嵐の予感
ロンバート傭兵団の新入り兵のノールこと、ノエルは胡乱な表情を隠そうともせず、目の前でしおたれている団長を見下ろした。
「…何をしているのか、聞いても?」
「サーラが…」
「お嬢さんが何かをしでかしたからって、いちいちヘタレてたら身が持ちませんよね。ぶっちゃけ」
ノエルの身も蓋もない言葉に、大陸中にその勇猛さを轟かせている(はずの)団長は、ますますしおたれてしまう。
「そう言ってやるなって。サーラ特性のわけのわからない薬をだまされて飲まされてから、親父。復活できてないんだから」
「ああ。あの。即効性のはずなのに、何故か十日かかったって言う謎の薬」
「そうそう」
ノエルの言葉に、相槌を打ったのはつい最近結婚したばかりの団長の四男坊。
「一体、何処をどうやらかしたなら即効性の薬が十日もかかるんでしょうか。遅効性にもほどがありませんか?」
「まあ。サーラだし」
「そうそう。サーラだしさ」
長男と次男坊が口々にそう言う。
「『サーラだから』で、大概のことがすんでしまうのだから便利なんだか、どうなんだか」
ノエルの言葉に、周囲の男たちの間から乾ききった笑い声がもれる。
「確かになあ」
「大概のことは『お嬢さんだから』ですんじまうんだからなあ」
「だな」
「それですまさないで下さい。お願いですから」
ノエルの言葉に、男たちは頭をかいた。
事実、彼らが暮らすこの村で起こる騒ぎの9割が、団長の養女であるサーラが起こす薬関係によっている。
「ちなみに、残りの1割は?」
「脳筋兄貴の斜め上の行動」
次男坊の言葉に、顔を引きつらせずにはいられなかった。
「あら?」
そのころ。話題の主である団長の最愛の養女であるサーラこと、サラディナーサは、自分の作った薬が納めてある戸棚の中を引っ掻き回していた。
「ねえ。誰か、あたしの薬戸棚、さわった?」
「誰が触るんだよ。って言うか、どんな自殺志願者だよ。ただ単に死ぬだけならそこらへんから飛び降りるなり、飛び込むなりするほうが、どう考えたって、手っ取り早いだろうが」
そうサーラの疑問に言い返したのは、従兄のひとりであるカロース、こと、カル。サーラと同様、村の薬師をしている彼は、普段、傭兵団と行動を共にしている。
「カル従兄さま、それ、どおいう意味?」
「そのまんまの意味だけど?」
ロンバール一族きっての毒舌家であるカロースは、従妹の言葉に、鼻を鳴らす。
「だいたい、お前の薬戸棚を触るような勇者なんて、存在するのかよ。この世に」
「いるじゃない」
従兄の嫌味を華麗に無視してみせたサーラは、戸棚を引っかき回している手を休めることなく、続けた。
「ゴル兄さま」
「あ~。いたな、確かに」
こちらも薬を整理する手を止めることなく、カルは従妹の言葉に思いっきり納得する。
「ゴル従兄《兄貴》がいたな、確かに」
思いっきり納得してしまう、カルであった。
「で? いったい、何があったんだ?」
「中身が減っているのよね」
「何が減っているんだ?」
「傷薬。それもリザードマン用の特殊な奴」
「村のやつじゃねえな。あんな、妙ちくりんな色の飲み薬」
「飲み薬!?」
素っ頓狂な叫びをあげたのは、最近、彼女たちの下に入ったばかりの新入り。この叫びからもわかるように、彼は、この村の出身ではない。老いたとはいえ、その薬師としての名は周辺国家に知れ渡っているこの村の薬師の老婆であるローガンに憧れ、弟子として押しかけていたのである。
「ふつう、傷薬は塗り薬ですよね!?」
「これ位で驚いてたら、この村じゃあ生きていけねえぞ。新入り」
「そうよ。いちいち、驚いてたんじゃあ、身がもたないわよ。新入りクン」
「新入り、新入り、うるさいですよ。俺にはインジィって言う立派な名前があるんですからね」
「新入りじゃん」
カルはそういって、鼻を鳴らすのであった。
「やっぱり、変だ」
「変なのは、今に始まったことじゃないだろ」
サーラの言葉に、カルはそう突っ込む。
「ひっどおい」
「事実だろ。だいたい、ノールのやつ見てたら俺でもかわいそうになって来るもんよ」
あんな人体実験としか思えないような薬を飲まされている黒髪の新入りを思い浮かべ、カロースはしみじみと続けた。
「可哀想に、今じゃ胃洗浄が日常茶飯事状態なんだぜ? お前の薬のせいで」
従兄の嫌味を、再び華麗に無視してサーラは薬戸棚を引っ掻き回すのであった。