶのはあくまでもジオフロートの範囲内だけだ。ガード特法で設定されている治外法権も、一歩外に出てしまえば効力を失ってしまう。最外周にそびえ立つアトラスを通りすぎてしまえば、ガードはその職権を行使できなくなるのだ。銃を撃つことなんて以ての外で、むしろ、正規の銃刀法が適用されてバスに乗る全員が警察機関によって拘束されてしまう可能性すらありうる。バスジャック犯も、それを見越して領域からの脱出を目論んでいるのだろう。外に出てしまえば、警察が駆けつける前に逃げられるかもしれない。


 石川を含めて乗り合わせた乗客……『アトラスガードスクール』の学生たちも、動くべきか否かの判断に考えあぐねている。

 いずれも、制服の襟元に付けた徽章は通信科や交渉科、輸送科に会計科と、軒並み非戦闘系学科の所属を示すものだ。こういう最前線の荒事には慣れていないし、十全に対処出来るだけの実力も備えてはいない。死傷者を出さずに状況を制圧する自信がないのだ。

 それは石川も同じで、だからこそ、祈るように無線機を握りしめ続けるしかない。


 ――ザッ。


 と。


 ――ザザッ。


 砂利を踏みしめるような音が、手元から微かに漏れだした。

 ハッとなって、電話の受話器みたいに無線機を耳に押し当てる。

 聴こえてきたのは、欠伸を噛み殺すような、どこか億劫そうな声。


『今、何でもするって言ったな? 俺にはバッチリそう聴こえたんだが』


 それは髪の一本も残らず、魂さえ根こそぎ奪ってやると意気込む悪魔のような囁きであったが、危機的状況にいっぱいいっぱいの石川は、迷うことなく何度も頷きながら「ハイ!」と答えてしまった。


『よし。なら――』


 その続きは、よく聞き取れなかった。


 なぜなら、その瞬間にバス全体がとてつもない衝撃に襲われ、激しく振動したからだ。


 何かに激突したのかと恐ろしくなるほどの揺れに、学生たちがもつれ合うように転び悲鳴が連なる。実際、何か硬くて大きなものがぶつかるドガンッ! 血の気が引く音がして、バスの天井が広範囲に渡って内側に凹んだ。窓ガラスも一枚残らず砕け、車内に破片を雨と降らせた。


 石川も丸めていた体が通路に投げ出されかけたところ、横から伸びてきた手に引っ張られてなんとか踏みとどまる。いつの間にか、シートに抱きつくようにして体を固定していた亜子が助けてくれたのだ。


 天変地異に見舞われた騒ぎの中、亜子はくすりと笑う。笑って、「頭下げてたほうがいいよ」という風に自らも座席の隙間に潜り込んでいく。

 こんな時に、どうしてそんな表情を。混乱の中、頭の片隅で感じた疑問にポカンと口を開けていると、


 ダンダンッ!


 ガラス片に紛れて、車窓の残骸からバスに乗り込んできたものがあった。

 おそらくは上から垂らしたらしいワイヤーを伝って突入してきたのは、見慣れた制服姿の二人の少年だった。

 一人は素手で、一人は鞘に収められた刀を手にしている。石川は、その二人を知っていた。


 その片割れと目が合った。黒いボサボサの髪、酷くつまらなそうに冷淡な色をした目が、石川の姿を映してキラリと悪戯めいて光る。

 刀を持った方の少年――火村マサキも、石川の姿を認めて安心させるように一度頷く。


 二人は通路に着地するやいなや、姿勢を低く駆け出した。


 運転席近くの手すりに掴まって振動をやり過ごしたらしいバスジャック犯が、突然の闖入者に「動くんじゃねえ!」と銃を構え、間を空けることなく発砲した。

 轟く銃声に身が竦む。だが、狭い通路を駆け抜ける二人の動きは止まらなかった。

 先頭を走る火村が抜刀の素振りを見せ、しかる後に腕を振るう。とても速い、数十ものコマをすっ飛ばして突然腕の位置が移動したように見えるほどの瞬発的な動作だった。


 ギィン! 銃声にほとんど被せるような形で鳴り響いた硬質な音。目を剥いたのは、銃を撃ったバスジャック犯の方だ。


 銃撃されて急停止した火村は、鞘に収まったまま(・・・・・・・・)の刀を振り抜いた姿勢で動きを止めている。だが、彼が体をふらつかせる様子はない。

 弾き飛ばしたのだ。十メートルも離れていない近距離から放たれた銃弾を。


 人間の反応速度は〇.二秒。訓練によって鍛え、突き詰めても〇.一秒が限界とされている。対する拳銃弾は亜音速……秒速で数百メートルを飛翔するため、十メートル程度であれば発射から着弾までにタイムラグは〇.一秒以下だ。その弾丸を、叩き捨てた。


 驚愕に動きを止めたバスジャック犯が続いて目にしたのは、自分にピタリと向けられるコルト・コンバットコマンダー(1911)の銃口だった。


「銃弾を斬れる馬鹿がいるなんて驚いたか? なら驚きついでにこいつも食らっとけ、バカヤロー」


 火村の背後から姿を現した少年――松永キョウヤが、嘲るように吐き捨てて引き金にかけた指を引く。

 轟いた一発の銃声が、車体の屋根に(・・・・・・)ハンヴィーを載せた(・・・・・・・・・)バスの中に木霊し、朝の訪れと事件の終息を告げたのだった。

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