11章 傍観の円環
肆律によって魂を取り戻したレミリアは身を起き上がらせ、立ち上がった。
美鈴が攫われているという事実は未だに本当であった。
このままでは美鈴は攫われたまま、摂理府側の思い通りに描かれるだけであった。
―――紅魔館党首として、彼女は決意した。
「…咲夜、パチュリー、フラン、こあ…。…悪いけど、私は行かなくてはいけないわ」
「レミィ!貴方ね…聖櫃化されてたのよ!貴方の無茶で!
無計画で歩んだ道の果てに何があるか、分かってないでしょうね!?」
「でも依然として美鈴は戻ってこない!仲間の1人を置き去りにして、紅魔館の党首なんて肩書、名乗れないわよ!」
パチュリーの気持ちも分かったが、彼女の意思は固かった。
しかし、それは先の見えない暗黒の中を只、歩み続けるだけであり、その中に落とし穴や壁と言った障害物―――たった1つの隙で、自らの破滅を招くかもしれない。
だが、そんな危険を顧みてまで彼女は仲間を思っていた。
いつもは門番の役目を昼寝で果たし、咲夜に何でも怒りの言葉を浴びせられる彼女。
そんな美鈴にいつも呆れていたのは確かだったが…仲間は仲間であった。
「…でも、美鈴が何処にいるかなんて、分かる訳無いじゃない…」
「ここで私がトフェニを倒して吐かせるのよ、美鈴の場所を」
彼女は得意げにそう言い放った。
しかしトフェニは世界を管理している機構の神々、容易く勝てる相手では無い。
「お嬢様…正気ですか!?」
「正気よ咲夜。"存在"を司るトフェニ…『ミレ・トフェニ=イジスガンダー』…。
―――咒番6號式のトフェニなら、知ってる可能性も充分あり得るわ」
「お姉さま、でもどうやって…イジスガンダーに勝つの?
―――トフェニにあることでは何ら変わりもしない…。…フランたちが勝つのは無理だよ…」
フランは最初から諦めている様子であった。
美鈴に対しての救済に手すら差し伸べることを恐れ、下を俯く。
そんな妹に…いつもは無邪気で暴れまわるフランに彼女は本気で怒った。
「―――ふざけないで欲しいわ。…何が『勝つのは無理だ』よ、諦めてる時点でトフェニに負けてるわ。
奴らは強大な姿と能力を盾に世界を管理している…只の部外者なのよ」
「…でもお嬢様、やっぱり無謀じゃあ…」
小悪魔にも止められ、彼女は狼狽えた。
聖匣から立ち直ったばかりの彼女を思いやって発言したことに変わりは無い。
しかし、それが彼女への余計なお世話であるようにレミリアは感じたのだ。
―――全員に止められたのなら、残りは1人しかいない。
「…リヒト、貴方はどう思うのよ」
そんな問いに―――彼は向き合いたくなかったかのか、背中をレミリアたちに向けたままであった。
全員の視線が彼の背中に集まる。しかし、彼はそんな眼差しを完全に無視していた。
何処にも"希望"なんてない、あるのは"トフェニが司る計画された未来"。
彼は…そんな未来が訪れることを案じていた。
「…私は…」
はっきりとした答えが出せなかった。
レミリア救出戦の時は怒りと憎悪で燃えていたものの、いざトフェニと対峙してみれば体格の差が歴然としていた。
自分の羸弱さがまじまじと鏡に映し出されたようでもあった。
自身が持てなかった。レミリアの威勢に同調したいが、心の中の何処かが捻じれていたのだ。
「…リヒト、貴方も私を止めるのね」
「そう言う訳では無い」
「分かった、私1人で行ってくるわ。…後は頼んだわ」
全てに創痍したのか、彼女は自ら旅に出ようとする。
それは極めて無謀であり、危険でもあった。
部屋から出ようとする彼女の背中を掴んで止めたのはパチュリーであった。
「レミィ!貴方ね…!」
「パチェ…これは私がしなければいけない事なのよ!悪いけど…行かせて貰うわ」
意地でも仲間の制止を振り切り、彼女は背を向けて歩き出した。
絶望に塗れた光を目指して―――トフェニから美鈴の居場所を聞き出す為に。
「…待て」
彼女の足の動きが止まった。
すぐに振り返り、彼女は期待を抱いた。
その視界の中心に映っていたのは―――太刀を右手で携え、決意を表意した彼の雄姿。
「…お前1人で咒式降誕炉なんかに行ったら危険極まりない。
―――私も同行しよう」
「リヒト…貴方まで一緒に行くの!?」
パチュリーにそう言われたが、レミリアの気持ちは変わりそうでない時点で決まっていた。
…ったく、頑固だなぁ、と彼は思いながら太刀を構えて彼女の後についていく。
「…リ、リヒト…」
「私はお前をニスト・ペグダムから救出した身だ。…奴らは強大で、恐ろしく…何せ、神々しい。
だが動けない、と言うデメリットを持つ。…そこを突いて戦うしかない」
「で、でも!もし万が一の事があったら…!」
「―――それへの覚悟を含めた上、だ。…そうだろ、レミリア」
彼にそう問いかけられた時、彼女は少し驚いた。
が、焦っていただけにおどおどしながら首を縦に振る。
そんな様子に彼は少しだけ―――笑ってくれた。
「…私はエニルクスだ。…聖櫃化とか、そんなのは考えない。
だけど、エニルクスでは無いレミリアがそう言うなら…俺は同行する。それでいいだろう」
「…」
全員は静まり返った。
レミリアはそんな仲間たちに別れを告げると、紅魔館のガレージに向かった。
近代化の波が押し寄せた世界。彼女たちはトフェニの聖櫃化に対しての葛藤を抱いていた。
◆◆◆
2台のバイクは摂理府営高速道路4號線を疾走する。
真下の更地は相変わらず、太陽の下、エンジン音を響かせていた。
服が吹く風に靡く。敷かれたコンクリートの道は何処までも続きそうであった。
「…ついてきてくれて、ありがとう」
「―――礼を述べることでも無い」
彼は常に物事を考えていた。その内容は定かではないが、いずれにしろ無口であった。
好んで喋るタイプでは無く、周りの空気に流されているだけのような…。
「…貴方が私をトフェニから助けてくれたんだってね」
「―――だから何だ」
「そうカッコつけるのは余り好きじゃないわ」
「…」
彼は黙り込んだ。そんな彼の様子を見て少し笑みを浮かべたレミリア。
バイクは果てしなき道を、ただ只管進んでいく。
そんな2台のバイクを発見し、姿を捉えた1台のヘリコプター…。
「あら、お久しぶりね」
2台のバイクと並走するヘリコプターの中から姿を現したのは―――ニスト・ペグダムがいた咒式降誕炉で対峙した紫であった。
真下にいる2人に向かって嘲笑を見せる。
「貴様か…エニルクス!」
「貴方もエニルクスなんでしょう?…いずれ、トフェニの意向は分かるんじゃないかしら」
「お前らの考える事など所詮、下らない世界管理の事だけだ。…自らの立場を優先し、世界など放っているだけのお前らが!」
「…なかなか生意気な口を利くのね」
怒りを露にした紫は眼下にいる2人に向かって、紅い物体を一気に落としていく。
2人の進路方向の前に現れた、巨大な紅き山―――。
「だ、ダイナマイトっ!?」
「大爆発に巻き込まれなさい!」
その瞬間、2台のバイクを巻き添えにした大爆発が発生、摂理府高速道路4號線は破壊された。
立ち昇る黒煙を見て、彼女は嬉しそうであった。
「…完璧、ね」
◆◆◆
「…んん…ん…」
「だ、大丈夫ですか?」
彼はいつの間にか寝かされていた。
薄暗い部屋の中に置かれたベッドで、ふと身を起き上がらせ、周りを見渡した。
紅魔館よりは小さいが、インテリアは綺麗に施されている。
生けられた花が飾っており、彼は何かを感じ取った。
「…私は、一体何を…」
「2人とも、爆発か何かに巻き込まれてて倒れてたんですよ。…それよりも、お怪我は…」
「ああ、私は特に何も…」
自分の手足が動くことを確認すると立ち上がり、彼は椅子に座った。
自分をここに匿ってくれた、緑色の頭髪をした、触角が付いていた女の子。
彼はそんな相手に礼を告げる。
「…助けてくれたのか。…感謝する」
「いえいえ、レミリアさん達の噂は聞いてましたから…。…私たちには到底敵わないような事をやってくれるんですから」
彼はそんな彼女と話をして、幾つかの事実を読み取った。
目の前にいる彼女は"リグル・ナイトバグ"と言う名前であり、ここの家の主だと。
そして彼女もまた、摂理府の行うトフェニ政権が嫌で仕方ないが、下手に動けば聖櫃化されてしまう恐れがある為、このような形で補助をしてくれたのだ、と。
「―――結局は、私たちなんて只の弱者…トフェニに利用されてるだけなんです…」
「…エニルクスは嫌いか」
「嫌いですよ。みんな…自分のことしか考えていません。自己中ですよ。
―――トフェニから使命を受けた、だなんて只の言い草。本当は欲望の塊です」
自分がその"エニルクス"と言う概念に当てはまるかどうかは分からなかったが…彼は決意した。
自分がその中に入らないような、世界を救うエニルクスになってみせると。
人工魔導士の身分にして、生まれつき強大な力を持つ彼。
その力で、リグルのような者達をトフェニから守るために―――戦う事を。
「ふわぁ~…あれ、ここは…」
「あーレミリアさんも起きたんですか」
起床したレミリアは眠そうにしながらも身を起こし、立ち上がる。
同じく椅子にゆっくりと腰を掛け、リグルは彼女にもリヒトへ話したことと同じ内容を話す。
レミリアはそんな彼女に同情し、自分がやっている行動を正当化する。
「やっぱり咲夜たちは臆病なだけよ…。…でも助けてくれた事に関しては感謝するわ」
「ターゲット発見!」
家の壁を破壊し、大音を立てて姿を見せたのは、リボルバーを大量装着した地上用迎撃機―――そう、リヒトがサグメと共に戦った幻象…ガーディアンだ。
いきなり現れた敵にリグルは驚き、身を竦ませる。
しかし2人は武器を構え、そんな機械に対して怖気ることは無かった。
「また出たな…ガーディアン」
「ここまでだ!もう自由にはさせん!」
「よく分からないけど…どうやら摂理府の遣いね!ならここでくたばりなさい!」
リグルまでをも巻き添えにしたことは申し訳なく感じた彼であった。
が、今はそれどころでは無さそうであった。




