1.梟と旧都とコーヒー
歴史について考えました。
学校で使った、あるいは本屋さんで買った学術本や教科書に載っている歴史は果たして正しいのでしょうか?
この話の世界背景が上手く説明出来ていれば嬉しいです…
首都を跋扈する『怪物』を退治するべくこの国の党首が遥か彼方から『魔女』を招き入れたのは実に三百年前の事だ。
その後、怪物が専門家の調査で人畜無害なものだと発表されるまでに月日はおおよそ一世紀流れていた。
永遠に続くと思われていた魔女の時代も終わりを告げるのだ。
「魔女は無情な人種」ーー世間がそう騒ぎ出したのは首都、さしずめこの国初となる怪物が党首として立候補してからである。
結果、選挙で彼が当選してからは怪物の然るべき逆襲が始まった。
『魔女狩り法』施行は今から185年前。歴史を学ぶ学生がこぞって語呂合わせを作る年だ。
ーー魔女及びそれに関係するものを全て排除せよ。
『魔女狩り執行人』などと云われる職業まで現れ、あっという間に魔女は絶体絶命にまで追い込まれた。
この時から魔女達は自分らが生きた証として、『遺品』を残すようになった。
人の力でも、怪物の力にでも及ばない力を注ぎ込んだ代物。いつか必ず魔女の意思を継ぐ種族が使う事を祈って。
7年後、魔女狩り執行人達の策略によって魔女は全滅するのだった。
首都の地を全面的に巻き込んだ戦いは、今でも爪痕を残している。
その後の首都の存続等を巡って人間と怪物の間で問題は絶え間なく続き、二つの種族が変わる代わる党首を務めながらこの国の恒久的な平穏は続いていった。
結局、"悪者"は誰だったのだろうか?
「今から172年前とは思えない程、しっかり残っているんですね。」
遠くに霞んで見える旧都の新宿遺跡に残る白い鉄塔を見据えながら、クロエは隣で欠伸をする赤いコートの女に話し掛けた。
「まあ、そうだろ」
赤いコートの女は短く答える。女の赤コートは旧陸軍の式典用の貴重な代物だが、果たしてこの『帝都』の住民は何割ほど認識をしているのだろう。未知数だった。
少なくとも、黒縁眼鏡を動かして話を続けるクロエは気付いていない。
「なんでも、634メートルあるそうです。ム、サ、シ、の語呂合わせなんだそうですよ。この国最大のテレビ塔だったとか……あとそれから……」
二人が今話している(クロエが一方的なだけにも見えるが)場所は、帝都ーーその6番街で一番旧都と隣接している面影川の河川敷にある土手だった。
これまた旧陸軍の所有物として重宝、されているはずの黒鞘のサーベルを撫でながら、赤いコートの女はクロエの話を聞き流す。
女とは対照的で、クロエは丸い襟のブラウスに黒くて細いリボンタイ、深緑のニットといった如何にも女学生らしいスタイルだ。
短く切り揃えた黒髪が純情さを更に強く見せている。
見えている割には、何の躊躇いもなく土手のコンクリートの壁に座っていた。
隣の女は、フクロウの毛並みのような色合いの髪をこれまたフクロウの翼のように束ねていた。キレ長の瞳で、面影川の向こうに見える旧都を見つめている。
「用が済んだらそろそろ行こうぜ。刀身が錆びちまう」
女が立ち上がり、ぴょんと土手から降りる。話し途中だったクロエはそそくさと立ち去ってしまう女を慌てて引き止める。
「あら、もう行っちゃうんですか比留間さん。まだテレビ塔の話が……」
クロエが言い切らないうちに、ポツリ、と頬に雫が当たった。
「おや?」
クロエが空を見上げる。
オレンジ色の夕陽が夕闇に消えかかって、星もちらほらと見え始めている。
しかしーー雨が、降り出してきた。
「凄いですね比留間さん。気象予報士も顔負けです。」
クロエもコンクリートの壁から降りて、軽やかに土手からも降りる。
そのうちに雨も少しだけ勢いを増していった。
「早く行くぞ。月也が待ってる」
「うふふ。相変わらず弟が大好きなんですね。」
いつの間にかクロエが女に並んでいた。女は気にせず、歩幅を大きくしながらクロエに、不敵に、言った。
「あのガキが、ちゃんとお使いが出来ているかどうか確認したいだけさ」
『魔女狩り法』によって大きな爪痕を残し、怪物と人間が繰り返し論議した結果首都ーー今となっては旧都になるが、再建は不可能と判断された。
旧都の近隣が再開発され、再び国の中心となったのが帝都。
街は八つの区分に分かれており、とりわけ6番街は怪物を先祖に持つ住民が半数以上を占める。
(とはいえ、今ではその血も薄れて人間と見分けがつかないのが現状だ。)
その事から、しばしば6番街は『怪都』と呼ばれていた。
街を歩けば、そこかしこに怪物が居る。
人間ばかりの他の街ではとうてい考えられない事でも、この6番街では起き得るのだ。
帝都6番街を走る路面電車、帝都6番線の堀籠駅を降りて劇場方面へ歩き、靴の専門店『ヤマネ』の角を曲がると路地に出る。
アンティークの凝ったランプが飾ってあるので、他の路地と違い夜でも安心して歩く事が可能だ。
それもこれも、風変わりな女の趣味である。
路地の中腹あたりにある、フクロウの看板が目印の店。
『おいしい珈琲 ふくろう亭』
ここが赤いコートの女ーー比留間梟の根城にして、ガラクタ好きの物好き達の知る人ぞ知る溜まり場だった。
比留間とクロエがふくろう亭に戻ってくると、二人の男が出迎えた。
「お、姉ちゃんお帰り。クロちゃんも一緒だったのか」
客の居ない店内で、仏国製(だと比留間は言い張る)のソファーに寝そべりながら初めに声を掛けたのは『ヤマネ』の特注品である頑丈そうなブーツを履いた少年だ。
年齢は十代後半ほどで、明るい髪色をしている。長い前髪は、バッテン型のヘアピンで留めてあった。
「ただいま月也くん。」
クロエが挨拶を返すが、ずい、と比留間が近寄り割って入ってくる。
「よお帰ったぜ、月也。お使いはちゃーんとこなせたな?」
気象予報士ではなく悪人顔負けでの面持ちで月也の顔を覗き込むが、流石は比留間梟の家族と言うべきか、月也はものともせずヘラヘラと笑って
「おう。」
比留間を頷かせた。そのまま比留間は顔を上げると、カウンターでカップを磨く第二の男に声を掛けた。
「音無、コーヒーを淹れてくれ。あと、店の方は閉めておけ。
今日のガラクタは、常連だろうと教えられねえからな!」
呵呵大笑する比留間を余所に、第二の男ーー優に身長180センチを超えるウェイター姿の音無は何も言わずに店のドアに『CLOSE』のボードを掛け、コーヒーミルを回し始めた。




