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姉と弟

 村外れの薬師くすしの老婆の家から、表現しがたい色の煙が上がっていた。

「あ、あたしの家が…」

 へなへなとその場に崩れ落ちたのは、煙が上がっている小屋の住人である薬師の老婆。彼女の目の前には、彼女が長年暮らしてきた愛する我が家が、無残な姿となってしまっている。

「おばば様、大丈夫ですか!?」

「この惨状を前にして『大丈夫か』と聞けるユウナ従姉ねえ様の神経が、信じられないよ。ぼく」

 冷静に突っ込んだのは、族長の末っ子であるファサード。通称「ファル」。冷静沈着な十歳児は、従姉の言葉にそう感想を漏らした。

「誰がどう見たところで、到底『大丈夫』とは思えないんじゃないかな」

 そう呟きつつ、駆けつけた村人に口から魂を飛ばしかけている老婆を自分の家に運ぶよう頼み、自身は、未だ謎な煙が立ち込めている小屋の残骸に首を突っ込んで犯人、もとい、姉の姿を捜そうとした。が。煙だけでなく、妙な刺激臭にあわてて首をひっこめると、小屋の残骸ごと周囲を結界で封じてしまう。

「サーラお嬢さんが!!」

「これくらいで、どうにかなる姉さまじゃないよ。それより、この煙とニオイが村に流れ込む方が問題」

 到底、姉に対する態度とは思えないが、彼が物心ついたころにはすでに、姉が謎の爆発を起こすのは日常茶飯事だったため、ちょっとやそっとのことでは動じないようなお子様に育ってしまったのだ。

「それと、誰かユウナ従姉様をおばば様から引き離して。でないと、おばば様の神経が擦り切れちゃうから」

 従姉のユウナは、悪い人間じゃない。むしろ、善人と言える。だが、彼女を言い表す単語をひとつ挙げろと言われた時、彼女を知るものは口をそろえて断言する。「天然」だと。「天然」ゆえに、何処をどう見たって「大丈夫」とは、口が裂けてもいえないような状態の人間に対しても「大丈夫ですか」と、普通に問いかけてしまうのだ。

「悪意がないのがいいのか悪いのか」

「悪意がない分、性質タチが悪いっすよね」

「だよねー」

 悪意がないからイイというわけではない。世の中には、悪意がない分余計に始末に終えないことだって、ままあるのだ。この場合、従姉のユウナはその天然さ故に、後者に当たるといえよう。

 そして、その天然さ故に、薬師であるローガンの神経をゴリゴリと削ってしまうのが、誰にとっても明らか。ただでさえ、不肖の弟子のせいで胃が痛い日々を送ってきていると言うのに、それに加えて今回の長年住み慣れた愛する我が家の大爆発である。口から魂が抜けかけているのに、その上、超弩級の天然人間である従姉にかかって止めでも刺されたら、確実に再起不能。いや、よくて再起不能。悪ければショックのあまり死んでしまうかもしれない。どっちに転んでも、この村の未来は不肖の弟子である姉の肩に全面的にかかってしまうことになる。と言うことは、村人全員、効果はありまくるが、見た目がアレすぎる(黄色に赤紫のチェックや緑に灰色のマーブル、朱色に青緑の水玉など)薬を服用しなければいけなくなる。しかも。姉の作る薬は、自害ようの毒がナゼか傷薬、それも、塗るのでなく内服薬になったりするのだ。そんなオソロシイモノ、平気で服用できるのは脳みそ筋肉な長兄ぐらいだ。

「姉さまのことは、愛しているよ? でもね、愛情でどうこうできるのって、限度があると思うんだ」

「一体何の話っすか」

「下手すれば、この村の人間、そろって姉さまのあのみょうちくりんすぎる薬のお世話に、これから一生、なるかも知れないってこと」

 族長の末っ子が口にした恐ろしい未来《if》話に、村人はそろって震え上がる。誰だって、効果が高いと分かっていても、見た目がアレすぎる薬を飲むのは腰が引ける。なんの罰ゲームかと、小一時間ほど製作者を問い詰めたいところだ。問い詰めたところでどうにかなるものではないのだが、そこはそれ。純粋に気持ちの問題である。


 族長の妻であり、サーラとファルの母でもあるプラタは、ローガンを客用寝室に寝かせ、姪のユウナを「サーラを発掘してきて頂戴」と言って体よく追い出し、各家の当座の薬の在庫及び貯蓄がどれくらいあるのか、村の女衆を集めて調べるよう指示を出した。

「我が家の薬は…と」

 プラタは自宅の薬箱をひっくり返し、娘が作っていない薬がどれくらい残っているのか、末っ子を助手に調べだした。

「あら嫌だ。何だって、こんな薬が」

「かあ様、これ、何の薬?」

「ファルには、まだ必要ないお薬よ」

 男性機能をどうこうする薬など、十歳児には全く必要ない。

「一体誰が。こんなモノ入れたのかしら」

 娘が作って入れておいたものではないことは、確かである。男性機能にどうこうする薬など、師匠であるローガンはまだ、教えていないし、そんな薬の作りかたが載っている本など、サーラの目の届くところになど置いていない。故に、サーラはこのテの薬を作れないから、薬箱の中になど入れておく事などできないのだ。それ以前に、ご家庭の救急箱にそんな薬が入っていることがありえない。このテの薬は、こっそりと服用するものであり、間違っても年齢がようやっと二桁になったばかりなお子様の手の届くような救急箱の中になど、常識的に考えてもありえない。

「あとで家族会議だわ」

 当然のことながら、お子様であるファルは、その会議には参加させてもらえない。と言うか、末っ子が寝静まったのを確認してから、開かれるのだ。まれに、この緊急の会議には長男の姿がなかったりするのだが、誰も気に留めない。むしろ、長男が出席していても空気状態で発言などない。脳筋オトコな長男にとって、この家族会議は頭を必要以上に酷使するとしか思えず。おとなしく空気と化して会議が終わるのを待っているのだ。たまに、会議中に眠っていたりするのだが、誰も気にしない。いびきがうるさいときは、サーラが愛用のハリセンでもって長兄の頭をどついて目を覚まさせるくらいだ。


「あたしじゃないわ」

「わかっているわ、サーラ。あなたとゴルは最初から数に入れてません」

 どうにか結界から出てきた娘を風呂場に追いやりながら、プラタは断言する。

「ゴルにい様にそんな薬を手に入れるコネも考えもないしね」

「お父様がうっかり入れてしまっている、ってことも考えられるけれど」

 プラタは溜息をつきつつ、続けた。

「何にせよ、明後日には皆帰ってくるから、晩に家族会議を開く必要があるわね」

 サーラは、母の言葉に「家族会議じゃなくてつるしあげなんじゃないか」と思いつつも、勢いよく頭から湯をかぶった。

「うわー。お湯が白黒」

 姉がかぶった湯が、白と黒に染まって流れていくのを見てしまった末っ子は、思いっきりどん引きしてしまう。

「黒いのは分かるけど…なんで白?」

「薬、かぶっちゃって」

「それでよく、姉さまなんともないよね」

「耐性、ついてるもの」

 耐性がついているとか、ついていないとかという話ではないとファルは内心で突っ込む。口にしないのは、ひとえに、従姉ほどではないが姉も相当天然な人間だからである。

「あー、でも薬、全部作り直さないと」

「姉さまひとりで作るのは止めて。ぼく、紫に赤茶色の縞模様な薬を使いたくないから!!」

 以前、風邪を引いた時に飲まされた薬を思い出し、ファルは震え上がる。見た目もすごかったが、味もすごかった。

「あの薬、おばば様の本には『竜退治に使う薬』って書いてたよね!」

「いやあね。竜退治用な薬を、人間に、それもお子様になんて服用させるわけないでしょ。アレはれっきとした、子供用の風邪薬」

「だったらなんで、あんなわけの分からない薬になったんだよ。しばらく、何を口にしても薬の味しかしなかったんだからね」

 弟の抗議を、何処吹く風とばかりに聞き流し、サーラは母が用意してくれていた新しい服に袖を通す。

「どっちにしたって、あたしだけでできるほど、量は少なくないから。あんたも手伝いなさいよ。ファル」

「言われなくったってそのつもりだよ」

 ファルはそう言って、溜息をつくのだった。

















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