23章 バハムートの幻象召喚
―――エデンの惆悵芥蔕裁判で全てが定まる世界。
…聖櫃化された聖匣達が聖蹟になるまで働かせられる、残酷な"平和"。
トフェニによって異次元世界に飛ばされることもあり、幻象や零刻次元症状による零刻次元体になる可能性もある世界。
…幾つもの恐怖や困難が聳え立つ現実社会に於いて、2人はバイクを走らせていた。
空では対象の飛行機エンジン音が響き渡る。その先を行く弧を見据えては、バイクを切らす。
途切れ途切れに描かれた白線は、バイク上だと繋がって見える。寂寥を貫く黒は高速道路上を高速で駆け抜ける。
「…あ、あれよ!」
バイクの後ろに座っていた彼女は天を仰ぐ銀色の翼を発見する。
それはさっきまで衣玖の後ろで御座していた飛行機に違いなかったのだ。
「あれか…。…アクセル全開!…レミリアは掴まっておけ」
「…うん」
彼の背中にしっかりと掴まった彼女を確認し、彼はバイクの速度を上げた。
高速道路上で更に速度を上げたバイクは風を突き抜け、爽快に走り行く。
しかし―――彼はいきなりブレーキを掛けたのだ。彼の背中にしっかりと掴まっていた彼女は何とかなったものの、反動を受けてしまう。
彼はすぐに彼女の方へ振り返り、心配を掛ける。
「大丈夫か!?」
「ええ…。…でも、何があったの?」
すると彼は戦慄を見たかのような声を上げて、彼女の問いに答えた。
怯えも恐怖も、感情輸入が苦手な彼の心に生まれる位の出来事―――。
「前を…見ろ」
彼女は彼の前にいる存在を―――視界に映した。
そこにあった、黒塗りの巨大な剛翼…炎を煮えたぎらせる眼…全てを逆立たせる逆鱗―――。
「…あれは…幻象…!?」
「ぐぎゃああああああああああああおおおおおおおおおおおおおお!!!」
とてつもない咆哮を上げ、2人は反射的に耳を両手で塞ぐ。
それは怒りや憎しみでは無い―――"暴走"であった。
「…バハムート…伝説上の生き物、よ…」
「バハムート…」
2人は狼狽えざるを得なかった。彼ら自身の恐怖が渦巻いているのは事実であった。
目の前に存在する、最強とまで謳われる幻象―――。
「…行こう」
「…え?」
「―――奴を倒す。どうせこのままでは無視しても追いかけられるだけだ」
「…それもそうね!」
2人はバイクから降り立ち、高速道路上で翼を靡かせる巨竜を見据えた。
レミリアは右手にスペルカードを、リヒトは太刀を携えて―――どんな強大な存在にも、決して恐れず。
…何故ならば、2人は既に2台ものトフェニを倒しているのだから。
―――恐れるな、前を進め。
「ぐぎゃああああああああああああおおおおおおおおおおおおおおう!!!」
◆◆◆
漆黒の大翼を広げる幻象は眼下にいる2人に向かって灼熱のブレスを噴く。
マグマのような熱さを誇る高温ブレスを前に、2人は躱して高速道路の縁に上る。
レミリアはそんなバハムートに対し、スペルカードを構えて宣言する。
「―――スペルカード!…神槍、スピア・ザ・グングニル!」
放たれた紅い槍はバハムートに刺さるものの、巨竜は痛がる様子を見せないのだ。
そのまま身体を震わすと、刺さった槍は抜けてしまう。
硬い逆鱗を前に、彼女はその耐久性を恐れた。
「…流石ね、伝説の幻象と聞いただけあるわ…。…でも…どうして急に…!?」
「ぐぎゃああああああああああああおおおおおおおおおおおおおおう!!!」
巨竜は最早、応答に応じる気は無かった。
幾本もの巨大な大剣とも捉えられる鉤爪の一撃を何とか躱すものの、コンクリート製の高速道路の縁は一気に崩れてしまう。
さっきまでいた足場がアイスの溶けるように落ちていったのだ。
「お前の相手は―――こっちだ!」
反対側の縁から太刀で逆鱗を引き裂くために斬りかかった彼。
しかしバハムートはそんな彼にカウンターとして灼熱を溜め、…そして一気に噴き出した。
至近距離で迫る彼に襲い掛かる、巨大な業火。
それを察知した彼女はすぐさま彼の元へ向かう。
「危ないわよッ!」
彼を空中で押し倒し、何とか炎を回避させる。
彼女の下で倒れる彼はそんなレミリアにお礼を述べた。純粋な気持ちを抱いた彼女は優しい笑みを浮かべて。
「…助かった」
「…いざという時はお互い様、でしょ?」
「ぐぎゃああああああああああああおおおおおおおおおおおおおおう!!!」
そんな2人の会話を貫く、巨大な咆哮。
雄叫びを上げたバハムートはそんな2人に青白いエネルギーを充填させる。
悍ましきエネルギーがバハムートの口に集まり、それらが煮えたぎる灼熱と組み合わさって波導を放つ。
「…何か、ヤバいのが来るわよ…!」
「―――バハムートの本気の一撃だ!」
2人はそんなバハムートの攻撃の凄まじさを察知し、すぐさまその場を離れる。
エネルギー充填で自由に身体を動かせなかったバハムートはそのままエネルギーを解き放ち、高速道路上は地獄の海と化した。
さっきまでバイクで通ってきた道が一瞬で炎の山となっていた―――恐怖の光景。
その情景を背に、彼は反動で動けなくなっていたバハムートに太刀先から斬りかかった。
逆鱗が裂ける。中から靄が溢れだし、一気に彼は…貫いた。
「ぐぎゃああああああああああああおおおおおおおおおおおおおおう!!!」
とてつもない咆哮を上げ、巨竜は高速道路上に沈んだのだ。
恐ろしいエネルギーを持ちし幻象は、たった今、倒れたのだ。
◆◆◆
「あ、危なかったわね…」
「…そうだな。…さっきの攻撃をもろに受けていたら、命は無かっただろう」
そう安堵していた2人の前で、彼は付けた傷を回復した完全体としてバハムートは甦ったのだ。
まさかの事態に2人は驚くものの、バハムートは重厚感を持つ声で喋り始める。
漆黒の闇を示唆する大翼をゆっくりと、靡かせて―――。
「…成る程。…これが世界を救う英雄たちの力か」
「しゃ、喋った!?」
レミリアは驚いた様子を見せるが、バハムートはさっきまで持っていた強面な表情を柔和させ、話しかける。
「…私は喋る。…だが、私は滅多に喋らない。…常に暴走していて、自我が保てないからな。
…この"自我"が保てる時だけ話せるのだ。…だから普段は喋れんぞ」
「フーン…」
レミリアは目の前の強大な存在が親しい話し方をすることに、多少疑問を抱いていた。
「…お前たちの力をとくと見届けた。…これからは私らの力をそなたらに授けるとしよう。
―――主に『銀河廊マザーホルス』…『リヴァイアサン』…『アポカリプス』…『ドグマ』…『アマテラス』…そして、この私『バハムート』だ。
―――幻象召喚で何時でもその名を叫べば駆けつけよう。…では、達者でな」
するとバハムートは消え、靄に回帰したのだ。
さっきまで高速道路上で繰り広げた戦いが嘘のように感じてしまうのも、また事実であった。
「…バハムートたちが力を貸してくれるのか、助かるな」
彼はそんな幻象たちの心受けに、感謝を示した。
しかし、仲間は連れ去られた状態は依然としてまだであった。レミリアは焦りを伴って、彼に話した。
「でも、咲夜たちが!」
「―――エデンだ。…一先ずは摂理府本営に向かうしか無い。…もう飛行機は見失った」
「…分かったわ。行きましょう」
2人はすぐにバイクを発車させ、水平線の向こうへと駆ける。
―――攫われた仲間を救うため、新たに仲間になった幻象たちと共に。




