第9話
『生物探知機・改』の名前をロングタップするとサブメニューが表示されたので、ミケを目印としてマーキングしてから空の散歩をはじめる。
資源探しのために高度は六〇メートル程度にして、北東の山岳や東にある渓谷のあたりを探すことにした。
朝もやの残る山の裾野や森にかかる朝霧に日が差し込むさまは美しく、清涼な空気を胸に吸い込み、広がる自然に目をやる──が、陽の光に「見せられないよ!」と阻まれた。
強くなった身体でも眩しくなり、椅子に腰掛けたように脚と腕を組み、陽に背を向けて飛ぶロマンをぶち壊す二人。なお、脩平だけは最初の三〇秒ほど頑張ったことを加えておく。
「眩しくないけどコレジャナイ感半端ねえ……!」
「好きな姿勢で飛べばいいと思うよ。これはこれで電車みたいであたしは好きだな……あ、ひとりジェットコースターっぽく飛べば面白そう」
「俺はやらないよ!?」
「ひとりジェットコースターって言ったやん」
「ならいいや……そうだ、ミケさん、朝ごはん作ってくれるって言ってたけど、食材持ってた?」
脩平の疑問に亜希子は小首を傾げて思い出す。
「持ってなかったね。多分、うちらみたいなインベントリ使ってるんじゃないかな」
「え、そんなポピュラーなの」
「わりと。全員が持ってるのは珍しいと思うけど」
「そっかー。それじゃあ期待しちゃうな」
「私らの舌に合うかはわからないよ?」
「えええ、それはせっかく作ってくれるのに申し訳ないなぁ」
「この世界で釣った魚が日本と同じ味だったから、この世界も根底の味覚は似たようなものだと思う。ていうか思いたい」
「あれ、でも猫って塩味きついの体に悪いんじゃ……」
「地球の常識ならね。ミケさん猫族だし、身体のサイズ私より大きいし。そう悪くないと思うよ」
「ふうん」
軽口をかわしつつ二〇分ほどで第一目標の山岳地帯上空に到達し、二人はスマートフォンをインポート画面に切り替える。
高度を上下しながらお互いに背を預けカメラを一帯にパンしてみると、予想より大きな緑の点が散見していた。
「落石か鉄鉱石かどっちかだと思うけど、取り込まないと判断できないんだよね」
「亜希ちゃん、近くで見てみようよ」
脩平に誘われ一番近いポイントに向かう。山林の斜面に在ったのは高さ一・四メートル、幅三メートルの大きな石というより岩だった。まだらに陽に焼け白くなった箇所と苔むした箇所があり、数百年はこの地に在ったことを物語っている。試しに脩平の練習も兼ねてインポートしてみると、難なく処理が終わる。石がなくなった場所はそのままの形で窪みが残り、石の裏に居た虫やミミズが突然の事態に慌てるように動いていた。
「インポートにサイズ制限は無いんだね」
インポート画面の『石・一』を見つめて脩平が言う。
「エクスポートもだと思うけど、脩平、やってみてくれる?」
亜希子の言葉に頷きかけた脩平が気づいて問う。
「え、でもこのまま戻すと虫とか潰しそうじゃないか」
「あー、そっか。ちょっとどいてもらおう。魔法でなら言うこと聞いてくれそうだし……」
言って亜希子は魔力を感じながら窪みを見回す。最初に焦点をあわせたミミズが不自然に一瞬静止すると、窪みの外へゆっくりと移動を始めた。
「そうそう、ちょっとのいててね。お騒がせしてごめんよー。今戻すからね」
遅れて動き出した他の虫達にも声をかける亜希子。数分で移動が終わり、脩平がエクスポートを実行すると、音も風圧もなく石は元の場所に収まった。
「お待たせ。戻っていいよー」
亜希子が呼びかけると虫達は石の裏側に潜り込んで姿を消す。見送った後脩平を見ると、手にしたスマートフォンに目を落として言ってきた。
「手当たりしだいのインポートは怖いね。気をつけないと」
自戒を込めた言葉に後ろめたさを抱き、亜希子は自らの行いを告げる。
「う、うん。実は昨日一回やっちゃった……ごめん」
「え」
「大きな石はやってないと思うけど、露出して地表にあった鉄鉱石やスズ、アルミとか。緑の点を適当にインポートした……」
虫さん潰してたらごめん、と亜希子の呟きが脩平に届き、亜希子の頭に手を置いて脩平は言う。
「そっか」
肩を落とす亜希子の頭をしばし撫でるが、先の妻の言葉に手を止めて脩平は疑問を投げた。
「……ってアルミも露出してたの? …………あれ合金なんだけど」
「そうなん? イカダの留め金アルミだよ」
「え」
手を下ろした脩平にやや不満そうに亜希子は返した。
「言ってなかったっけ?」
実は言っていない。釣りをしたい一心でパーツを作った亜希子に、同じく一刻も早く釣りたい脩平が疑問も抱かず組み立てを行っていた。
「インポート画面でアルミってどんなのか見せて?」
「はい」
亜希子からスマートフォンを受け取り、画面を見る。マスの中にインゴットの絵で並ぶ鉱石類があった。
「アルミ、鉄、スズ……えっ、銅もある……ていうか全部インゴットで精錬済み」
「流れはクラプラと大体一緒だよ。ツルハシで掘る代わりにインポートしたけど。精錬の前の見た目はインゴットが四角いブロックに包まれてる、ゲームとおんなじだったね」
「……この世界って、ゲームの中なのか?」
脩平の当然の疑問に亜希子は顎に手をやり言う。
「それならわたしらもMr.クラフトみたくブロックのキャラになってると思うよ。世界もね」
亜希子がゲームをしていた姿や、一緒に見たプレイ動画を思い出す脩平は頭を振り否定する。流石にゲームのように五メートル先まで一メートル四方のブロックを破壊、設置する変態技能は持ち合わせていない。
「俺らも、自然も元の世界と一緒だな」
「ちなみにゲーム世界だと三〇分で一日が経過します」
「怖っ! あっちゅう間に歳取るのかよ!」
「ゲーム内は老化の概念無いから関係ないよ」
「ううん、俺らが若返ったのも概念の影響、とか」
「否定はできないけど確定もできないよ。わかってるのは若返った凄い強い身体になって、魔法が使える。それからミケさんていう猫族が居る。たったこれだけ」
三大欲求も正常に活動する現状では、自分たちだけで疑問を解決できるには程遠く。結局問題を棚上げするしか無い。悩みだす脩平に亜希子が無責任に魔法の言葉を放った。
「こまけぇことは気にすんな! だよ」
「それはそうなんだけどなぁ…………うーん……」
煮えきらない態度の脩平に、亜希子はスマートフォンの画面をホームに戻して彼の前に示す。
「ほら、もう六時半ていうか五十分近いから、急がないと調査の時間がなくなっちゃうよ」
「あらホントだ」
「低空飛行で探す? このまま歩いてみる?」
太陽は気づくと目を直撃する高さから少し上がり、さらに森の木々に遮られ眩しさはかなり落ち着いていた。
「このまま歩こうよ。亜希ちゃん散歩しないし」
釣り以外はインドア派の亜希子を釣れ出すのに色々苦労していた修平はつい言ってしまい、
「街中の散歩は好きじゃないけど、山道の散歩は好きっていうか得意だよ!」
頬を膨らませた亜希子が言い返す。
「得意って?」
「見ててよー?」
言って亜希子はその場で数回軽く跳ね、着地と同時に飛び出す。
獣道すら無い草むらをものともせず軽やかに木々を抜け、地を蹴り、あっという間に姿が見えなくなった。
「うっわ、すげぇ」
脩平の感嘆の声がこぼれ、呼び掛けようと口に手を添えて息を吸い込むと同時に、亜希子が瞬間移動の如く戻り来る。
「ただいまー。足がめっちゃ早いの忘れてた。……どうしたの?」
「おかえりー……」
呼びかけの姿勢のまま脩平が応える。上げていた手を下ろし、生まれた感情を言葉にする。
「忍者汚いさすがきたない」
「忍者!? どこどこ?」
「俺の目の前」
「あたし? 忍者じゃないよ?」
「亜希ちゃんてば本当にボケ体質だよね」
「脩平のツッコミも時々意味不明だと思うお…………」
当然だが脩平も亜希子と同じように駆け抜ける事ができ、散歩と称するにはアクティブすぎるものになった。時折『生物探知機・改』で現在地を確認しながら、自然への影響が少なさそうな小さめの石ころや鉄鉱石のかけらを集め進む。
途中、峡谷から流れる沢に立ち寄ってみる。
峡谷が山からの水源の出口なのか、豊富な水量が岩を削り作られた落差が淵を形作る。
木々に囲まれた階段上の滝と大きな沢が広がっていた。最も広く深い淵の色は深き碧。水深は見ただけでも十メートル以上と予測される。
「綺麗だね」
「癒し空間だねえ」
言いながら亜希子は手で水を掬い、鑑定してみると飲用可能な硬水だとわかり、少し口に含んでみる。
「んー、ペットボトルの硬水よりずっとカルシウムっぽい感じがする」
「へえ、俺も飲んでみよ…………うん、日本の水と違うね」
良くも悪くも日本の水道水に慣れた舌には、沢の水は美味しいのだが飲み慣れない風味があり、興味は水底を泳ぐ川魚に移った。
「魚だ。イワナかな、ヤマメかな」
「イワナっぽいけど」
二人して覗き込むと、とたんに川魚は姿を消してしまい、お互いを見やって苦笑する。
「イワナだね」
「だね」
川魚の隠れた淵の底、宇宙を覗くような碧と蒼の交わるなか、水の輝きとは異なる煌めきが灯る。
「あれ」
「ん」
「川底にキラキラしたのがある」
「そうだね、何だろう?」
「気になるからインポートしたい……!」
亜希子の好奇心いっぱいの瞳に圧され、脩平も興味はあるため同意する。
わくわく顔の亜希子が操作し、スマートフォンのカメラが難なく煌めく物体を捉え、取り込んだ。
インポート画面で取り込んだものをタッチすると、【魔石:残量ゼロ】と表示される。
「魔石ってなに?」
脩平の当然の疑問に亜希子は淀みなく答える。
「異世界定番アイテムの一つだよー。魔力の充電池だったり魔法のストッカーだったり、色や材質でグレードが変わるね。エンチャントがつくこともあるかな」
「俺がやってる『ラメール』にも似たようなのあるな」
「使いやすいからね。残量ゼロってことは魔力を込めれば入るのかな……うん。脩平が魔力込めてみてよ」
エクスポートしたガラス球に似た透明な魔石を脩平に渡す。
「俺? やってみてダメなら亜希ちゃんに任せるからね」
「はいはい。大丈夫だと思うけど」
受け取った魔石はプチトマトほどの大きさで、右の手のひらに載せ感じた魔力を、魔石が吸い込むイメージを抱く。
「おおお、ちゃんと入ってく」
亜希子の声に視線は魔石に注いだまま脩平が言う。
「どれぐらいまで入れたらいいのかな」
「さあ、サインが出るとかありそうだけど、キャパオーバーしたら魔石が砕けるだけだと思うよ」
「アバウトだねえ」
小さく笑うする脩平に亜希子はおどけて言う。
「この身体は……きっと適当でできている?」
「そっかー、紅い皮肉屋の弓兵さんも適当でできて……たらあんな苦労はしないわな」
「脩平、あなた疲れてるのよ」
不器用純情一直線の青年英霊に対するノリツッコミを躱して抉りに来た亜希子に少し涙が出た。
潤んだ目で魔石を見ると透明からミルクが混じるように白濁となり、白濁から乳白色へ、乳白色から純白へと変化していくと、わずかに魔石が膨張した。
「そこまで!」
咄嗟に気付いた亜希子の言葉に吸い込みのイメージを切る。手のひらの上の魔石は陽光の下でも視認できる淡い光をまとい、不規則に煌めきの粒子を零す。粒子は手のひらに触れる直前で消えてしまい、飽きずに眺めていられる魅力があった。特に魔力が漏れる様子も無く無事に充填出来たようだ。
「できたみたいだね、『鑑定』してみなよ」
促されて『鑑定』を行う。
【神の庭の宝珠:****が魔力を込めた逸品。霊脈の基点に設置することで周囲を活性化し、********効果が上昇する。********る必要がある。】
「やたら仰々しい名前が付いたけど……説明文がバグってる」
「え。…………ほんとだ。バグっぽい……まさか情報開示のフラグが立ってない? うーん」
二人して鑑定をやり直したりインポート画面で説明を見ても結果は変わらず、十五分ほど粘るが進展は見られない。
根負けして沢の手頃な石に腰掛け、煙草に火をつける二人。
「駄目だ。わからん」
「悔しいなぁ…………脩平の事を言っているのに、どういう言い回ししてるのか気になるのにぃい」
煙草のフィルタを噛みながら亜希子が唸る。彼女は分かりそうで分からない事が実に気になる気質であり、脩平が今も白くなった魔石を持っていなければかち割って調べそうに見えた。魔石をズボンの前ポケットにしまい、脩平が促す。
「亜希ちゃんもう諦めようよ。帰ってミケさんに鑑定てもらおう」
「あー、そうか。この世界の人に見てもらえば分かりそうだね」
自力で解決できないのがまだ悔しいようだが、亜希子は自分を納得させるように言い、妻の姿に苦笑する脩平は対岸の岩に目が留まる。
「……?」
目が留まった理由は苔が剥がれ、周囲の木立も妙に荒らされていたためだ。跳躍して対岸に移動し改めて周囲を見回す。
「脩平、どうしたの?」
「このあたりなんかおかしい。木がボロボロだし……」
亜希子へ答えながら地面を見ると、無数の窪み──大きな蹄の跡がそこかしこにある。
「うわ、でっかい足跡だな……なんの動物だろう」
遅れて亜希子も跳躍し脩平のそばに来る。夫の視線に従い地面の窪みを見た。
「おお、これは大きい足跡だね……ああ、昨日のシカだよきっと。水飲みにでも来ていたのかな?」
「そうなの?」
「こんなでっかい足跡の動物が今もいたら探知機が拾ってるよ」
「そりゃあそうだな」
「ああ、シカで思い出した。いい加減解体しないと」
「……傷んでないか、肉」
「インポートしたものは時間が止まってるよ。イカダでの飲み物暖かいままだったでしょ」
「そっか……となると、出して解体するにも手早くやらんとまずいか」
「キッチンに牛刀がしまってあったけど、さすがにサイズが違うしねえ……。これもミケさんに聞いてみよう。異世界だし、大物の捌き方知ってるかも」
スマートフォンのインポート画面を見ながら亜希子が言い、時刻に気付いて声を上げた。
「げ、七時五〇分」
「急いで戻ろう」
新しい習慣となった吸い殻と灰の『消滅』をしてから戻る。急ぐ気持ちが強かったのか、昨日ぶりに破裂音を空に響かせてしまい、慌てた鳥達を尻目に森を飛び去った。
────急いだ結果、五分ほどでログハウス上空まで戻ることができた。
「頑張ればなんとかなるもんだねえ」
スマートフォンで時刻を見て、飛ばしても息切れひとつしない身体に脩平が感謝していると、自由落下じみた速度で降下する亜希子。
「ちょ、亜希ちゃん?」
「実験なーう」
あっという間に亜希子の姿が小さくなるが、地面に足をつけた音は不自然に小さすぎて脩平には届かない。慌ててスマートフォンをパンツの尻ポケットに突っ込んで脩平も降下する。慌てすぎて着地音とともに地面がわずかに震える。するとアーモンド形の緑の目を丸くして驚き顔のミケが玄関からアプローチに出てきて、堂島夫妻に気づいたミケは柔らかく微笑み会釈する。
「──ああ、お二人でしたか。お帰りなさいませ」
「ただいまです」
「も、戻りました」
爽やかに返す亜希子に、地面にめり込んだ足を引きぬきつつ脩平も挨拶した。
着地のめり込みでズボンの裾と靴に付いた土を『浄化』で落としてログハウスに入る。
元々新築のログハウスだったが、更に輝くようにピカピカになっていた。ロビーからして鏡面の如く磨かれた床を見て、スリッパに履き替えるのも忘れてしまう。
「うわあ、な、なんか光ってるよ」
「みんなツヤッツヤ。靴下で滑ればスケートごっこできそうだよ!」
二人の言葉にミケは小さく笑って言う。
「ふふ。ありがとうございます。お綺麗でしたのでお掃除のしがいがあまりなかったのですが、代わりに磨いておきました」
磨いたってレベルじゃない、と脩平が呟き、室内の様子に目を輝かせる亜希子。立ったまま見とれるばかりの二人にミケが声をかける。
「さ、まずは手を洗ってくださいな」
促されて洗面所で手を洗う二人。
リビングに戻るとテーブルにサラダとふんわりオムレツ、ハムとソーセージの盛り合わせ、クリームたっぷりごろごろ野菜のシチュー、とろとろチーズにカリカリバゲットのオニオングラタンスープ、バスケットに焼きたてのパンの山と、浅い小鉢に添えられたバターはホイップクリームのように白く花のように絞り飾ってあった。取りやすいよう料理の中心にケチャップのとマヨネーズのソースポットが置かれ、温かいケチャップにはズッキーニとチーズが、冷たいマヨネーズには卵とタマネギの刻んだものが入っている。
料理を挟むように向かい合わせにセットされた肉球イラストの入ったナプキンに、揃いのランチョンマットとカトラリー。
ぴかぴかの部屋よりも眩しい朝食が出迎えてくれた。
「うっわあ、おいしそう!」
「すげええ!」
飛び上がりそうに喜ぶ亜希子と脩平を、ミケは笑って手招く。
「さあ、席について召し上がって」
一も二も無く頷き椅子にかける二人。それぞれに水の入ったグラスを置くミケが尋ねる。
「食後のお飲み物のお好みはありますか?」
「俺はコーヒーで」
「私はミルクティーでお願いします!」
「かしこまりました」
ミケが答えると、お互いの顔を見やって頷き、いただきます、と同時に小気味良い音を立てて手を合わす。
亜希子は真っ先にオムレツを切り分けて皿に移し、まずはそのまま一口。
「んふー! ふわうま!」
生クリームを使っているのか卵の甘みを引き出し、絹ごしのように滑らかに口で踊る。ケチャップをかけて食べればズッキーニとチーズとトマトと卵の最強の四重奏が舌で奏でられ、もはや言葉は不要だった。
「……! …………!!」
滂沱と生涯に一片の悔い無しの表情も、夢中で貪る脩平は気づかない。
「んんー、パンが焼きたてでふかふかでさくさく! バターもとろとろでコクがあってうまー! シチューも野菜甘いっ! ソースもうまっ、パンをひたすともっとうんまー! サラダレタスもニンジンもダイコンもシャキシャキであまうまで、マヨネーズサラダに合いすぎだしパンに塗ってますますウマいー! オニオングラタンまでチーズとろとろパンカリカリとしみしみであああうますぎてヤバイっ……!」
一品一品をじっくり味わいながら食す亜希子と、豪快にがっつく脩平。
そんな二人をミケは笑顔で給仕して、山盛りのパンすら脩平が平らげ三十分ほどで朝食を終える。
「ごちそうさまでした! ああ幸せ……!」
「ごちそうさまでしたっ! もう無理、もう入らん……!」
「うふふ、こんなにたくさん召し上がってもらえたなんて嬉しいです」
笑顔のミケが淹れたての珈琲とミルクティーをそれぞれに提供する。
会釈する亜希子は幸福の一息をついたあと、夫に声をかけた。
「脩平」
「も、もちろん…………」
脩平を横目で見やってから、テーブル脇に立つミケに身体を向けて頭を下げる。
「とても美味しかったです。ありがとうございます!」
「あらあら」
「亜希ちゃんのご飯とはまた違ったウマ過ぎご飯でした! ありがとうございます!」
「まあまあ」
夫婦に頭を下げられてミケは慌て出す。
「頭を上げてください。わたくしは当然の仕事をしただけですよ」
「いやいや、こんな素晴らしい料理を頂いて当然と云える荒縄な神経は持ちあわせておりませんです」
「本当ですよミケさん」
顔だけ上げて夫婦は口々に言う。強固な姿勢にミケは一瞬息を飲み、エプロンの裾をつまんで優雅に会釈を返す。
「神の庭のあるじとなられたお二人にそのようにお褒めいただけるとは光栄ですわ」
「…………え……?」
「……あるじ?」
神の庭。
それは、魔石の名前ではないのか。
怪訝な表情の二人に気づいたミケは、柔らかく微笑んで告げる。
「神の庭のあるじ、稀人のご夫妻さま。この世界においでくださり、獣人族を代表し猫族一同、歓迎いたします」
恭しく頭を下げるミケ。
堂島夫妻は硬直して動くことができなかった。