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第1話

「どう見ても壁紙です。本当にありがとうございます」

「……確かにぺけぴーのデフォだねぇ」

 小さな妻の亜希子がこぼした言葉に、夫である堂島脩平も言を継ぐ。


 目の前に突然広がった、真っ青な空になだらかな稜線を描く丘陵地。

 つい先日、サポートが終了したOSの初期設定時の壁紙に酷似していた。


 壁紙写真の撮影場所はアメリカの筈。少なくとも──夫婦共通の趣味である釣りに向かった金沢八景には、こんな土地はない。ましてや再開発前の駅構内の狭い階段を下りる最中にも。


 世界の変化はあまりにも突然で、前兆なく突発だった。


 亜希子は斜め掛けのベルトをつかみ、クーラーボックスを下ろして、手にしていたロッドケースをクーラーの角に掛ける。そのままクーラーに手を置き数秒逡巡したが、ちいさくかぶりを振ってヒップバッグから煙草を取り出し火をつけた。釣船に乗るまでは普段着の彼女は、冷房避けだったパーカーの前を開いてそよ風を取り込む。自然でいて不自然な動作を眺めていた脩平も胸ポケットから煙草を出して一服をはじめる。


 日差しは初夏を感じる程度に熱を持っていて、釣り親父そのままの服装の脩平は薄手のレインジャケットのファスナーをすべて下ろす。


 脩平は咥え煙草でスマートフォンを取り出し時刻を見ると午前十一時十六分。快特三崎口行きで金沢八景に到着してから2分しか経っていない。

 通知画面に繰り返しGPS取得中の文字が出て、通信サービスは無しになっていた。

 ただ、ニュースサイトを斜め読みしていた時に覚えていたバッテリー残量が八割のはずが、フルになっている。


「なあ、亜希ちゃん」

「んー?」

 亜希子の返事は平然としいていた。

「ここってどこなんだろうね。GPSも通信も駄目だ」

「んー」

 二本の煙が柔らかな風に流れるのを見送る亜希子。煙草半分ほどお互い無言で吸う。

 彼女の返事が遅いのはいつものことだったが、この異常事態に脩平は辺りを見回して言った。

「普通に階段を下りて、下りきっただけだよな……なのになんでこんなとこにいるんだ?」

 土曜日の午前中、程良く混雑した駅構内に居たはずの二人はいま、丘の中腹に立っていた。短い雑草だけが絨毯のように広がり、人影もない。


 一人きりならきっとパニックになっただろうが、やけに冷静にふるまう妻がいるおかげで落ち着いていられた。

「うーん……。亜季ちゃん、ちょっと上を見てくるから待ってて」

 携帯灰皿に吸殻を捨て、脩平は言う。

「了解ー」

 煙草を挟む手を口元にあてたまま亜希子は生返事をする。彼女の眉根が寄っているので集中して考え出したのだと理解した脩平は、二人分の釣具やライフジャケットを収納したタックルバッグを置いて丘の上を目指す。異常事態に高揚するためか、タックルバッグは重量をさほど感じなかった。

 緩い坂を、違和感とともに歩きだして──最初の一歩で更に違和感を覚えた。


(脚、軽すぎ……?)


 生まれてからずっと動かしてきた身体。一七〇センチ、体重七十八キロの肉体の動かし方など変わるはずがないのに、交互に足を出す動作が普段よりもずっと楽だった、が。

 ありえないほど楽過ぎて腿上げになる。

「わ、わ、わ……!」

 いつもの自分ならよろけて転ぶようなアンバランスな動作を、ふらつく事無く、階段の一段飛ばしのように脚が動き────三歩目で腿上げ・歩行・登り坂のコンボは自爆ひざ蹴りへと変化した。

「ふぎゅ!?」

 唇と歯が硬いひざにぶつかり、反射的に飛び上がりながら上体を反らす。動作は自然だが風鳴りが聞こえるほどの異常な速度で。重心が頭部に動き、ボールのないオーバーヘッドを決める。

「脩平!?」

 跳ねるように顔を上げた亜希子の驚く顔をしっかり認識しつつも、身体は勝手に軽い音を立ててつま先から着地した。


 子供のころから一度として挑戦できなかった後バク宙を決めてしまった脩平は膝から崩れ落ちた。遅れてきた緊張に鼓動が早まり、震える声で呟く。

「……っび、びっくりしたぁ……!」

 冷や汗で湿った掌で顔をなで、浅い呼吸を繰り返した。

「大丈夫!? っわっ、たっひゃぁああ!?」

 亜希子の呼びかけと悲鳴と風船が割れるような音とともに、妻のタックルが夫に決まる。

「どぉわ──!!」

「なああぁああ!?」

 もつれ込んだままあり得ない速度で丘を駆け上がり切るまで回転は止まず、土煙と青草の匂いにまみれた二人は、脩平を下に、亜希子を上にして荒い呼吸しかできなかった。


「…………あーびっくりした。本当に」

「…………ご、ごめんね脩平。大丈夫?」


 しばらく経ってからほぼ同じタイミングで落ち着いた二人は上体を起こし、あたりを見回す。

 広がる景色は、一〇〇%混じり気無しの大自然だった。


「……は!?」

「……え!?」


 坂を転げあがったことも忘れ、夫婦は口をあけたまま四つん這いになり、半径三メートルを探索した。

 丘の周囲は峡谷と森林、遥かな先に海らしき水が見える。峡谷の谷間を清流が流れていることも見て取れた。

「あれ、海だよね」

「きっとそうだよ」

 亜希子の言葉に脩平は応える。海=釣り以外の発想のない二人は予定を思い出す。

 今日はアジの半日乗合。いまごろ釣り座を確保して仕掛けを結んでいるはずだった。

「あー、三ヵ月ぶりだったのになぁ」

 肩を落とす亜希子に、

イシモチ(シログチ)も終わっちゃったし、ノッコミマダイは二年連続見送り…………ちくしょー! 食べておいしい魚を釣らせろ─!」

 吠えたてる脩平の言葉に感じ入る亜希子も思いの丈を込めて言う。

「イシモチのアクアパッツァ! 食べたいっ!」


 一度堰を切った欲望は止まらず、釣りたい&食べたい魚料理の応酬が始まる。

「アジの刺身! なめろうー!」

「アマダイの松笠揚げー! 炙り刺身─!」

「サバの味噌煮─!」

「ふぐ刺し! お鍋っ!!」

「カワハギ肝和えぇえええ!!」

 カワハギ、アマダイ、カレイ、ショウサイフグ、アカメフグ、タチウオ、アイナメ、カサゴ、メバル、アジ、金アジ、マサバ、ゴマサバ、イトヨリ、カイワリ、イサキ、キス、ヒラメ、マダイ、マゴチ、マルイカ、ヤリイカ、アオリイカ。


 釣り場(乗合)の出会いから始まった釣りバカ夫婦。

 夫婦で20年近く釣りあげた魚介類と料理を口々に叫び、十分ほどセルフ飯テロを敢行した二人だった。


 空しさとともに喉も限界を迎え、堂島夫妻は荷物を置いた場所まで戻る。

 最初に遭った肉体の誤作動のようなトラブルはなく、ごく普通に歩行が可能だった。

 クーラーボックスをテーブル代わりにして、草地に腰を下ろす。釣り用にそなえた炭酸飲料で喉を潤し、おやつの菓子パンをかじったあと煙草に火をつけた。


「建物とかなかったね」

「高圧線や鉄塔もだよ……ほんと、どうなってんだか」

 盛大に煙を吐き出した脩平に、亜希子は足元の雑草に目をやり、弱い声で言った。

「……あのね、すっごい変な考え言うけど、笑わないでね?」

「え、何か知ってるの?」

「んー…………知っているというより、よく読んでるラノベにありがちなシチュに似てるなって」

「ああ、亜季ちゃんでも読み切れないほど小説が載ってるサイトだっけ」

「うん……それで、脩平さんなら知ってると思うけど、ドラクルマガジンで昔連載してたファイナルファイト・ハイスクールとかの」

「あー……異世界? 突然召喚もとい拉致されて勇者押し付けられて戦うアレ」


 脩平の言葉にうなずく亜希子は続ける。

「うん。異世界──転移。たぶん、おまけっていうかチートあり」

「チート?」

「さっきの自爆バク宙とか、あたしのタックルとか、痛いところ全然ない。脩平も平気だよね」

「そうだね……顔面ひざ打ちしたと思ったんだけど、痛くない。あざもないのかな……?」

「全然ない。つか、お肌ぴちぴち……あれ、脩平の顔、ニキビあとが……消え、てる」

 固まりかけた亜希子の顔を脩平は見つめ、次第に目を見開いて言った。


「亜季ちゃん……しわ、なくなってる」

「え」

 瞬く間に亜希子はヒップバッグから手鏡代わりのスマートフォンを取り出し、カメラアプリを自撮りで起動させる。

「うわうわ本当だっ! ほ────頬骨も出てない!! マジで!?」

 頬を染めつつも姦しい亜希子の姿は髪型こそ現在(いま)のセミロングだが、脩平の眼には写真でしか知らない二十歳のころにそっくりだった。

 ひとしきり騒いだ亜希子だったが、自分を見て微笑む脩平を見つめ返した。

「脩平は……お腹周りがかなりすっきりしてる」

「大学のときはまだそこまで太ってなかったから。七〇キロ切ってると思う」


 十二歳の夏休みに交通事故に遭ってから激しい運動の一切を禁じられ、身長も父親に負けた脩平だったが、母方の五代続く米農家の血が、更に遡れば豪農の分家だったらしい父方の血が、彼の肉体を強固にしていった。スーツを仕立てる度に毎回「キャッチャーやってたんですか」と問いかけられるほど、見た目はがっちりしている。


「ひざの具合はどう?」

 亜希子の問いかけに脩平はひざに手をやり、状態を確かめた。

「ひざの皿はゆるくないね。ただ、本当に大丈夫かは分からないや」

「バク宙決めて痛くないなら平気そうだけど……まあ、怪我してもいやだし、安全第一で動こう」

「安全」

 身近にないキーワードに脩平は首を傾げる。

「そうだよ? 異世界召喚なのか転移なのか不明だけど、見通しの良い場所に居続けたら襲われた時逃げられない。ありがちな召喚用魔法陣もないし、水や食料の確保しないと」

「いきなりサバイバルか……リアルヒャッハーはやだな。とりあえず海行きたい」

 海が見えた方角に目を向ける脩平の言葉に亜希子は頷く。

「同じく。テントはないけど釣り道具もあるし、雨具もある。コンパスはないけど」

 お互いに最後の煙を吐き出して吸殻を携帯灰皿に捨てる。炭酸飲料を飲み干した亜希子は言った。

「太陽の動きが地球と同じとは限らないけど、重力は同じっぽい。さっき見えた峡谷沿いに下って行くのがいいかな」

「そうか、方角がわからないもんな」

「便宜上の方角は決めよう。うろ覚えだけど……」

 ヒップバッグからボールペンを取り出した亜希子は、なるべく平坦になった個所を探そうと見回すが、見当たらない。

「ま、ここでいいか」

 呟いてクーラーの上にボールペンを立てる。生まれた短い影を遮らぬように、天板に張り付けた五〇センチまで測れる目盛付シールと影が平行になるようクーラーを少しずつ動かす。おおよそ整うと、シールの目盛の二五センチのラインの左右に三角形と四角形、シールの両端に○と×の図形を書き込んだ。

「方角を書かないの?」

「うん。太陽だってこっちからすればまっすぐ動いてるとは限らないでしょ。なので変数にしたよ」

「ああ、季節で変わる、か」

 頷く亜希子は続けてバッグから手帳サイズのミニノートを取り出して、裏表紙の厚紙に煙草の箱を定規代わりに十字の線を引く。そして目盛の左右に描いた図形を書き込み、最終ページの1行目に

【1日目○(東)×(西)△(北)□(南)】

 と記入する。

「おー、これはいいね」

 ミニノートを覗き込んだ脩平に亜希子は苦笑する。

「適当だから、ないよりましってことで」

「いやいや、いい考えだよ」

「ありがと。こまめに確認していこうね」

 言いながら先頭の空白に、現在地から見える簡単な地形を描く。絵心のない脩平が上手いね、などとこぼし、五分ほどで地図は完成した。

「さてと、行きますかねー」

 ミニノートとボールペンをしまい、荷を担ぐ。

「んー、やっぱり重くない」

「そうだね、ありがたいけど不思議だよ」

「原木を素手で殴って木材にできるかな」

「クラフターは自重して」

 亜希子が遊ぶ擬似3Dゲームの「クラフトプラス」で最初にする材料集めの行為に苦笑する脩平だったが、亜希子は木を見つけたらきっと試すだろうと思った。


 二人は海を目指し、歩き出す。


「うわ、クーラーの中のオモリがガシャガシャいってるのにベルト痛くない」

「行きはけっこう重く感じたんだけどな、タオルしか入ってないみたいに軽い」

「ひざ、痛くない?」

「全く問題なし。これはいいねー」

「身体能力の底上げっていうか爆上げ。マジぱない」

 若返った身体のおかげでグラススキーが可能なほどの斜面を、顔をあげたまま通勤時さながらの速さで移動できる。二人でいることと軽い高揚が見知らぬ世界(ばしょ)に居る不安を薄めていた。

「視力も上がってる気がする」

 身体のあらゆる個所に補正がかかるのか、坂の途中から見渡せる景色の奥の木々まで鮮明に見えた。

「脩平は元々目がいいからねえ。あたしゃ良すぎる視界にびっくりだよ」

「いつびっくりしたんだよ、全然見えない」

 呆れ顔の脩平。速度はそのままに免許更新ぎりぎりの視力の亜希子は遠くを見つつ答える。

「きっかけは地図書いてた時。──おお、確信はいまだし」

「何で確信したんだ?」

「えっとねー、あそこ、森の奥にいる鳥さんの模様がくっきりはっきり」

「…………それは良すぎるな」

 脩平の眼にはそれらしき鳥の姿は胡麻粒よりも小さな黒い点に見えた。

「ズームしろーって思ったらなった」

「便利すぎだろ!?」

「これははまりますわぁ。テンプレよろしく魔法とか魔術とかいけるのかな」

「魔法ねぇ。『MPがたりないようだ』しか出ないわ」

「イオナズンだー。なつい」



 移動を開始してから二十分ほどで丘のふもとに到着する。

 自然のままの坂道を駆け下りる愚挙は犯していないが、使い勝手の良すぎる身体が驚異的な速度での歩行移動を可能にしていた。


 道行を振り返ると、丘というより山だった。


「うへえ、下山完了ってことかね」

 全く息切れしないまま移動できた事に、喜びよりも気味の悪さを知り声を漏らす脩平だった。

 地図と方角を確認しながら亜希子は言う。

「丘、もとい山がこっちで、北が…………こっち。おけー。移動するよ」

「はいはい」

 つい最近まで地図を読めなかった脩平が後ろにつく。野球場程度の平地の先には奥深い森があり、手前に背の低い木々が生えていた。

 その手前の木の近くまで来て、ゲームの行動を再現しようと亜希子は足を止めて辺りを見回す。そんな妻に脩平はく。

「……ほんとに素手でやるの?」

「手じゃなくて足でだけど、だめもとでやってみる。上手く行けば道ができるよ。……でも、その前に乾燥した小枝がありそうだから調べよう」

「了解」


 荷物を一番近い木の前に置いて二十分ほど探索すると、乾燥した枝、枯れ落ちた細い木が一抱えほど集まった。

「結構あるね」

「バンドでまとめて持っていこう」

 乾いた枝は楊枝のように簡単に折れて、長さを調整する。釣竿をまとめるロッドベルトと落下防止の尻手ロープを使い、枝をまとめて肩掛で運べるようにした。


「さて、リアルクラフターになれるかな?」

 六メートルほど離れた場所で一服を始めた脩平を観客に、亜希子は目をつけた木の前で軽いストレッチをする。

「無茶はしないでよ」

「へーい」

 新緑の葉をつけた木に触れて、軽く樹皮をたたく。

(折れたら資源として有効活用するからね)

 樹皮から手を離した瞬間、

「やっ!」

 短い気合いと同時にローキックを放つ。

 工事現場でも聞かないような打撃音がして、木は株を残して地面に倒れる。

 静かな森に響く衝撃と、脩平の噴き出す音と、驚いて飛び立つ鳥の羽ばたきが重なった。


「…………」

「ぶふぇっ、ごほっ、ゲホッ」


 振り切った足を地に着けた亜希子は興奮した声で咳き込む脩平に言った。

「クラフターどころじゃないよ、戦闘民族だよこれ!」

「うん……っげほっ。そ、そうだね」

「脩平もやってみてよ、きっともっと凄いよ!?」


 むせびが収まるのを待ってから脩平も挑戦すると────亜希子よりひどかった。


 最初に微風。直後に轟音と衝撃波が二人を巻き込む。

「ぎゃー!」

 事態を引き起こした本人が叫び、あらかじめ予想できていた亜希子は腕で目をかばいながら笑う。

「うっひゃー! キタコレ!」

 テンションMAXの亜希子はさらに続ける。

「これは魔法もやっとかないと駄目だよね! ええと何にしようかなっ」

 自身の半生で読んできた物語の呪文が脳裏に踊る。

「破壊に後継者に竜跨ぎに月型に──おっと忘れてた、魔力あるかなー? オドとかマナとか!」

 言って手のひらを見つつ集中すると、身体の中と手のひらから陽炎のように揺らめく何かを感じる。

「おおおお、いける? やれちゃうかも!」


「げほげほげほっ」


 しかし脩平の咳き込みに意識が逸れ、土煙で濁る視界の中亜希子は声をかけた。

「おーい、生きてる?」

「じ、じんで、る」

 ひっくり返っていた脩平がのろのろと上体を起こし、胡坐をかく。小さくうなずいた亜希子はクーラーボックスから残していたお茶のペットボトルを取り出し、脩平のもとへ行きお茶を渡す。

「ありが、と」

 むせながら少しずつ茶を飲む姿に亜希子は魔法に挑戦する。イメージは平穏。長年培った妄想力に後押しされ、変異した身体が実現を促した。


 夫の頸に手をかざして心の中で言葉を紡ぐ。

(『回復』)

「────あれ?」

 結果、夫の反応で成功を確信した。


 ペットボトルのキャップを閉めて脩平は首を傾げる。

「急に楽になった? 亜季ちゃん、何かした?」

「うむす。まほーなのだ!」

 実にイイ顔でサムズアップする嫁。

「……マジで」

「マジだよ? 魔力感じたからやってみた。呪文は熟語で心の中で。いわゆる無詠唱」

 言い終えないうちに風が舞い────煙が消える。


「もしかして」

「フフーフ。『浄化』ですよ!」


 得意満面の亜希子の向こう側が鮮明に見えた途端、脩平が声を失う。

「……」


「ああ……どれだけ吹っ飛んだかね」

 振り返る亜希子が見たのは脩平を起点として扇状に広がる抉れた地面とばらばらに倒れ折り重なる倒木。


 およそ一〇〇メートルの範囲が乱暴に整地されていた。


「いやあ、壮観、壮観!」

 腰に手を当てて亜希子はからからと笑い。

「な……なんだよこれ!?」

 空いた手をついて脩平が声を荒げる。すると、地面に触れた手のひらの周囲がひび割れた。

「うわっ」

「あらら、制御が甘くなってるね」

 事も無げに言う亜希子。

「ど、どういうこと?」

「例えるなら……今までは一の力で使ってたのが、いきなり一〇〇〇になった、かな」

「怪力人間てことか……」

 手のひらを見つめて脩平は呟くと、顔をあげて亜希子に問う。

「亜季ちゃんは?」

「大抵の異世界もの読んでるからね。なんとなく制御できてる?」

「すごいな……」

 感心する恭平に対して亜希子は苦笑を浮かべる。

「いやー、ご都合主義ってやつでしょ。主人公補正かもしれないけど」

「そう?」

「うん。────なんで、その手のペットボトル、割れないのかな」

「あ」

 指摘されて初めてペットボトルを凝視する。きちんとふたを閉めたペットボトルの感触は、今までと変わりなかった。意識して指の腹でボトルの柔らかい部分を押すと、ごく普通に弾力を返した。


「壊れないね」

「そう思うから壊れないのか、ペットボトルも変わったか……どっちかな」

「ペットボトルが変わった?」

「ゲーム的表現なら非破壊属性ってやつがつく。それで地面叩けばわかるかもね」

「……もったいないから空のペットボトルでやってもいい?」

「いいよー」


 触れるのが怖いという脩平に代わって亜希子はクーラーボックスを開けて飲みかけのボトルと空のボトルを取り換え、クーラーボックスのロックをかけなおす。先程の衝撃にも変わらず荷物は同じ場所に変わらずあった。

(非破壊ついたっぽいな)

 予想はするが、確信は持てない。

 脩平のもとへ戻り、空のボトルを手渡す。


「ほい」

「ありがと……どれぐらいの力で叩けばいいかなあ」

「軽くでいいと思うよ」

 亜希子のアドバイスに従い、ペットボトルの底で軽く地面をたたく。

 ────鈍い音を立てて半径三〇センチの地面が陥没した。


「これはひどい」

 脩平の言葉に亜希子は自分の頬に手を当てて言う。

「ちょっともったいないけど……ペットボトル、潰せるか試してもらえるかな」

「? わかった」

 普段通りに力を込めてボトルを潰そうとするが、いくら力を込めても形状は変化しなかった。

「んんんー! か……硬い」

「やっぱりか」


 改めて調査すると、未開封の食料、煙草以外はビニール袋も含めすべて非破壊属性がついていた。

 最初はいちいち手にして地面を叩き確認していたが、魔法ができるなら鑑定も出来るだろうという考えに至り、妄想力たくましい亜希子がひとまとめにやってみせた。

 もちろん脩平も鑑定を試したが、TRPGの判定をイメージしてしまい、更に頭の中のダイスでピンゾロを振ってしまった。


「おぉーい! 頭の中で『ごじってーんw』てコメが流れたぞ……!」

「『ラメール』のポップするアイテム系説明文を想像するのがおすすめ」

 脩平がやっているMMORPGに例えて、ようやく亜希子と同じ鑑定結果を得ることができた。

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