7章 崩落の白亞
リヒトはニスト・ペグダムの持つ2つの巨大な機械の腕も一つの敵だと捉えた。
実質的にトフェニは動けない。しかし巨大な腕は彼を執拗的に追いかけることの出来る性能を持っている。
彼は最初に腕の破壊を目指すことにした。
彼は一気に飛びかかって太刀で腕の一閃を目指すも、ニスト・ペグダムは黙っている訳では無かった。
「愚かな…。…世界の糧すら為れぬ人間に明日は存在しないッ!」
トフェニはそんなリヒトに巨腕の一撃で葬り去ろうと試みた。
先端がドリルのように回転する右腕で一気に殴りかかったものの、リヒトはすぐに回転回避で攻撃をかわす。
胎内の幻想的な美しさが、トフェニ自身で失われつつあったのだ。
「…明日は自らが見つけ出すもの…世界を統治したと思い込むトフェニとは何ら関係は無い!」
「貴様…!」
怒りを露にしたトフェニは自らにエネルギーを充填させ、リヒトへの猛攻の準備を始める。
彼は考えた。今の状態ではトフェニに敵わぬまま負けてしまうだろう、と。
まずここへ来た第一目標は"レミリア救出"。
そう考えた彼はエネルギーを充填させているトフェニに向かって幻象召喚を行った。
「…幻象召喚!―――『ファルシオン』!」
靄が立ち込め、目の前に白髪の老人が現れ、湖の中から姿を現すニスト・ペグダムに向けて杖を掲げた。
彼が杖を掲げた瞬間、轟雷が発生し、そのまま稲光と共に天から落ちたのだ。
エネルギーを充填させていたニスト・ペグダムは直撃した雷で機能がオーバーヒート、一時的にシステムが停止してしまった。
隙を図らって、彼は倒れこむレミリアを負ぶって、脱出口を探す。
しかし周りは先ほど紫がダイナマイトで爆発させた時に生じた瓦礫で埋め尽くされていた。
彼はニスト・ペグダムが覚まさないうちに脱出する為、幻象召喚を図った。
「…幻象召喚!―――『オーディン』!」
白馬に乗った騎士は靄と共に2人の前に姿を現し、リヒトの意思を読み取った。
そして剣を天に掲げ、光を纏った剣で瓦礫の一閃を試みた。
「…我が剣を食らうがいい!」
放たれた斬撃は瓦礫を一閃し、真っ二つに分かれたのだ。
崩れていく瓦礫に抗う直線状の攻撃は外の光を内側に照らさせてくれたのだ。
「み、見えた…光だ…私が運ぶからな…」
背負ったレミリアと共にオーディンが破壊した道を進んでいくリヒト。
オーディンはいつの間にか消えており、彼は瓦礫が降り積もっていく中、急いで進んでいった。
咒式降誕炉は崩壊を始め、巻き込まれぬようにと彼も一生懸命に走った。
真後ろに瓦礫の雨が降ろうとも、彼は驚かずに前へ進んだ。
背中の彼女は意識すら失っており、動きはピタリと止まっていた。
「…い、いたわ!リヒト!」
彼の鼓膜の中で木霊した声は、さっき別れたパチュリーの声であった。
彼女もまた、自身が持つスペルカードの力で迫り来る瓦礫を破壊しながら進んでいた先、リヒトと偶然遭遇したというのだ。
彼女は様子がおかしいレミリアを背負った彼を助けることを考え、彼の後ろに回った。
「貴方、よくここまでレミィを運べたわね。後は安心しなさい、私が瓦礫を…」
「まだ生きていたのね…。…本当にめんどくさいわ」
瓦礫の森となった咒式降誕炉で立ちはだかったのは、爆破の第一人者である紫であった。
どうも2人が生き延びていたことに腹を立てていたらしく、浮かない顔をしていた。
「…貴方、まだ邪魔するのね!?」
「…私たち摂理府側から見れば、貴方たちも只の邪魔よ?」
「…黙れ!」
リヒトは背負ったレミリアをパチュリーに預けたと同時に太刀で彼女の肩を斬りかかった。
流石の彼女もリヒトの攻撃は予測できなかったのか、そのまま攻撃を受け、跪いてしまう。
瓦礫が降る中、肩から流血する彼女は苦い顔をしながら境界の力で消えてしまった。
「大丈夫よリヒト、後は私に任せて。貴方はバイクをなるべく近くまで運んで!」
「わ、分かった」
◆◆◆
バイクを運転してパチュリーの元まで行き、2人を乗せて高速道路に乗る彼。
元いた咒式降誕炉の一部が崩壊し、見る影も無かった。
白亜の神殿は消え、あったのは瓦礫だ。
彼はバイクを運転しながら、虚構に包まれる瓦礫の神殿をバックミラーを通して見据えた。
「…リヒト、貴方がトフェニからレミィを?」
「…まだトフェニはやっつけていない。一時的にオーバーヒートにさせ、機能を停止させただけだ。
その間にレミリアを助けたが…もう聖櫃化されてるか」
「…いや、され"かけて"いるわ。…まだ助かる方法はあるわ」
「…助かる方法なんてあるのか」
「―――こっちが危険を伴う代わりに、聖櫃化を消す技よ」
◆◆◆
「…お嬢様はやはり聖櫃化を受けてしまいましたか…」
「…奴らは慈悲の欠片も無い組織よ。当たり前だわ」
「…フラン、もうお姉しゃまと喋れないのは嫌だよ…!」
宝飾の翼を携えた彼女は姉の様子を見ては涙を視界に含ませ、潤わせていた。
視界が揺れて見えなかった。彼女の前でどうすることも出来ない疎外感を抱いて、ただただその場で泣いていた。
「…フラン、まだ泣くのは早いわ。…『肆律』を行えば…!」
「…肆律?」
彼はその単語を知らなかった。パチュリーも彼がその単語について問う事は予測していたが、浮かない顔をしていた。
しかし彼女は眼を瞑っては動かない、ベッドで寝ているレミリアを見据えては、ゆっくりと語りだした。
「…簡単に言ってしまえば、『肆律』は聖櫃化された人が『エニルクス因子』を入れた時にエデンとの接触が出来て、惆悵芥蔕裁判を通れば対象の聖櫃化された者の身体に魂が宿り、元の姿に回帰することよ…。
トフェニに於ける誤植を防ぐために存在する、救済措置よ。…でも難関よ」
「…何故?」
「…『エニルクス因子』の存在よ」
パチュリーは溜息をつくと同時に、静かに椅子に腰かけた。
閑静に佇むレミリアの姿を哀れそうに見つめて、必死に何か出来ることを捜していた彼女の葛藤が、そこには存在していた。
「…『エニルクス因子』はエニルクスが持つ『捺印』から取り出せると言われる、トフェニの力を受けた因子よ。
それを対象者に埋め込ませることで聖櫃化時の記憶の残りとトフェニの力が合わさり、融合して出来上がった『肆律』がエデンに届けられる、って訳よ。
エニルクス公認って事を、エニルクス因子の時点で証明してるからよ。…そして、エデンの元で惆悵芥蔕裁判が行われて、無事通れば成功よ。
―――でも、今のレミィのままでは間違いなく審査は通らないわ」
「…な、何でですかパチュリー様!?レミリアお嬢様は…」
「安心しなさい咲夜。"今のレミィのままでは"、って言ったはずよ。
…人には残照された記憶が残されているの。主にエデンは惆悵芥蔕裁判する際にその記憶を辿って判断するわ。
今のままの記憶だと反乱組織"紅魔館"の党首と言う事で間違いなく通らないわ。
―――だから、レミィの残照された記憶を―――"消す"のよ」
その瞬間、彼女たちの脳裏に閃光が迸った。
記憶を消す、つまり今までの思い出を消して今を得るというのだ。
「…そ、そんなの…」
「大丈夫よ、安心しなさい。…一度レミィを異世界に送って幻象にして、記憶を魂たちに隠してもらうのよ。
―――そして、最後はリヒト、貴方が幻象召喚でレミィを召喚するのよ」
「…わざと異世界に送るのか」
「…そうよ。異世界に送るくらい私の魔法で賄えるけど、問題は『エニルクス因子』よ…」
―――その時、彼は薄笑いを浮かべた。
初めて浮かべた笑みであった。感情を余り見せない彼が見せた笑みと共に、太刀を構え、そして言い放ったのだ。
「…行くしか無いんだろ?どうせ」
「…リヒト、行ってくれるのかしら…?」
「ああ。私が行こう」
彼はそう言うと、パチュリーと一緒に乗ったバイクに乗って行くため、ガレージへと向かった。
背を向け、寂寥を漂わす彼の後ろ姿にパチュリーは反応した。
「ど、何処へ行くのよ!?」
「…私が行ってみよう、摂理府本営に。どうせエニルクスはそこにしかいない」
◆◆◆
「…行ってしまわれましたね…リヒト様…」
「それよりも美鈴の行方は分かったの?パチェ?」
「…分からないわ。
…咲夜、妖精メイド何名かで妖精偵察隊を結成して、美鈴の手掛かりを捜すよう派遣しなさい。
…私は彼がもし捕まった時の場合に備えて魔法の準備をしておくわ。
…レミィの様子見はフラン、貴方に任せたわ」
「分かりました、パチュリー様」
「フラン、お姉さまのこと見ているよ!」
2人に役割を与え、彼女は魔法の精錬を始める。
多くの魔導書を手に、彼女は魔法を鍛えたが、やはり彼の事は気になっていた。
―――独り身である以上、安心とは言えないからだ。
「…無事を願うわ、リヒト…。…エニルクス因子を頼むわ…」
 




