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第7話

 幸せな満腹の苦しみから解放される頃には夜の九時を回っていた。

 コーヒーを飲みつつ、二人でふかふかのソファにだらけた恰好で寝そべり、お互いにスマートフォンに入れていたオフラインのアプリで遊んでいる。なお、毎回通信が要る認証型のアプリは全滅だった。

 本の某SNS限定で公開されていた一分間でブロックを消すアプリを遊び終えた亜希子が言う。

「そういえばさ、スマホの放熱が全然ないの気付いた?」

「──ああ、言われてみれば」

 割引で購入していた名作リメイクのアプリ『最終幻想Ⅴ』で遊ぶ脩平がのんびりと答える。

「あたしがやってるゲーム、放熱が甘いとすぐフリーズしたり最悪、再起動してたんだけど、こっちに来てから一度も無いんだ」

「それはすごい……そうだねぇ、俺のも熱くないわ」

「スペック見てみよう」

 いそいそと操作する亜希子に、脩平がこぼす。

「きっと変態ビルドなんだろうなー。スマホなのに」

 夫の言葉に軽く噴き出して亜希子が答える。

「うん、二十万のグラボ積んでても不思議じゃない──よし、で……た……」

 亜希子の語尾が不自然に途切れ、そのまま固まる。

「どうしたの?」

 世界注文のパフォーマンスのようなロボットじみた動きで無表情の亜希子がスマートフォンを差し出す。

 受け取った脩平の目に飛び込む文字は、CPUやメモリなどのハードウェア情報の右側に表示される短い単語が二つ。


 No Data


「なんじゃあこりゃあ!?」


 おっさんホイホイな単語ベスト10に収録されるだろう、定番の(セリフ)をあげた。






「いい加減脩平にクラフト教えたいんだけど次から次に面白現象や挙句の果てにNo Dataとか卓m@s動画かっつうの!」

 色々キレたらしい亜希子がノンブレスで言い、ソファに突っ伏す。

「まあまあ、スマホは普通──いやそれ以上だけどさ、使えてるんだし気にしたら負けだよ」

 言いながら脩平はローテーブルにスマートフォンを置き、妻の頭の隣に移動して頭を撫でる。三十秒ほど続けていると亜希子がぼやきだした。


「うぅううう。どうせならデスクトップが良かった。シェーダーがちがちの影MODでクラプラ遊べたのにぃいい」

「そっちかい」

 ヲタ嫁のせこすぎる欲望に撫ぜる手はそのまま空いた手で突っ込む脩平。

「うー」

 唸りながら上体を起こし、脩平の腿に頭を載せて枕とする亜希子。更に数分撫で続けてもらい、やっと落ち着く。


「お茶ほしい」

 グルーミングに満足したのか、膝枕のまま亜希子が言う。

「はいはい」

「動いちゃ駄目ー」

「どうしろと!?」

「クラフトの練習するのだ」

「え、どうやって」

「仕方ない。ポットにお水入れて袋のコーヒーとお砂糖とミルク持ってくるのだ」

 渋々ながら頭を浮かして起立を促す。

「……はいはい」


 脩平が言われた物を持って戻ると、ソファに座りなおした亜希子が待っていた。

 夫がソファに腰をおろすのを見てから口を開く。

「はーい。まずはヒムプラを出して」

「『ヒムクラプラス』をそう略したのね──出したよ」

「次は持ってきてくれたのとマグをひとつインポートしてください」

「はいよ」

 マグカップ一個、水の入ったポット、コーヒー豆、砂糖の袋、粉末ミルクのボトルをインポートする。

「クラフトタブへいまインポートしたのをドラッグしまーす」

「ほい、ほいっと」

「クラフト画面に切り替えたら、ドラッグした材料を九マスのどれかに適当にドラッグします」

「よっ、とっ、ほい──お、何か出た」

「九マスの右にあるひとマスが完成マスです。タッチすると説明が出ます」

「なになに──『暖かいミルクコーヒー』……まんまだな」

「完成マス以外のマスやタブへドラッグすると決定となります。材料が足りていれば完成マスをダブルタップすることで二個作れたり、長押しすれば個数入力も可能です。まあ今回はエクスポートタブへドラッグしましょー」

「ほうほう。おお、ポットや材料が残った」

「使ったポットやお砂糖なんかも戻したいので一緒にエクスポートよろしく」

「おっけ」

「ではテーブルの上にエクスポートで、おしまいでっす」

「おおー」

 テーブルに音無く湯気を立てるミルクコーヒーで満たされたマグカップとポット等が出現する。

「飲んでみて」

 亜希子に促され、猫舌の脩平はゆっくりとすする。

「うん、ちょうどいい甘さ」

「クラフト画面で材料を適当に並べれば、『当然できる』ものが完成マスに出てくる。それだけの機能だから気軽に使えるよ」

「なるほどね。ミルクと砂糖込みでクラフトしたから甘いミルクコーヒーができて当然だ、と」


 頷く亜希子に脩平は大きな疑問を投げる。


「でもさ、なんで水の入ったポットでホットコーヒーができるんだ?」

 言いながらポットに触れても特に熱くないが、水位で量が分かる側面のゲージは確かに減っていた。

「そこがチートたる所以(ゆえん)だろうね。完成品がホットコーヒーなら、お湯でなきゃいけないと勝手に判断、処理してくれる」

「すっげえなー」

「材料さえあれば何でも創れると思う……まあ、その材料とか資源とか集めるのが少し手間になりそうだけど。明日は資源集めに行こうと思います。脩平も一緒に来る?」


 亜希子も一拍置く間に思考操作でミルクコーヒーを用意し、材料も戻す。


「そうだねえ。周辺地域の把握と人探しもしたいし、ついて行くよ。それにしても思うだけで操作しちゃう亜希ちゃんも大概チートだと思うよ……また早くなってるし」

 小さく笑って亜希子はミルクコーヒーを口にする。


「思考操作お薦めだよ──って思い出した。脩平の攻撃手段決めてなかったね」

「え、北東・友情破顔拳でいいじゃん」


「必殺技じゃなくて──そうか、あたしも無いや。肉体はいいけど戦闘技術が」


 言葉を止めて俯き、手を口元にあてる亜希子。

(いくら脩平が襲われてたからって速攻で首ちょんぱする思考回路もってない。……追い返すとか鎮静とか手段はいくらでもあったのに、普段と違う。短絡的すぎる──いや、それだけの危機だと追いつめられてた? だからこそ最短で終わらせる手段を取ったんだ)


 あの時の自分は覚悟を決めるしか(・ ・)出来なかった。


 いくら肉体が強靭で魔法や飛行まで習得しても、扱う人間の精神的強さや戦闘センスまではチートの恩恵を受けなかったと判断できる。


 非常に危険な状態だと亜希子は理解した。


「ごめん亜希ちゃん……話が見えない」

 黙り込む亜希子に困り顔の脩平が言う。

「すまぬ。ちょっと言い直すから煙草一本分時間ください」

 顔を上げない亜希子に気圧された脩平は頷くしかない。

「う、うん」


 きっちり煙草一本分の時間、脩平を待たせた亜希子が口を開いた。


「通常攻撃の手段や戦闘技術を身につけて、不測の事態に備えたいと思います」

「何と戦うつもりなんだ……」

「いなかったけどモヒカンとか、野生動物かな」

「亜希ちゃんはもう平気でしょ?」

「出会うたび毎回首ちょんぱさせる気か?」

「魔法あるじゃん」

「魔法自体は万能だけど使い手がヘボだとさっき気付きましたー」

「えええ、どこが」

「今日のシカさんね、大人しくさせるとか追い払うとか色々あったはずなのに、さくっと()っちゃった事だよ……場慣れしておかないと、危険な時に最悪の選択をしそうで怖くてさ」

 言って亜希子がマグカップの中身を飲みほして長い溜息をつく。

「……成程ね」

 対する脩平も腕組みして低く唸る。


 数秒の無言を破るのは亜希子だった。


「ネット小説で召喚された勇者がいきなり襲われるのも、腹を(くく)らせるのと戦闘技術に対する理解を深めるためなんだろうね」

「そういう描写多いの?」

「……まあ、テンプレ」

「そっか。なんか擬似的に練習できる場所があればいいのにな」


 何気ない脩平の一言に亜希子は驚愕の眼差しを向けて呟く。

「脩平天才」

「え、なにが」

「擬似的な練習場所」

「そうなの?」

「うん、ちょっと怖いけどツールをもうひとつ創ればいける」

「あー、ツール頼みか」

「おっかないけど背に腹は代えられないからね。んで、参考にするのはアルタイルさんのミニゲームを(もと)にしたものか、M○GENのランセレバトル」

「アルタイルさん? ……なんかどこかで聞いた気がする」

「あたしが結構見てた動画の暗殺者のゲームの主人公。丁度よくVR(ヴァーチャル)で十世紀ぐらいの世界で戦う設定で、ミニゲームに敵を一定時間ひたすら倒しまくるものがある」

「ああ、思い出した。亜希ちゃんが全シリーズ追いかけてる動画で、かなりスタイリッシュに敵をなぎ倒すやつか」

 現在シリーズ四作目が出ている、リンゴを奪い合うアクションゲームだと気付いた脩平の回答に亜希子が頷く。

「そうそれ。M○GENとどっちがいいかな?」

「俺としてはM○GENのほうが馴染みがあるかな」

「見るんじゃなくて実際に戦うんだよ。しかも相手が神キャラとか12Pとかだよ? あたしそんなに観てないから上手く言えないけど」

「なにそれ怖い」

 転移する前の今日の朝もM○GENのトーナメント動画を見ていた脩平がドン引きする。

「────いや待って、M○GENがいい。痛みは武器がつねって引っ張る時ので素手が……」

 言いながら気付いた亜希子は自分の掌に拳をぶつけて頷く。

「これくらいかな」


「ちょっとまってローキックで木を粉砕する肉体の拳の痛さとか想像できない」

 ノンブレスで言う脩平はさらにヒく。


「え、自分でやってみたらいいと思うよ。ちょっと鈍い痛みだけだから」

 亜希子の言葉に促され脩平も試してみる。

「ほんとだ」

「この感じに猫だましを足したのを遠距離攻撃にして、で。足技はこう」

 言いながら手の甲を軽い音をたててはたく様を見る脩平が、正直な感想を口にする。


「なんというヘタレM○GEN」


「そりゃあ私らの練習用だもの。慣れたら痛みのレベルを上げればいいだけ……うん。ゲージ技は今までの痛みの複合でいいよね。対戦回数は一回から三人抜きで、相手キャラ選択可能。案山子ステージも要るね」

「案山子?」

「対戦相手が棒立ちの練習台だよ。私が欲しいから……初回はそこに行く絶対に!」

「そんな強調せんでも……」


「じゃあM○GENでいいね?」

「うん」

「じゃーやります!」

 気合を入れてロックを解除したスマートフォンの画面を凝視する。

 魔力の揺らめきが全身を覆い、脩平にも視ることができる濃度だった。

(『はじめてのM○GEN・クラウド型戦闘技能習得ソフト──略してはじむーインストール!』)


 スマートフォンの機能と外見を有する、スマートフォンでは無い何か。


 ならばアプリという名前よりも、亜希子にとって上位のものとイメージするソフトと指定する。また、能力はスタンドアロンのみで無いはずと強く思い、亜希子は画面を見つめ続ける。その亜希子を脩平が見つめ、一分以上経った頃、通知領域にメッセージが流れる。

『擬似戦闘VRソフト、はじむーがインストールされました』


「……できた」

 ため息をつく亜希子の顔が赤くなり、汗が大量に浮かぶ。

「亜希ちゃん、凄い汗……!」

「あ、ほんとだ。うわー全身汗かいてる」

「大丈夫!? 苦しいとかない?」

「うん。少し息苦しいけどそれだけ。水中で息止めてたみたいな感じ」

 言いながらスマートフォンの画面を脩平に見せる。ホーム画面のサブフォルダに存在する、赤い四角に強調ゴシック体の「M」のロゴ。その右下に不似合いな若葉マークが張り付いていた。


「『はじむー』……?」

「えっと、はじめてのM○GENを略してみたの」

「……」

 脩平は無言になりアイコンを凝視して、亜希子が口を開きかけた時言葉を紡ぐ。


「あ……ありのまま、今起こった事を話すうぶぉ!?」

「突っ込みたいなら素直に言ってよ!」


 ネーミングセンスの無さを自覚する亜希子は赤い顔を更に赤くして脩平の口をふさいだ。



 すぐに擬似戦闘VRソフト『はじむー』を試そうとした亜希子だったが、汗だくになった身体を案じる脩平によって翌日に持ち越しとなった。


「今日はもう何にもしちゃ駄目! お風呂入れてくるからそこで待ってなさい!」

 おかん属性を遺憾なく発揮した脩平に強く言われると弱い亜希子は大人しく待つ。確かにソフトのインストール直後は息苦しかったが、数分もしないうちに復調していた。




 幸いというか当然というか、キッチンからボタンひとつでお湯張りができたため、待ち時間の間に洗い物を片付ける脩平だった。

(まったく、すぐ無茶をするんだもんなー。亜希ちゃんの大丈夫は『まだ行けるはもう危ない』と一緒だっつーの)

 胸中で愚痴りつつもこまめに手が動き、洗剤の泡まみれだった食器をひとつひとつ丁寧にすすぐ。

 システムキッチンゆえに自動食器洗い機も標準装備していたが、使用経験が無いため信頼できない脩平は普段のように手洗いを選んだ。


 浴槽に湯がたまる音もなく、洗い物を終わらせてソファで一服しているとお湯張りのボタンがあるパネルスピーカーからメロディと日本語でガイダンスが流れる。

『お風呂が沸きました』


「「なんでやねん!」」


 日本の自宅でほぼ毎日聴くものと全く同じで、脩平と亜希子は思わず異口同音の突っ込みを入れた。


 ジャグジーで泡まみれになり全身洗うという正統派アメリカン風呂を堪能した二人。

 風呂からあがって脩平はろくに髪の毛も乾かさずベッドに倒れ込み、濡れ髪をドライヤーで乾かすと三十分かかる亜希子が眠気をこらえて髪の毛を乾かすためだけに『リフレッシュ(髪 が 乾 く)』を生み出し、半ば無意識に脩平にも掛けてから眠りに落ちた。

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