13章 古代の叡智に刻まれたもの
煤けた本が織りなしていた道の先にあったもの…それは荒らされた家の壁に空いた"穴"であった。
崩れたインテリアの中に空いた防空壕みたいな横穴は深淵を保っており、先が見えないのだ。
そしてそこへ続く、古い本の列。
迷わないようにパンくずを落としていくかのような現象が今、目の前で起こっていた。
彼はそんな横穴を少し覗く。穴の大きさは彼の足から首元程度の大きさで、凡そ1.4mと言ったところであろうか。
「…こんな穴、今まで存在しなかったのに…」
「そりゃあそうだと思うわ。…さっきの私たちの戦いで壁が崩れ、穴が露見されたのよ」
「―――何か感じる」
穴の奥から…うっすらと聞こえる呻き声。
悲しみか、それとも絶望か。その声に携わる負の感情は―――彼の鼓膜を僅かに振動させた。
悪寒が走った。彼の中にある"何か"が騒めき始め、その横穴に興味を抱いた。
「…何を感じるのよ」
「―――恐ろしく、そして悲しい"何か"…私にも分からない」
レミリアの問いに彼はそう・・・静かに答えた。
彼女もまた、そんな彼が興味を指し示す穴の先に好奇心を抱く。
だが先は深淵―――何があるかも分からない世界に足を踏み入れる事は積極的には行えないものだ。
「…い、行くんですか?」
開いた穴について、只呆然としていたリグルはそう彼に問うた。
真っ暗な中に、不思議な感情を指し示す彼について同情する気は無かったのだが。
「…私は行く。この騒めきの真実を…確かめに」
そう太刀を右手に携えると、彼は静かに穴の中へと入っていった。
少し丸まって屈んで、ゆっくりと奥へ進んでいく。そんな彼に遅れを取ってはいけないと感じたのはレミリアだ。
背中の黒い羽根を早めに動かす仕草は、彼女の動揺を表している。
「な、何よ!貴方だけ先に行っちゃって…!…私も行くわよ!」
「え?皆さん…ま、待ってくださいよ!」
レミリアも意固地になって彼を追いかけ始めたのだ。
そしてたった1人で残されたリグルも、焦りからなのか、彼女の後ろを追い始めた。
横穴に入った3人がいなくなったボロボロの家に、寂寥の風が空しく吹いた。
◆◆◆
段々と下降していく穴の中を只管進む彼の視界に、うっすらとした光が灯る。
その奥に広がっていた世界―――。
地下に形成された、広大な図書館。
何百年前に作られたのか、見渡す限り煤けた本棚がびっしりと…。
大きさはパチュリーのいた図書館よりも3倍。4倍は大きい。
天井に灯る、薄らかな仄かな明かり。…それらは真下の巨大な世界の太陽となっていた。
「…も~、一体この穴は何処まで続くのよ…って出口だわ!」
文句を言い垂らしながら進んでいた彼女は服を汚しながらも、彼と同じ光景を目の当たりにした。
…幻想であった。クラシカルな世界が、そこに佇んでいたのだ。
蜘蛛の巣が所々に張られ、朽ちた木の棚は哀愁を醸し出していた。
「…凄い…」
「…ああ…」
2人はそんな光景に、ただただ絶句していた。
そしてリグルも急いで追いつくが、反応はやはり2人と同じであった。
「…私の家から繋がった穴の奥に、こんな凄い世界が広がっていたなんて…」
そんな綺麗な光景を前に、彼は少し興奮した。
煤けた本棚から一冊本を取り出し、中を開いてみれば、自分が読める言語で書いてあったのだ。
しかしそれは幻想郷共通語の日本語では無い、未知たる言語であった。
「…やっぱりここの本は昔の本なのね、書いてある言語が全く分からないわ」
しかし彼は読んでいた本を覗き込んできたレミリアとは真逆であった。
読めるのだ。彼は記憶も無い孤児であったが―――本能的な何かがその言語を紐解かせる為なのか、運命の悪戯か。
彼はゆっくりと口を開いた。
書かれてあった、一片のおとぎ話。
…古代の童話を、彼は静かに紐解いたのだ。
―――むかしむかし、ある所に1人の男の子がいました。
―――その男の子は小さいころに両親を失い、貧乏な生活を強いられていたのです。
―――毎日が食べ物に困る日々を過ごした男の子に、ある日、高貴な服を着た人は話しかけました。
―――いい子にしてあげたら、毎日毎日ご馳走だって食べれるよ。色んなおもちゃで遊べるよ。
―――男の子はその人についていきました。しかし、連れていかれたのは実験所でした。
―――男の子はそのまま実験台となり、魂と身体が分かれてしまったのです。
―――そ…て、…の…し……故………は…和……界…作…うと…ま…た。
―――…れ…そ……今の…………な…で…。
…最後の2文は古さが故に煤けて読めず、彼は諦めた。
しかし、謎の言語を読解した彼に彼女は驚きを隠せなかった。
「…リヒト、その言葉…どうして読めるのよ」
「―――私にも分からない。只、書いてあることを読んだだけだ」
彼は静かに本を閉じ、本棚に戻した。
今読んだ、謎の叙事詩―――おとぎ話が、今起こっている事象と何らかの関係があるのでは、と考えた。
そう思えば、他の本にもヒントは書いてあるのかも知れない…と。
彼はまた、他の1冊を取り出し、本を開く。
そこに書かれてあったのは、謎の事象―――『同位遺伝』…。
―――同位遺伝…それは古代エニルクスが捺印を異性の契約者に写す行為。
―――エニルクスと契約した者は同じトフェニのエニルクスとなり、使命を授かる。ただし、契約者は1人まで。
―――主に接吻と言った方法で行われ、エニルクスになった者は同じ効果を得る。
「…同位遺伝…?」
声に出して読んだ彼はそんな言葉に疑問を抱かせていた。
そして彼女は彼が思ったことと同じ内容を話す。
「…1人だけエニルクスにすることが出来るらしいな、俺は。…そんな淫らな行為はしたくないが」
「―――それにしても、ここは昔の本ばかりあるんですね、へぇ~…」
感心したかのような素振りを示す彼女に、彼は頷いた。
しかし、彼をここへ連れてくる原因となった、小さな呻き声がまた―――彼の鼓膜を響かせた。
「…嫌な予感がする。…悪い、先へ行かせて貰う」
持っていた本を急いで本棚にしまい、彼は呻き声が聞こえた方向へ駆け足で進んだ。
仄かな光の下、彼は本棚の合間を潜って、只管走った。
後ろではそんな彼を追いかける2人が、汗を切らしている。
「ま、待ちなさいよ…」
しかし彼は目の前の事で夢中であった。
そして見えた世界―――そこに映し出されていたもの―――。
「…な、何だこれは…」




