Night Talk
大変長らくお待たせしました。
元々あった作品に書き換えるつもりでしたが…二進も三進もいかないので新規で作成する事にしました。
どうかよろしくお願いします!
藍染の空に星が瞬く。
今宵は新月、月は見えない。
月の見えない夜は出歩いてはいけない、と昔主人に言われた様な気がする。
そんな夜に、彼はこの森に迷い込んでしまったらしい。
昼間から居たらしく、ついさっき止んだ雨のせいでびしょ濡れで屋根の上に座っていた。
雨が降っていなければ、森を抜けるのは簡単だ。私が帰り道を教えると、逆に彼は自分の名前を教えてくれた。
脳天気な人だーー大抵の人なら夜にお屋敷を見るなり逃げてしまうのに。
考えながらも、私と彼は屋根の上から夜空を眺めていた。
「空に見える星って、砂糖みたいで綺麗ですよね。」
私は屋根の上で足を伸ばす月也に訊いた。
「砂糖?」
「はい。あの白くてきらきらしたものが、シュガーポットの中の砂糖に似ていると思うんです。」
「もしかすると、星というものは砂糖なのではないでしょうか。」
「馬鹿言えっての。」
膝を抱え込んで座っている私の隣、月也は軽く笑って続ける。
「星は岩だよ」
「岩?」
月也が私の想像からあまりにも逸脱していた答えを言い出すので、思わず変な声が出てしまった。
「そう。本当はあんなに綺麗な色をしてないし、砂糖のように儚くはない。ごつごつしていて、攻撃的だよ。」
「そうなんですか」
妙に納得してしまった。
「そしたら、少し怖いですね。」
「怖いか。もしかして、隕石になって全部落ちてくるんじゃないかって?」
図星。星だけに。
私の想像を見抜いてしまう月也を、目を丸くして振り向くと、月也は相変わらず笑って私に語り掛けてくれた。
私と、月也しか居ないお屋敷の屋根の上で。
「怯えることは無いさ。落ちては来ないよ。落ちて来るとしたら、それは魔女が遺していったゴミだ」
主人の瞳は黒い。
髪の毛も黒い。
洋服も好んで暗い色のものを着る。
お気に入りの中折れ帽子も黒い。
だから時々不安になる。
新月ではない日。つまり、月の登る普通の夜は藍染色の夜空は影を深くする。
主人が夜出歩くと、その濃紺色に飲み込まれていつしか消えてしまうのではないかと不安になる。
消えるのは怖い。
私が一番、その恐怖を知っている。
私は"幽霊"だから。
人間だったものが、一度消えて無くなったものだからだ。
月也にも分からないだろう。
月也は死んだ事が無いからーー生きているから。
隣に居る月也の顔を覗き込む。
月也はただ藍染色の夜空を見上げていた。
「月也」
「どうした?」
「何故私は消えないのでしょうか」
「うーん」
まあ、と月也は足を組み直して私に言う。
「お前にはなかなか難しいテーマだから、考えなくてもいいんじゃない?」
「考えない」
そんな選択肢もあったのか。少しだけ呆気に取られる。
「俺、頭悪いから。自分がよく分からない事はあんまり考えないようにしているんだ。」
「……そうですか」
私はただの"幽霊"。人の生きる世に存在するから、生きてもいないし死んでもいない。
幽霊は死んだら天国、ないしは地獄、もしくは極楽浄土へ行くと知ったのはつい最近の事で、それまで私は普通の"人間"だと思っていた。"生きている"と錯覚していたのだ。
私は、何故ーーこの世界に存るのだろう。
「ところで、月也」
見えない答えを求めるように月也に尋ねる。彼の明るい髪色も夜の帳に飲み込まれているように暗かった。
「月也はどうして私が視えるんですか?」
月也はきょとんとした顔で停止する。
当たり前の話を繰り返して悪いが、私は"幽霊"。通常なら人には見えない。
首を捻り考えていたが、やがて諦めたように笑って答えた。
「分からない。」
「……はあ」
月也には難しい話だった。
もしかしたら月也には"幽霊"を視る事が出来る能力があって、自分では気付いていないだけなのだろうか。
それとも、何か事情があって隠しているのか。
私もしばらく考えたがーー
「まあ、大して変わらないだろ。俺、別に友達が人間じゃなくても気にしないし」
月也の一言で考えない事を決めた。
「友達、って。私たちついさっき初めて会ったばっかりじゃないですか。」
宥めるように言ったが、月也は今まさに気付いたかのような表情を浮かべた。
「あ、そっか」
じゃあ、と私に向き直り、屈託のない笑顔で笑いかける。
「友達になる?」
特に考える事もなく、私は答えた。
「ええ」
月也は心の底から嬉しそうに笑う。
そんな月也を見ていて、私は心に陰りが生まれた事を意識してしまった。
「月也は、笑う事が好きですか?」
「好き?うーん」
月也は藍染の空を見上げ、手を頭の後ろで組んだ。
「月也はよく笑ってるって、色んな人に言われるからな。好きなんだと思う」
お前は?
訊き返してくる月也の顔を私は直視出来なかった。
「私は月也と違って、上手く笑えないんです。」
「そうなのか?」
月也が一気に顔を近付けてきた。
「確かにお前、なんか堅そうな顔してる」
私の頬を摘んで無理矢理口角を上げてくるが、つねっているようにしか感じられない。
「痛いです月也」
「あー、悪い」
ぱっと月也が手を離す。温もりが逃げたような気がした。
「じゃあ別の方法で笑わせてやるよ」
月也は自信満々に言う。
「布団がふっとんだ」
「はあ」
「サイのおならはクサイ」
「へえ」
「校長先生絶好調!」
「……えっと月也、どうやって笑えばいいんですか」
「それ、大真面目な顔で聞かないでくれよ」
月也が肩を落とした。
何だか申し訳ない気がしたが、正直、今の親父ギャグにどうやって笑っていいのか分からなかった。
ふと空を見上げると、もう東の空が白んでいた。
「お、もうそんな時間か」
月也が立ち上がる。
「そうですね、そろそろ帰らないと」
帰らないと。主人が帰っているかも知れない。
最後に名残惜しくなって、街へ帰ろうとする月也を呼び止める。
「月也」
「ん、どうした?」
「また、機会があれば……お話しませんか?」
月也はもう一度笑って
「おう」
と答えて、お屋敷の屋根から飛び降りてしまった。
私、幽霊になってから初めて友達が出来ました。
こんな姿でも友達が出来るんです。世の中捨てたモンではありませんね。
もし主人が帰ってきていたら、いの一番に自慢してやろう。
森は、夜明けと共に色を取り戻していた。




