表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャガーノート  作者: 山田鈴木
天蓋する都市(アトラス)
1/13

引き金.I

 真っ暗な路地に、ドラムロールが響いた。


「―――菅野(かんの)! もう少しマトモな道はないのか!? これじゃバスに追いつく前にこっちが死にそうだ!」


「ええー、だってさぁ。ここが一番の近道なんだぜー? それに安心しなって! こないだ能力評価(グレード)上がってBランク入りしたし」


「お前のランクを査定したのラウルだろう! あいつの偏りまくった評価で安心できるかっ。轢いた人数分加点するような奴だぞ……!」


 のっぺりとした鉄色の雲の下で、闇に沈んだ街を一筋の光が駆け抜けていく。

 唸るエンジンと、忙しなく回転するタイヤの近所迷惑な二重奏。M1151型四輪駆動軽汎用車(ハンヴィー)のディーゼルエンジンはかなり五月蝿い。

 騒音を奏でる車の内部では、二人の少年が声を張り上げて言い争っていた。


「心配症だなー、カイチョーってば。オレ、自慢じゃないけど腕は良いんだぜー?」


「お前の腕の良さは十分解ってるよ。だけど、それとこれとは話が違う。ジェットコースターよりも酷い乗り物に乗せられてるこっちの身にもなってくれ!」


「ちゃんと道路(レール)に沿って走ってるじゃん? それにあんな操縦も出来ないお子様専用(オモチャ)より、こっちの方が断然楽しいだろー」


 と言っても、一人が悲鳴を上げ、もう一人はそれを呑気に受け流しているだけなのだから、実質的には争いにすらなってない。正論を言って聞かせても受け流される方からしたら堪ったものじゃないだろうが。


 ドルルルルルルル、バキィッ! ギャリリリリ――

 地の底から響いてくるような重低音の連なりに時折差し込むけたたましい音。


 狭い裏路地だ。車一台がやっと通れるような道幅しかないので、当然道端に置いてあるものは一切合切ぶち壊して進んでいた。

 車体幅ギリギリしかない狭い路地を爆走するハンヴィーに跳ね飛ばされたポリバケツが、その中身をぶち撒けながら宙を舞う。


 鼻腔を突く悪臭は下水みたいに酷い。顔をしかめて吐くようなジェスチャーをした後で、松永(まつなが)キョウヤは身を沈めていた助手席から体を起こした。


「お前ら、舌噛みたくなかったら口閉じたほうがいいぞー。もうすぐランデブーポイントだ」




■■■■




 石川(いしかわ)ヒカルはその日、目が覚めた時からラッキーだ。と思っていた。


 ネットで気になるサイトやカタログをだらだら……と見たり、ついお腹が減って夜食に手を出してしまい、ある程度消化が終わるまでは漫画でも読んでいようかな……と気づけば何十巻も読破してしまったりと、うっかり寝るタイミングを逸して夜更かしした翌日は、まず起きられない。


 起きたとしても頭は半分夢の中。隣近所からクレームが来そうな大音量の目覚ましを止めようとして、机の角を思いっきり手のひらで叩いてしまって痛みに叫び、顔を洗おうと洗面所に向かったらそのドアで頭を打ち、しまいには眼鏡を掛けていたことを忘れて盛大に顔に水をぶっかけてしまう。

 他にも、コンセントが抜けていることに気づかずに電子レンジのツマミを回して、冷凍食品の解凍が終わるのをいつまでも待ち続けていたり、締めたネクタイがやけに短いなと思ったら靴下だったりと、朝の失敗談を考え出せば枚挙に暇がない。


 だから、その日はラッキーだった。


 二年生に進級してから最初の新学期が始まってもう十日目。まだまだ春休み気分が抜けきらずについつい夜更かしからの朝寝坊コンボが続いていた。

 石川の怠け癖を知っている友人たちには『春眠暁を覚えず』などという都合のいい言葉は通用しない。だったら起こしてあげようか? なんて言ってくれる幼馴染みは現実にはいないのだ。流石に朝となると、お節介なほどの世話焼きで有名な友達も助けてはくれないし。


 自分は夜型なのだ、と小さい声で弁明する。太陽とか嫌い。夜のほうが涼しくて過ごしやすいし、ネットも混んでないからスムーズだし。それにネットゲームは夜が本番なのだから。

 だけど世界はそれを受け入れてはくれない。学生は朝起きて昼勉強して夜に寝ろ、という誰かが決めたルールを横暴にも当然といった顔で押しつけてくるのだ。


 こんな時、自分が吸血鬼に生まれていたらと妄想する。可愛い女の子(ヒロイン)の血を吸って、その子を永遠の伴侶にするところまで……。

 現実は無情である。


 さらに悪いのは、あろうことか今年も石川のクラスを受け持つことになってしまった担任教師の存在で、もし一秒でも遅刻などしようものなら、石川はその場で裁判無しの極刑に処せられるということだ。

 本当に恐い、のだ。あの羊から剥ぎ取った教師という名の生皮を適当に肩に載せているだけの狼男は。マフィアの殺し屋とかの方がずっと説得力がある。まず、人を殺してそうな迫力を持つ目が恐い。というかあの目は絶対にやってる。


 血のように赤い髪、日夜一貫して外すことのない鋭角のサングラス。そして黒革のコートの下に隠すでもなくぶら下げている、二丁の――。

 思い出すだけで震え上がる。


 だからこそ、その日はラッキーだった。


 案の定というか、学習もなくだらだらと時計の短針が天辺から右に百二十度傾くまで遊びほうけ、疲労から押し寄せてきた眠気に任せてベッドに潜り込んだのに、目覚めはなんと、アラームが鳴り始める一分前。六時五十九分のことだった。たったの三時間弱くらいしか寝ていないのに気分は爽快。頭はハッキリとしていて、眠気は綺麗サッパリ吹き飛んでいた。


 これがナポレオンの気分なんやな! などと悦に浸りつつ抜かり無く洗顔、食事を済ませ、学校指定のケブラー繊維が編み込まれた特製ネクタイもバッチリ締めると、意気揚々と仮住まいの学生寮を出る。

 いつもはギリギリ間に合うか、そもそも走り去った後なことが多い通学バスを余裕を持って迎え、チラホラと立っていた他の学生たちと一緒に乗り込む。


 完璧だった。これで今日は、我らが鬼悪魔教師に撃たれなくて済む。そう安心する。


 安心していたのだ。


 そのウキウキ気分を、一発の銃声が吹き飛ばすまでは。


 自動扉が閉まる直前、とても真っ当な生き方をしているとは思えない、人相のあまりよろしくない男が慌ただしく乗り込んできた。

 男は血相変えた様子で、肩で荒い息をしながら車内を見回したかと思うと、バン! いきなり天井に向かって発砲、今すぐにでも誰かを殺しかねない勢いで運転手に銃を突きつけた。



「バスを出せ! 走らせろ! テメェら全員人質にしてやる!」



 それはラッキーな朝に起こった、とびきりアンラッキーな出来事(バスジャック)だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ