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第5話

 あまりにもアレな鑑定の説明文に、脩平も亜希子もつけたばかりの煙草が手から落ちていた。

「パッシブソナーって……」

 あれほど高まっていた釣りの情熱がかき消えた脩平の疑問に、反射的に亜希子が答える。

「確か……相手から出る周波数だかを受け取る、だったかな……」

 言いながら落ちた煙草の火を消し、軽く海水に浸けてから吸殻を携帯灰皿に捨てた。


「なんでイカダについてるのさ」

「さあ」

「各種ギミックって、使用者の危機って何さ」

「……さあ?」


 更なる疑問を投げても亜希子は首を傾げるだけ。その仕草は充分可愛らしいのだが、イカダのオーバースペックに自身の理解を超えた脩平は頭を抱えて蹲る。


「ああもう、凄いのができるとは思ったけど斜め上すぎるだろマジで!」

「一番イイ装備を頼む?」

「むしろ予想外だよ!」


 脩平の切れのある返しに亜希子は噴き出し、笑いが止まらない口を手で覆って夫に言った。


「い、良いじゃん、こんな──ぶふっ、面白いの。追随機能だって──ふ、うふふ。追いかけてくるんだよ、わんこみたいに!」


 言われて脩平はつい、想像してしまう。

 砂浜で笑いながら軽やかに駆ける自分たちの後ろを──飛び跳ねて追いかけるイカダ。イカダとキャッキャウフフ。

「ぶふぅッ!!」


 あまりにシュールな連想に笑いが止まらず、二人は砂浜に転がり笑い続けた。

 当のイカダは沈黙を保ち、まるで二人が落ち着くのを待っているようだった。



「ああ笑った、脇腹痛い」

「っはー、面白いねえ、脩平」

「突っ込みどころしかない面白さだけどな」


 イカダを前に座る夫婦。陽が落ち始めた白浜の潮騒と穏やかな海風が二人を包み、つい時間を忘れそうになる。


「気持ちいいね。海っていいよねえ」

「ああ。異世界だけど、やっぱいいな」


 目を細めて沖を見る妻に、夫は頷きを返し、後ろから抱き締めた。


「んん? なんだい?」

「ほんと、亜希ちゃんが一緒にいてくれてよかったと思う。俺一人じゃこんなこと出来ない」

「んー、そうだねぇ、脩平は苦手そうなシチュっぽいねえ」

「はっきり言うな」

「でも、やらかすあたしを制御してくれる脩平がいないと、困るな」

「それはもちろん」

「なのでこれからも一緒にいるのだ」

「こちらこそよろしく」


 軽く唇を重ね、微笑みあう。


 お互いの鼻が触れる距離で亜希子が口を開いた。


「さて、釣りに行きましょー」

「うん」

「そうだ。専用ツールとやらもインストールしないと。どうするんだろうね?」

「……どーなんだろうね」

 甘い空気が一瞬にして霧散するさまを脩平は確かに視た。



「パッシブソナー……ソナー……うーん」

 脩平に後ろから抱き締められたまま、腕組みして咥え煙草で呟く亜希子。スマートフォンを探しても専用ツールなどが存在しなかったため、亜希子の妄想力に頼ることになったが、当の彼女は現在大絶賛悩み中である。


 ミリオタでは無い亜希子にはソナーが活躍する作品のストックが少なく、せいぜいラーメン屋に置いてあった独立国家な潜水艦の漫画を待ち時間に読んだか、女子大生といちゃつく迷彩野郎か、トイ・ボックスと呼ばれた女神の強襲揚陸潜水艦の小説ぐらいだった。

 四時近くなって魚が活性化する時間が近づき焦りを感じるが、ソナーがあれば釣果が大きく変わるため、脩平も大人しく彼女を見守っている。


 煙草一本分、悩みぬいた彼女に天啓が訪れた。

「……そっか。ソナーっていうかレーダーでもいいんだ」

「え、思いついたの?」

「うん。きっと大丈夫」

 言ってスマートフォンのロックを解除し画面を見つめる。指先にゆらめく魔力を感じながら言葉を胸中で紡ぐ。

(『生体反応検知アプリ』『イカダ連動』)

 ──五秒後、通知領域にメッセージが表示される。


『生物探知機・改がインストールされました』


「──おおう、色々危ない名称ががが」

 引きつり笑いをする亜希子に、気付かない脩平が言う。

「そう? 別に普通じゃないか。魚探よりも性能よさげだし」

「…………えっ」

「えっ?」



 亜希子がイメージしたのは、地球を拳一つで縦割りできるメガネっ娘ロボの連載を終わらせるために生まれた、不思議なボール捜しから始まる冒険譚に登場する探知機で。

 そんな、おととしリメイクしたり劇場版も公開された国民的アニメの一文字が含まれていることを説明すると、脩平もひきつった顔になり、

「ま、まあ異世界だし」

 の一言で終わらせることにした。

 そもそも亜希子がシンプルに魚群探知機とイメージできなかったが故のアプリだが、従来の探知機とは比べ物にならない性能を持っていた。


 アプリを起動するとまず探知範囲の選択が出現し、短く上、下、すべての三種類あった。試しに上を選ぶと3Dマップが現れ、現在位置を示す3Dの赤い矢印が下向きに、画面右上には方角が記してあった。また、鳥のマークとイノシシらしい四足動物のマークが単純化した森の描写の上に重なって出ている。

「うわ、なにこれ」

「ほんとに高性能っぽいな。イノシシのところ触ってみてよ」

「う、うん」

 マークをタッチするとイノシシの背中から斜めから始まり真横に伸び、『イノブタ・1・距離二二七一』とメッセージが線の上に出て、更にマップがイノブタを正面奥に据えるよう回転する。それに追従して矢印も向きを変え、高さに合わせたのか、矢印は少し上向いていた。

 鳥をタッチすると更に矢印は上を向き、『ヤマバト・8・距離五一四四』となった。


「うわー、このアプリで方向決めれば狙撃も楽そうだね」

「狩猟はしばらくいいかなあ、シカさんあるし」

 感心しきりの脩平に亜希子は水を差してしまうが、興奮する彼は気にも留めず言を継ぐ。

「さあ、これで魚探も使えるし、出発しよう」

「そうだね、胴突きでイシモチ仕掛け……オモリは30から60でいいかな」

「いいんじゃないかな。ジャリメも太いのばっかりだったし」


 異世界での初めての釣りはオモリを海底につけた状態で釣りをする、いわゆる胴突きに決定した。

 この異世界に転移する前の目的はライトアジ。ビシアジと呼ばれる130号(488グラム)を装着する従来のアジ釣りもあるが、ライトアジは40号という軽さで子供でも楽しめる初心者向けの釣りだ。


 しかし釣りバカ夫婦はそれなりの装備を所持していた。


 タックルは口の弱いアジのための6:4の胴調子のロッド。ライトマダイ用の柔軟性と粘りを持つ、去年新調したばかりのものだ。リールは小型電動に2号のPEラインを400メートル、未来のマダイのため去年夏のボーナスで揃いを購入した虎の子である。ちなみに本来はバッテリー駆動だがこれまた魔力が動力源となり、かさばるバッテリーを持たずに済んでいる。

 ……今回の釣りは手巻きで十分なためそもそも使うことはないが。


 この二人分のタックルで国内なら沖縄や北海道のいいホテルで一週間連泊もできるほどだが、2年以上顔を見れていないマダイのために頑張った。



 大人げない────釣りに老若男女は無いが────ガチ装備(タックル)とクーラーをイカダに載せる。


「それじゃあ出発、だね」

「うん」

 満面の笑みを浮かべる脩平が、一応牽引ロープを持って宙に浮き、続けて亜希子も空へのぼる。

 強化のおかげで砂浜から直接引きずってもものともしないイカダが波を超え、海面へ滑るように浮かんだ。

「おー、進水式は無事に成功だね」

 脩平の隣に来た亜希子が小さな拍手をし、タックルを取りに戻った際に回収した小さな白ワインのボトルをエクスポートする。

「あ、亜希ちゃんありがとう」

「お神酒は大事だよね、日本酒じゃないけどさ」

 キャップタイプのテーブルワインがあったことに、無事浸水できた事に感謝し、キャップを開け白ワインをイカダに降り注いだ。本来ならボトルごと船体にぶつけるが、板しかないイカダでやるには危険すぎたため、中身だけに割愛となった。

 白ワインをすべてかけ終えた亜希子がインポートで空のボトルを収納し、二人は一〇〇メートル先の沖を目指す。


 輝く夕日が浮かぶ海面は穏やかで、初夏の夜釣りを思い出させた。


 目的のポイントに到達したため、ラインを出して仕掛けをつけていく。

 最初にサルカンという、ラインと仕掛けを連結する金具をラインに結び、次いで脩平自作の三本針の胴突き仕掛けに結んであるサルカン同士を連結させ、最後にオモリを仕掛けの一番下のサルカンと掛ければ装着は完了する。


 あとはエサをつけるだけなのだが、ジャリメを一時保管するエサ箱がない。


「脩平、エサ箱どうしよう? 創る?」

「置き竿にして待つ間に作ってもらっていいかな」

「はーい。じゃあとりあえず二匹おくれー」

「ほい。この餌とか、共有できないのかな?」

「ログハウスに戻って覚えてたら調べるよ」


 エクスポートされた元気なジャリメを掌で受け、手早くジャリメの口を針掛けして、脩平を待つ。

「準備できた?」

「よっ……と。よし、できたー」


 電動リールのスプールを抑えながらクラッチを切る二人。

 亜希子が距離を取って一〇メートルほど離れながら言った。


「カウントダウンはオー泉さんのウィリー事件でいいかしらー?」

「それって言うの俺?」

「そうだよ?」

「それじゃ事故るからやだよ!」

「つまんないの」

「これから楽しい釣りが始まるんだから勘弁してください本当に」

「はあい。それじゃいくよー」




「ごー、よん、さん、にー、いち、ぜろ、GO!」

「やっぱり言うのかよ!?」


 突っ込みながらもサミングをかけつつ仕掛けを投入する堂島夫妻。



 ようやく、アジでは無いが釣りを始めることができた。







 オモリが着底するまでのタナは三五メートル。砂浜の見た目通り遠浅の海岸で良いようだ。

 糸フケを取って二〇センチほど底切りすると、一〇秒から三〇秒に一回のペースで軽くロッドを上げおろしオモリで海底を突く。なにせ空中に居るままなので船の揺れによる誘いが無いのだ。身体が若返り、強靭になっていなければ結構な重労働である。


 脩平が誘いを五回ほど行ったとき、強めのアタリがロッドに伝わる。

「おー、かじってる。イシモチっぽいな」

「こっちも来たよ、──ん? アジっぽい……な」

 亜希子の竿先が大きく沈み、ぐぐん、ぐんと一定間隔でリズミカルに上下する。丁寧に竿先を上げてから一定の速度で巻き上げる姿を見ていると、連続した手ごたえがロッドに伝わり、竿先は暴れるように上下した。

「こっちはイシモチだ」

「大物じゃん、やったねー」


 三五メートルの浅い海で、仕掛けを海面近くに巻き上げたのはほぼ同時だった。

 イカダの前まで移動してからロッドを高くし、仕掛けを抜きあげてイカダに載せる。

 脩平の仕掛けには四〇センチオーバーのイシモチと、二〇センチクラスのイシモチが二匹。異世界では初のトリプルだった。三匹のイシモチはグーグーと浮き袋の音を鳴らし、白く輝く鱗が夕日に映える。

「一投目から幸先がいいな」

 ロッドを脇に抱えたまま大型から針を外し、釣り用のキッチンハサミでエラから背骨を切り、エラごとワタを引き出し海に投げ捨てる。そのまま海水で洗い、クーラーに放り込む。残りの二匹も同じように処理をし、タオルで手の水気を拭き取る。


「亜希ちゃん、エサ箱お願い」

「はいはい……っと」

 釣りあげた三五センチの大アジを同じようにエラごとワタを取り、下処理を終えた亜希子が宙空を凝視する。一五秒ほどで見慣れた木のエサ箱が出現し、左手で掴むと脩平に手渡した。

「おまたせー」

「亜希ちゃん……いまスマホ触ってないよね? どうやって材料出したの?」

「うん。スマホの画面脳内で呼び出せたから、試してみた」


 以前の仕事から亜希子が脳内シミュレータが得意なことは脩平も理解してはいたが、異世界でもいかんなく発揮する妻に乾いた笑いを浮かべたまま、スマートフォンから釣り餌のジャリメをエサ箱へエクスポートするしかなかった。


 時間経過とともに特技が増える亜希子に、更にもうひとつ派生特技が生まれる。

「ねえねえ脩平ー、イカダに竿掛け欲しくない?」

「かなり欲しい。チョイ掛けでいいから欲しい」

「かしこまりー」


 気軽に返事をする亜希子。まず自分のタックルとエサ箱を放り込んだクーラーをインポートしてイカダの上を広く取る。

 二度目のスマートフォンの脳内──思考操作を行い、材木をひとつ消費してY字型の軸の長い竿掛けと、軸が短い竿掛けを創る。竿掛けの軸受けにスズを使い、更に二股の下半分をスズで支えるように形成。

 竿掛けと軸受けを固定するボルトと、軸受けをイカダに固定するボルトも同じように処理する。


(竿掛けできたから、あとは……クラフトか)

 更に思考操作を続行し、クラフト画面で竿掛けと軸受け、ボルトをクラフトマスに表示させる。

 思った通り、完成マスには『木の竿掛け』がゲームチックなドット絵で出現していた。残った部品も同じようにクラフトする。


 今度はイカダへの取り付けだが────これもクラフトを試すことにした。


「脩平、いったんイカダをしまうよ」

「え、ああ。どうぞ」


 脩平の返事を半ば遮るようにイカダを思考操作でインポートしてクラフト画面に移動させる。イカダと木の竿掛け、ボルトをクラフトマスにドラッグすると、完成マスに『竿掛け付イカダ』が表示された。

「っし、できたー」


 小さく拳を握る亜希子は海面に新生イカダをエクスポートした。竿掛けはイカダの左右に二つずつ取り付けられ、床板には竿尻を差し込める金属の穴が開いていた。


「うわ、すごく立派な竿掛けがついてる。固定まで出来るんだ」

「あー、う、うん。そう。また余計なイメージくっついたけど、結果オーライってことで」


 竿掛けにも強化を施し、クーラーも再び出して釣りを再開する。

 やはり簡易的でも竿掛けがあると取り込みの作業が格段に楽になり、手返し良く釣ることができた。


 釣りの再開から三〇分ほどで夫婦ともども一五匹目を釣り上げる。

「いったん休憩。だいぶ満たされたよ」

「そうだな。お茶飲むか」


 亜希子の提案に脩平が頷き、スマートフォンを出して粉ミルクたっぷりの紅茶が入ったマグカップをエクスポートする。

「ありがと。んー、この穏やかな海! おいしいお茶! たまりません~!」

 淹れたての香りと少しの湯気を立ち上らせたマグカップを受け取り、飲みながらイカダに腰かけた。じつに幸せそうな表情に脩平の顔もほころび、自分用のコーヒー入りのマグカップをエクスポートして亜希子の隣に座った。

 楽過ぎる釣行にある種の後ろめたさを感じるが、二人で考えて行動した結果だと享受する。


 完全なべた凪では無いため、時折しずく程度の波が服にかかるが、亜希子の『浄化』を使えば問題ない。



「あ、魚探」

 幸せをのなか気付いた脩平がこぼした一言に、

「おおう、楽しすぎて忘れてた」

 と亜希子が答えた。


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