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6章 白き輝きに絶望を抱きて

バイクはそのまま摂理府営高速道路7號線を直進した。

風を切って走るバイクは果てしなき道の彼方を目指し、ようやく終点が見えようとしていた。

―――とてつもなく大きな、白亜の神殿。

古代ギリシャ文明を思わせるような綺麗な神殿を目に、彼は睨みを効かせた。

―――そこに、レミリアが連れ去られたと考えたからだ。


「…あれが咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュラインよ…。外装は綺麗な神殿だけど、中は胎内トフェニ・クレイドルしか無い、空虚な建物に過ぎないわ。

それに、あの建物を目にすると大体の生き物は拒絶を覚えるわね。勿論、私も」

「…トフェニの聖櫃化ヴィルドガンズに於ける恐怖か?」

「…そうよ。私たちは聖櫃化ヴィルドガンズされたらもう聖匣アーティファクト…ゾンビになっちゃうのよ。でも今の私は怖くなんか何ともないわ。抗える場所まで抗って名誉の聖櫃化ヴィルドガンズを受けるなら、それはそれで嬉しいものよ」

「…そうなのか」


バイクはコンクリート上を、エンジンの音を響かせて疾走していく。

聖櫃化ヴィルドガンズされた者の怨念が籠った建物である咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュラインに自ら進んでいく2人は敢然としていた。

勇気、心の中の何処かにある感情はいざという時に限って湧くもので、彼もまた、果てしなき絶望に負けじとしていた。


◆◆◆


摂理府営高速道路7號線から下り、そのまま咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュライン6號式前にバイクを止めたパチュリーとリヒトは降り立った。

自分の背丈の何倍もある神殿の奥に、忌まわしきトフェニが存在すると思うと彼は悪寒がした。

しかし彼自身はその悪寒に打ち勝つ為、嫌でも進まざるを得なかった。


「…レミィ、待ってなさい!今助けに行くわ!」

「…ああ」


そして―――2人は神殿の中へと、姿を消した。


◆◆◆


神殿内は薄煤けたランプが広大な中を照らしているだけであり、外と比較すると暗闇に近かった。

レッドカーペットが敷かれ、神聖な雰囲気が漂う。巨大な通路の端に置かれている彫刻像の前を通り過ぎて、奥へ進んでいく。

どの彫刻もルネサンスの藝術を思わせ、古代に住む男女のトーガ姿が繊細に彫られていた。


「…この彫刻像は何だ」

「…これは聖蹟アステル・ギアよ。聖櫃化ヴィルドガンズされて聖匣アーティファクトになった人が死んだら死骸じゃなくてこうなってしまうのよ」

「…石像になるのか」

「簡単に言ってしまえば、そう言う事。でも聖蹟アステル・ギアにもまだトフェニの力が及ぶから、死後も操られるのよ」


確かによく見て見れば、1人1人の顔つきや様子、服装が異なっていた。

哀れ無残に聖櫃化ヴィルドガンズされた者の末路を目の中で描いて、彼は気分が悪くなった。

美しくとも、それは只の死骸に過ぎないからだ。

トフェニに一度目を付けられたら、このような残酷な運命は免れられない…と言うことも、彼は悟った。


「…聖蹟アステル・ギア…貴方たちもいつかなるのよ?」

「…その声…八雲紫…!」


パチュリーが暗闇の中の声の主に気づいた時、真っ暗な咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュライン内はぼんやりと明るくなり、レッドカーペット上に佇む1人の女性が彼の眼の中に映った。

右手でカードを何枚か携え、薄暗闇の中で半笑いを浮かべている彼女―――。


「…レミリアを助けに来るなんて最初から予想していたわ。

…どうだったかしら?ノーヴァンセラスとデオスカリバーの強さは?満足して頂けたかしら?」

「…満足はしていないわ。…めんどくさかったわ」

「―――私も貴方たちの対処がめんどくさいわ。どうして世界を受け入れず、元の世界に固執して生きようとするのよ?私には理解出来ないわ」

「…紫…貴方にも藍や橙と言った仲間がいたでしょ…。…忘れたのかしら、過去を…そして、思い出を…」

「過去は所詮、虚ろざる馬鹿げた皿に過ぎないわ。…時代は変遷していくものなのよ。

…藍や橙?…私はエニルクス10神の1人に選ばれたのよ、思い出は捨てたわ」


当たり前のように話す彼女に、パチュリーは瞋恚すら覚えた。

怒った。そして激怒した。仲間をいとも簡単に捨て、自らを優先した彼女にが信じられなかったのだ。

パチュリーにはレミリアや咲夜を捨てることは出来ない。だが紫は捨てたというのだ。


「…貴方ね…!」

「…貴方はそう言う立場になった事が無いから理解出来ないはずよ。

―――自らの意見を他人に正論のように押し付けるのは嫌いだわ」

「…私は正論だと思う」


ここで口を開いたのはリヒトであった。

パチュリーの言葉に何も疑問すら浮かばなかった彼は紫に反論を述べた。


「…私に過去は無い。…だからこそ分かる。過去は今までの思い出が積み重なって出来上がった物だ。

―――塵が積もって、最終的には山となる。歴史の重なりが山となる。

―――そんな山は簡単には崩せない。でもお前はダイナマイトか何かで瞬間的に破壊した。

…直すのには再び、同じ時間を掛けなければいけないのに」

「…否定?過去の無い貴方がどうしてそんな事を言えるのかしら?」

「―――貴方が間違ったことをしてるからよ!紫!レミィを返しなさい!」


すると彼女はそんな必死なパチュリーを馬鹿にするが如く、嘲笑した。

彼女のレミリアへの想いを嘲笑い、そして無駄だと感じたのだ。


「…返す?…お断りよ。…今はニスト・ペグダム様の元に送ったわ。

…彼女の泣き顔が目に浮かぶわ」

「―――紫…貴方をここで倒すわ!レミィは、私たちが助けるからよ!」


◆◆◆


「―――スペルカード!廃線、ぶらり廃駅下車の旅!」


彼女はカードを薄暗闇の中で掲げて宣言すると、巨大な空間の歪みがそこに出来上がった。

中に映し出されたのは混沌カオス…パチュリーが言った、聖櫃化ヴィルドガンズされた者達の魂が行くような世界のイメージと一致したのだ。

そして歪みの中から見える一筋の閃光―――。


「これは…電車よ!リヒト、避けて!」

「…幻象シグマを舐めるな…!…幻象召喚シグマバース!―――『イルシス・ワンダー』!」


その瞬間、目の前に現れた巨大な城のような機械が2人を守るが如く立ち塞がったのだ。

歪みの中から猛スピードで走ってきた電車はイルシス・ワンダーの巨体と相殺し、そのまま爆発した。

薄暗闇の中で瞬間的に灯った炎と共に消えたイルシス・ワンダーによって助かった2人は紫に反撃を試みた。


「紫!これでも食らいなさい!…スペルカード!水符、プリンセスウンディネ!」


パチュリーも負けじと爆発の煙が立ち昇る中、カードを掲げて宣言し、巨大な水流を呼びよせた。

空中を舞う濁流はそのまま眼下の紫に向かって流れていくが、彼女は薄笑いを浮かべ、再びカードを掲げた。


「…学習しなさい?魔法使いさん…スペルカード!境界、永夜四重結界!」


迫り行く濁流に結界を張り、彼女はそのまま受け流していく。

嘲笑の表情は変わらず、2人を蔑んで見ていた彼女に彼は憤怒を覚えた。

侮辱された。そう心の中で思った彼は太刀を掲げ、再び召喚を試みた。


「調子乗るなよ…!…幻象召喚シグマバース!―――『オーディン』!」


その時、靄が掛かると同時に中から現れた、白馬の上の騎士は彼の意思を読み取ったのか、結界を張って濁流を防ぐ紫に剣の一閃をお見舞いする。


「…我が剣を食らうがいい!」


煌きを纏った剣の一閃は結界に罅を瞬間的に入れたと同時に…彼女の前の結界は崩壊した。

ガラスが割れたような音が咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュライン内で響き渡り、木霊する。

刹那、紫は目の前の濁流に飲みこまれてしまった。


「うぐっ!?うっ…ぐっ…!」


溺れた様子を見せる彼女にとどめを刺す為にパチュリーは睨みながらカードを掲げた。

魔法使いであるパチュリーのカードはやたら多いと言う事を彼は悟った。


「エニルクス10神になれたからって調子に乗るからよ…紫!

―――スペルカード!金符、シルバードラゴン!」


パチュリーの真上に作り上げられた白い靄はやがて巨大な龍の形へと形成され、紅き眼で紫を睨みつけた。

そして大きな羽ばたきと共に濁流で不自由な彼女に突撃をかけた。


「おしまいよ!紫!」

「ぐっ…うっ…!…そうはさせない…!」


迫りくるシルバードラゴンに彼女は懐から紅き爆弾を取り出した。

そして濁流の上で点火させたと同時に真上へ投げ放ったのだ。


「ダイナマイト!?」

「…ここの咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュラインと共に貴方たちを破壊するわ!

…安心しなさい、ニスト・ペグダム様は死なないわ。だって…不死の存在だもの!

―――私は境界の力を使って逃げるけど、精々頑張りなさい!」


それだけ言い残すと彼女は他にもダイナマイトを一気に放出し、やりたいだけやった後は自身の瞬間移動の力でそのままレッドカーペット上から姿を消したのであった。

ダイナマイトは一気に誘爆して連鎖し、大爆発となって神殿を倒壊させる。

白亜の柱や聖蹟アステル・ギアは哀れにも崩れて行き、2人の佇む地面も大地震のような揺れが襲う。


「…チッ、最後に置き土産を残したわね…!」

「…酷い奴だな」


その時、上から崩壊して落ちてきた神殿の瓦礫が2人の間にどんどん積もっていったのだ。

周りの瓦礫も積もっていき、最早咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュラインとしての機能は失いつつあった。


「…り、リヒトッ!」

「今は共に行動することを瓦礫が阻むようだ!後で再会しよう、無事で!」

「わ、分かったわ!」


そう言い交わした時は既に相手の顔は見えなくなっていた。

彼の視界は一気に狭くなり、暗闇に収監されたのだ。

彼は必死に手探りし、とにかくレミリアの救出を第一優先として胎内トフェニ・クレイドルを目指した。瓦礫と瓦礫同士の僅かな隙間を見つけ、彼は進んでいった。

レッドカーペットは見る形もなく、目の前に立ち塞がる障害物を搔い潜って、無我夢中で奥へと進んでいった。


◆◆◆


瓦礫を潜り、巨大な光が視界に映った彼はその方向に向かって必死に抜けた。

瓦礫の中から巨大な空間に姿を現した彼は、その荘厳なる世界トフェニ・クレイドルを見渡した。

黄金と白金を充分に使った彫刻に幻想的なステンドグラス…そして目の前に存在する湖の中から姿を現す機械の神…。

顔だちを持った、巨大な龍のトフェニは二つの機械の手を持っており、それは常にドリルのように回転していた。


―――そして、そのトフェニの前に彼が捜していた少女―――レミリアが倒れていたのだ。

気を失ったのか、彼女は全く動かない。しかし、よく見て見れば足が僅かに揺れを見せていた。


「…ミレ・トフェニ=ニスト・ペグダム…」


彼はそう静かに胎内トフェニ・クレイドルで木霊させると、ニスト・ペグダムはそんな彼の存在に気づいた。

湖の中から姿を現す機械龍は眼下のリヒトに対し、静かに問い正した。


「…貴様が彼女を助けに来た愚か者か」

「…そうだ。私が彼女を助けに来た」


レミリアの元に近寄って様子を確認しようとした彼は彼女の元へ近づくも、それを阻止したのは紛れも無い、ニスト・ペグダムであった。

常に回転している手を壁代わりにして、地面に突き刺し、彼を妨害する。


「…邪魔するんだな」

「…所詮、人間に何が出来る?…我々を拒み、抗いを見せるのなら、せめてこの世界の為に生きる糧を産め。貴様らはそれすら出来ないのか」

「…私はお前如きに指図される筋合いは存在しない!」

「貴様らは飼われているのだッ!そうッ、我々トフェニの家畜に過ぎないのだッ!」


煌めく黄金を背景に、ニスト・ペグダムは炎を煮えたぎらせ、眼下のリヒトを見据えた。

しかしリヒトは自分よりも5倍は大きいトフェニに対し屈しせず、太刀を構えた。


「…家畜に信じる神はいないッ!」

「…何処までも小賢しい…!我々を拒み、抗いを続けるのならば、世界の果てで朽ちて消えよ!」

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