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14章 形而上学に於ける零刻次元症状のニヒリズム

彼は視界に映った物を見ては、思わず声を上げた。

汚泥のような何かの塊。それは無機質物なんかではなく、幾つもの"何か"が混ざりあって生まれた、異形の存在―――。

見た者は誰もが畏怖を抱くであろうその"物体"―――。


「…零刻次元症状アサライズ・ディメンションされた零刻次元体エヴィル・グレッダの末路よ…」


そう彼の脳裏の問いを答えたのはレミリアであった。

彼女もまた、その物体を見ては少し驚きを見せたものの、カリスマを保つためか何か、彼女は健常を自ら保っていた。

しかし、その物体は個々がうねうねと動いており、やはり気持ち悪いのは尚であった。


「…零刻次元症状アサライズ・ディメンション?」

「そうよ。―――トフェニが行う聖櫃化ヴィルドガンズの際に何らかのエラーが起こって、異次元へ飛ばされてしまうのよ。…要するに零刻次元体エヴィル・グレッダ幻象シグマとほぼ同じよ」

「…見た目が違うだけなのか」


そう彼が聞き返すと、彼女は重たい表情を示しては頷いた。

彼女は今、目の前に存在する"何か"の正体を知っているようであった。


「それもそうね。…でも出来方が違うってのもあるわ。

―――幻象シグマは正しく出来た子供だけど、零刻次元体エヴィル・グレッダは一種の奇形児、ね」

「…何でそんなに悲しそうなんだ」

「…リヒト、世の中には受け入れがたい現象があるの」


彼は分からなかった。

目の前で、ただ動いている変な塊について悲しそな表情を見せるのか。


「…これは―――どこからどうみても、私たちの仲間―――妖精メイドの零刻次元体エヴィル・グレッダよ…」


◆◆◆


その真実を知った彼らは図書館から出て、リグルの崩れた家に戻る。

穴から出た、光あふれる世界に眩しそうにするが、零刻次元体エヴィル・グレッダの真実は悲しかったのは事実だ。

いつ紅魔館から出たのか、しかも1人では無い―――何人もがくっつき合って、呻き声を上げていた―――。


「…あの機械から助けてくれて、ありがとうございます」

「いえいえ。リグル、貴方の家を壊した私たちが寧ろ謝る方なのよ」

「でもあのまま私…殺されてたのかもしれないですし…何せ、お2人を助けたことに後悔は1つもしてませんから」


彼女は笑顔で、そう受け答えたのだ。

何処か申し訳ない感情を抱いた彼であったが、何も言う事は出来なかった。


「…ところで、お2人さんはこれからどちらへ?」

「―――そうね、紅魔館まで歩いて帰ったほうがいいのかも知れないわね。―――パチェには大目玉食らうと思うけど」

「なら…私の"アレ"も貸しますよ」


◆◆◆


リグルが管理していたのは―――もう1つの家屋。

そこの中に案内された2人の視界に映った、黒塗りのバイク―――そう、2人に提供してくれるのだ。


「…これ、使って下さい」

「リグル…貴方のものを、私たちが使ってもいいのかしら…」

「どうせ私は乗りませんし、寧ろ世界を救う勇者様ご一行に乗って頂けたら、このバイクも満足するでしょうしね」

「―――本当にいいのか」


彼は分からなかった。

彼女の抱く気持ち―――自分たちを信じてくれる優しさが、分からなかった。

彼にとってそれは嬉しいものだが、どうしてここまで親切にしてくれるのか。

家も破壊した原因となった自分へのプレゼント…考えられなかったのだ。


「逆に何で駄目なんですか?」

「…え?」

「―――私はお2人さんを信じてるんですよ。多少の犠牲は伴うかもしれません…が。

元あった世界で、私もみすちーやチルノちゃんと遊びたいですし。平和な世界が私の…一番の希望です」


◆◆◆


妖精メイドと思わしき零刻次元体エヴィル・グレッダは簡単に埋葬した。

それから彼らはリヒト運転のもと、ミレ・トフェニ=イジスガンダーのいる咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュライン…咒番5號炉へ赴くことにした。

やっぱり怒られたく無かった、と言うのも1つの原因なのであろうか、だが美鈴の居場所を聞き出す―――本来の目的とは変わっていない。少し寄り道をしただけだ。


「(同位遺伝デュプリゲート…)」


彼が運転する後ろで座っていたレミリアは彼が読み上げた本の一つの事象について、思い悩んでいた。

自身がエニルクスになれば、彼のような力を得られるのかも知れない。

世界を救うのに、この力だけでは―――不便であった。

いつか彼の足手まといになってしまうのかもしれない―――そんな恐怖も、また存在した。


バイクは摂理府営高速道路では無く、下の更地を走行していた。

何もない世界をただ、空しく走行していた。


「…ねえ、リヒト」

「―――何だ」

「…もし私が聖櫃化ヴィルドガンズされそうだったら、一体どうする?」

「―――何だ、私に同位遺伝デュプリゲートを求めるのか」

「いや~、ただ聞いてみただけ。どうなのかなぁ~って」


彼女は上の空を向いて言ったが、彼は静かに呟いた。

その声が貫かれる空気の音の中、彼女の耳の中に、鮮明に―――。


「…お前が聖匣アーティファクトになるくらいならば、私は恥を捨てる」


そんな答えに、彼女は頬を仄かに赤く灯した。

静かな気持ちを胸に、見ていて安心する彼の後ろ姿を眼に映して。


「な、何よ、そう言う時だけカッコつけちゃって」


彼女は思っていたことと真逆の事をつい、口走ってしまった。

彼女の心は温かく、彼に思いをぶつけた―――そう彼女は思っていた。

たった2人きりの世界―――何も見えぬ更地の中、バイクは疾走する。


「…私は感情輸入が苦手だ。…思ったことを言っただけに過ぎない」

「…意地悪」


彼女はそう呟くと―――彼に気づかれないように、うっすらと笑顔を浮かべた。

そして仄暖かな彼の背中―――人工魔導士であるのにも関わらず暖かい彼の背に、彼女は頬ずりをした。


◆◆◆


静かな宮殿。

白亜の建造物を前に、彼は苦しい顔を見せた。

ここが激闘の舞台となる場所―――咒式降誕炉ラ・ヴァース・シュラインの前にバイクを止め、2人は降り立った。


厳かな神殿の中へと足を踏み入れた2人。

曾てミレ・トフェニ=ニスト・ペグダムと戦った彼は中の構造を知っていたが、彼女は初めての決戦に多少恐怖を抱いていた。

やはりトフェニは常人である自分たちとは程遠い存在であった。


「…リヒト」

「―――今度は何だ」

「…人がトフェニに勝てると思う?」


怖かった。自分が言い出した事なのに、何か身勝手だと自分でも思っていた。

だけれども…彼に聞くことが、唯一の安堵に繋がる―――そう考えていた。


「…トフェニが例えどんなに強大な存在であろうとも、お前は仲間の笑顔を見たくないのか」

「…」


薄暗い中に敷かれたレッドカーペット。

そこの上を淡々と歩く2人はイジスガンダーの御座―――胎内トフェニ・クレイドルを目指す。

彼女はそう彼に言われた時―――脳裏にあの頃の思い出を描いた。


綺麗な情景―――美しき幻想。

咲夜たちと共にピクニックに出かけたりした―――あの日の思い出。

妖精が空を舞い、太陽が暖かな光を満遍なく幻想郷に照らす。

太陽の明かりが苦手な彼女は常に咲夜と一緒にいた。

外で一緒に―――暖かな陽の光を受けながら、咲夜お手製のお弁当を食べたこと―――。


―――500年生きた、吸血鬼のお話。

幻想も、過去も、今となっては古き遺産に過ぎなかった。

彼女は長い年月を生きてきた―――が、急に出現したトフェニがそれらを全て…"ぶち壊した"。


郷は一気に冷たくなった。冷酷な表情を浮かべた。

押し寄せる近代化の波。局地的な近代化は、世界を荒廃に導いた。

作られた摂理府営高速道路。あれも、里の住民―――妖怪や妖精、人間や鬼が無理やり働かせられて作られた、汗と涙が滲んだ結晶―――。

エニルクスに選ばれた者は、今までの暖かな"思い出"を捨て、代わりに"力"を得た。

そして多くの生物たちを犠牲にして生まれかわった幻想郷―――死の世界で、彼女は…涙腺を描いた。


笑顔が消えた。

幸せがトフェニに奪われた世界で、何を見出そうとしても見出せなかった。

希望なんて、脳には幾らでも浮かべられたものの…実現させることは出来なかった。


トフェニ―――全ての元凶に、彼女は胸が窮屈になった。


「…見たいわ。…みんなの笑顔が」

「―――なら戦え。武器を持ち、如何なる存在でも構えろ。…それがトフェニであっても、だ」


2人の歩むレッドカーペットの終焉が見え、神々しい空間が視界に映る。

彼も、また彼女も、"希望"を持っていた。

次回、最初の本気トフェニ戦です


(初期ニスト・ペグダムはオーバーヒートで"撃退")

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