5章 デオスカリバーの靉靆
パチュリーはそのまま紅魔館へ戻り、中に内接してあるガレージに訪れた。
そこには何台かの黒塗りのバイクが淋しそうに佇んでいた。
彼は1台のバイクを整備し、鍵を掛けてエンジン音を響かせるパチュリーを見据えた。
「今まではバイクなんて無かったけど…トフェニが現れてから作られるようになったのよ」
「…科学の文明が無理やり作られたのか」
「そうね。今までこの世界は魔法が主流だったもの。私たちは急な科学の発展にも抗ってるのよ」
「…そういや私はエデンの惆悵芥蔕裁判を通り抜けたのか」
「貴方は多分、まだよ。向こうも貴方の存在に戸惑ってるはずだわ。
…要するに、今の貴方は無敵よ。だって聖櫃化されないもの」
◆◆◆
パチュリーの後ろに座って、流れる風に身を靡かせる彼は遠い景色を望んだ。
遥かなる蒼き地平線が視界に映る。今までは木が生い茂っていたであろう大地は荒廃し、寂寥感を伴った。
淋しさは何時までもそこに存在していた。
「…分かるでしょ。…この枯れた大地を」
「…泣いている…」
「え?」
「…大地が…泣いている…」
静閑の中に吹く風はうっすらと泣き声にも聞こえた。
彼はその音を世界の悲しみの声と捉えたのだ。彼は心が苦しくなった。
これこそが―――世界の受け入れた秩序だと言うのか。…違う、こんな秩序は残酷な輪廻に過ぎない。
世界を犠牲にして得た、たった一時の娯楽だ。
「泣いてるわ。…私だって分かるわ」
「望まぬ改造を受け、世界は絶望に浸されている…」
◆◆◆
「…この世界は開拓され、新たに道が作られたのよ。…それが摂理府営高速道路」
バイクはそのままコンクリート街の道に乗り上げ、そのままスピードを上げて疾走した。
ジャンクション的な場所では厳しい曲がり角でバイクを傾け、そのまま走っていく。
高架上を彼らは猛スピードで走っていたのだ。
「…ほら、さっき、『8体は正八角形状の頂点となる場所に存在してる』って言ったでしょ?その正八角形の対角線となるように作られたのがこの道路よ。ここは…7號線ね」
高速道路上から見ゆる景色は何も変わらず、只一面荒れ果てていた。
―――それだけであった。唯一見えたのは、今さっきまでいた紅魔館だけであった。
しかも結界が張られた紅魔館内だけ、世界は生きていた。
「…摂理府営高速道路…」
「奴らが無理やり作った道路よ。幻想郷の近代化の促進、とか訳分からない事をほざいてね」
摂理府は何を企んでいるのであろうか。
彼には理解出来なかった。元々平和であろう世界の秩序を手に入れ、征服した気でいるエデン中心のトフェニ政権の意味が分からなかった。
何が目的で、この世界を支配下に置くのか。悲劇しか生まぬ事象を、何故行うか。
「…思ったんだが、私は召喚をしているが…自分が思ってもいないことを言っているんだ」
「…え?どういう意味?」
「言わされてる、って言うか…」
「それは幻象…言わば召喚獣の方からの接触かも知れないわね」
「…私は幻象召喚なんて言葉は知らない…。…やっぱり向こうからの干渉なのか」
「…貴方、幻象について知ってるかしら?」
パチュリーの問いに彼は考えたが、全く分からなかった。
今まで呼び出した召喚獣―――"ヘリオスフィア"と"ファルシオン"について彼は知らない。
戦闘になった時、いつの間にか口走って叫んだ言葉だった。彼にそれらの単語に思い入れは無い。
「…分からない」
「…そうね。じゃあ教えてあげるわ。
『幻象』って言うのは簡単に言えば魂よ。惆悵芥蔕裁判を通り抜けて聖櫃化された者の魂は異世界に送られるの。
異世界はこの世界のような秩序なんて存在しないわ。混沌に溢れた世界よ。
そこで魂同士が形成され、組織となったのが『幻象』。
そして貴方は組織を召喚する―――それを『幻象召喚』って言うのよ」
「…幻象にも意思がある、って訳か」
「彼らは胎内でトフェニに聖櫃化された哀れな者達よ。トフェニに対して遥かなる恨みを抱いているわ。
…今の私たちと幻象の思いが一致したこと。これが原因ね。
―――でも組織によって大きさは異なるわ。貴方はまだアマチュアだから召喚出来るのは小さめの組織よ」
幻象は聖匣の魂の集合体であり、リヒトの行う行動こそが摂理府への抗いの為に利害関係が一致しているのだ。
―――だが、何故彼しか出来ないのであろうか。
「…パチュリーは出来ないのか」
「私?私には出来ないわ。貴方の能力よ」
「…そうか」
「まずは召喚出来る幻象とお話位はしといた方がいいんじゃないかしら?」
「そんな事してる暇があるなんて―――自由だな」
パチュリーは疾走していたバイクに急ブレーキを掛けると、目の前にヘリコプターが着地し、中から甲冑を着た男が降り立った。
高速で回るプロペラの風圧が2人を靡かせる。しかし男は微動だにせず、2人の前で大剣を構えた。
「またOBEYの枢機卿…?執拗ね…!」
「…ふざけやがって、まだ抗いを続けるのか。エデンの惆悵芥蔕裁判を通り抜けても尚、聖櫃化を恐れずに戦っていることは称賛に値するがな…。
…咒式降誕炉の中のトフェニさんもお怒りだぞ」
「…敵か」
彼はバイクから降り立ち、太刀を構えて先を睨んだ。
刀身は太陽の輝きを反射し、煌いている。
「…八雲紫様もお前らの抗いには呆れ果てていたぞ。何処までこちらを失望させる気だ」
「…エニルクス10神…あんな奴に呆れ果てられようが私たちの進む道には何も関係無いわ!」
「…酷い話だな。…個々のトフェニの聖櫃化に於ける暴走をエデンの惆悵芥蔕裁判で防ぎ、エデンは聖櫃化出来ない代わりに保護を行う、と言う秩序安寧の為の輪廻が出来上がっているのに、何を今更文句を?」
「…エデンは聖櫃化を行えないのか!?」
「…説明不足だったわね。エデンはゼア・トフェニ=アダムとミレ・トフェニ=イヴを親としたトフェニ。
簡単に言えば人工トフェニよ。奴は聖櫃化こそは出来ないが世界の中心で管理してる訳よ」
「―――そんな無知を連れていたとはな!滑稽だ!フハハハ!」
男は甲冑の中から高笑いを見せたが、リヒトはどうもいい気分では無かった。
彼に対しての憎しみが込みあがる。トフェニ政権を"当たり前"だと叫び、聖櫃化の下に出来あがった虚偽の平和など、彼にとっては小賢しい悪そのものであった。
「…悪いが私はエデンの惆悵芥蔕裁判を受けてない。私は思うがままにいる、今はお前を倒す」
「ほう…面白い!出来るならやってみるがいい!」
「行くわよ!リヒト!今の私たちは早くレミィを助けることなのよ!」
パチュリーもバイクから降り、何枚かのカードを右手で挟んで持つ。
そんな2人に対し、余裕を吐く甲冑の彼は大剣を右手で簡単に扱う。
「…今さっき、ノーヴァンセラスの撤退通知が来た。…お前らが撃退したんだろう。
…まあアイツは主に任務管理責任が担当だから戦闘は余り向いていなんだがな…。
…代わりに私が相手しよう。
―――私の名はアロン・グレッダ=デオスカリバー…。
…OBEY聖匣派遣管理責任枢機卿だ!」
◆◆◆
デオスカリバーは早速大剣を振り回して攻撃するが、リヒトは太刀で受け止めた。
高速道路上で金属同士の摩擦音が響き渡る。
「…太刀で大剣を防ぐとは…なかなかやるな」
「真横からではすぐに折れるけど正面からでは折れないからな」
力押しの合戦が始まり、お互いは苦痛に強いられていたが、ここで彼女が援勢として加わった。
一枚のカードを掲げ、声高らかに宣言する。
「スペルカード!火符、アグニシャイン!」
作り出された炎はそのまま敵であるデオスカリバーの元へ向かうが、彼自身は甲冑を着て全身を守っていたため、目立ったダメージは存在しなかった。
しかし金属で出来た甲冑に炎の熱さが伝導し、彼は熱さに苦しめられた。
「熱い!…クッ…貴様…!」
一旦リヒトから離れて態勢の調整を図る枢機卿に対し、彼は見逃さなかった。
太刀を天に掲げ、声高らかに宣言する。
「…幻象召喚!―――『フィア・デス』!」
その時、高速道路上に霧がかかり、現れたのは真っ白な地肌の白龍であった。
神々しき鱗が白龍の身体を守っており、龍は眼下のデオスカリバーを紅い眼で見下していた。
そして大きな咆哮を上げると、空が急激な勢いで曇りだし、一気に雹の雨を落としたのだ。
「チッ…いてっ…うっ…貴様ァ…!」
「止めだ!パチュリー!」
「分かったわ!…スペルカード!日符、ロイヤルフレア!」
フィア・デスの雹攻撃に戸惑いを見せた彼へ放った業火はそのまま高速道路一帯を焼き尽くした。
デオスカリバーは着ていたものが甲冑であったが為に熱さで滅茶苦茶であった。
「熱いッ!」
そのまま彼は訳も分からないまま…気を失って倒れたのであった。
◆◆◆
「…やったわね。…貴方の幻象召喚には本当に感謝させられるわ」
「…そうか」
彼自身が召喚したフィア・デスはいつの間にか姿を消しており、そこに流れたのは寂寥であった。
涼しい風が吹く。彼は流れに身を任せ、遠い地平線を眺めていた。
「…さっき言っていた『エニルクス10神』って何だ?」
「…エニルクスの説明はしたでしょ?トフェニから使命を授かった者達の事よ。
…で、トフェニは1体につき1人しかエニルクスを作り出せないの。…それで、選ばれたのが10神って訳。
…貴方に言っておくと…。
『霊烏路空』『永江衣玖』『コンガラ』『封獣ぬえ』がゼア系譜エニルクス。
『八雲紫』『稀神サグメ』『アリス・マーガトロイド』『稗田阿求』がミレ系譜エニルクスね。
そしてアダムのエニルクスが『明羅』、イヴのエニルクスが『東風谷早苗』よ。
2人がエニルクス10神のトップ的な存在よ。因みにオズマ・トフェニ=エデンは人工だからエニルクスは作れないのよ」
「…知らない人たちばかりだ」
「…そりゃあね。…まあ、知って置くには損は無いわ」
◆◆◆
「デオスカリバー様からの通信が途切れました枢機卿殿!…これは一体…」
「チッ…我々が本格的な弾圧に入ろうとした時に限って助っ人が増えたようだな…。明羅様と早苗様が浮かない顔でいらっしゃる。我々は早期解決をしなければならないな…」
「…行けよ、ガイオステンペスト」
そう甲冑の中から適当な発言を述べた枢機卿は椅子に座って、幾つものモニターを見ていた。
ここは彼らが居座る拠点…OBEY本営である。大きなビル構えをしており、彼らは紅魔館と言う反政府団体の存在について頭を悩ませていた。
「…すげえ適当な発言だな、ホワイトボルト」
「何を今更。ホワイトボルトは人任せがお好きだからな」
「そりゃあな。私だって仕事はある、俺は人任せが好きだ」
「零刻次元監視担当の貴方が何をおっしゃってるんですかね…」
「何処かで零刻次元症状が起きてるかもしれないだろ、ジェノサイス」
「―――やっぱり枢機卿は大変なんですね、ガイオステンペストさん、ホワイトボルトさん、ジェノサイスさん」
◆◆◆
「…幻象召喚!―――『ヘリオスフィア』!『フィア・デス』!『ファルシオン』!『イルシス・ワンダー』!『オーディン』!」
召喚獣の意見を聞くことにした彼は述べようと思ったが出てこなかった名前をすらすらと読み上げ、幻象召喚を行った。
召喚された幻象で唯一話せるのは白髪の爺であるファルシオンと騎士であるオーディンであった。
「…お前が召喚主のリヒト…じゃな?」
「…そうだ」
「我々の意思を感知することの出来る者は滅多にいない。お主みたいな存在は本当に助かる」
「…そうなのか」
「そうね。私たちは誰一人行う事が出来ないもの。貴方の能力は凄いわ」
パチュリーに褒められた彼はいい気がしたような、していないような狭間の気分であった。
オーディンにも褒められた彼は持っていた太刀の先を只見つめていた。
「…我々は所詮、トフェニに作り出された抜け殻に過ぎん。
…今のお前の力では我々しか召喚出来ないが、更なる高みを望めばとてつもない力も得られるぞ」
「…他にも幻象はいるのか」
「そりゃあな。…とんでもなく大きな龍や不死鳥が異世界にはいる」
語られた言葉に興味を抱いた彼は少しだけ笑うと、「ありがとな」と残して彼らに別れを告げた。
どうやら向こうも乗り気であったのだ。トフェニに対しての恨みはどの幻象も一緒であった。
後は自分の能力次第である。
「…じゃあ、早く行きましょう!レミィを助けに!」
「―――そうだな」
2人はそのままバイクに跨り、遥かなる水平線を目指して疾走した。




