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彼と彼女の秘密

「素敵なお式だったねえ」

 亜麻色の髪をふわふわ夜風に揺らしながら、自分の数歩前を歩く、少女の言葉に、黒髪の少年、否、青年はうなずいて「そうでしたね」と相槌を打った。

「シエラ従姉ねえさま、綺麗だったねえ」

「花嫁衣裳、よくお似合いでしたね」

「私も刺繍。がんばったんだぁ」

 普段は白い頬が、すこしばかり赤くなっている。結婚式の後の披露宴で振舞われた酒を飲んだせいだろう。ほろ酔い加減、とでも言うのか。普段より、足元がおぼつかない上に、口調も何処かつたない。

「ええ。よくできていました」

「えへへ。ほめられたぁ」

 瞳にあわせ、鮮やかな青い衣装に身を包んだ少女は、青年の言葉に嬉しそうにへにゃり、と、笑ってみせる。

「だあってねえ、母さま、刺繍、すむまでかいほー、してくれなかったんだもん」

 おかげで、薬が調薬つくれなかった……と、盛大にぼやく少女に対し、青年が思いっきり引きつった笑いを浮かべてしまったのは、普段、彼女のお手製の薬のせいでひどい目にあっているせいだろう。

「ノールも残念だったでしょお」

「いえ全く」

 間髪いれず、否定する。これだけは、きっちり否定しておかないと、後々、「ノールは私の薬がすき」と言う思い込みで、奇妙奇天烈な薬の実験代にされかねない。 

 それでなくても、最近、少女のお手製の薬を飲まされてはぶっ倒れるという日々を送っているのだ。この数日、彼女が苦手とする刺繍のおかげでアレな薬を口にせず、倒れることなく穏やかな日々を送っていたというのに、また、薬を飲まされて、ぶっ倒れた挙句、胃洗浄を受けるような日々を送りたくなどない。

「ええー。わたしのお薬、すっごいんだよお」

「ええ。そこは否定しません。いろんな意味でもって、すごすぎますから」

「えへへ~。ほめられたあ」

「ほめていません」

 少女、サーラの作っている薬の効果は、すばらしい。確かに、効果だけで言ったら、並ぶ者がないといっても過言ではないだろう。あくまでも、純粋にこうかだけであったら。

 何度も繰り返すが、サーラの薬は――――さすがに部位欠損を直すなんてことは不可能だが――――死んでいなければ、たいていの傷なら治る、と言えよう。だが。あくまでも効果だけ。薬には、効果も大事だが、ある程度の見た目も大事だ。サーラの薬はこれが、悲しいほど、なかった。

「ひっどーい」

 サーラは、ノールの言葉に頬を膨らませる。

「ノールだって、私の薬で助かったんでしょう?」

「ソレに関しては、感謝しています。ですが、あの場合、よほどの味覚音痴か、味を感じることができない者以外なら、誰だって意識を回復すると思いますよ」

 口の中に広がったあの味を思い出し、ノールは震え上がった。

「そもそも、アレは、気付け薬じゃないですよね?」

 瀕死の重症を追っている人間に対し、気付け薬を飲ませたって意味がない。そもそも。気付け薬の服用方法は、飲ませるのではなく、嗅がせるものだ。

 

 いや待てよ


 そこにいたって、ノールは、彼女の長兄が愛飲している薬を思い出した。中々綺麗な水色の液体だが、あの薬は、確か、本来内服薬ではなかったはずだ。薬師くすしの老婆に見せてもらった本には、『塗り薬』と書かれていたはず。切り傷に使用するのに、内服薬はおかしいと思って、確認させてもらったので、確かなはずだ。

「サーラ様」

「なあにい」

「あの薬って、気付け薬じゃあないですよね」

「どの『あの薬』?」

 実に恐ろしい返答がかえってきた。だが、これはノールの尋ね方が悪い。ノールが指している『あの薬』が一体どれを指しているのか、サーラにははっきりしないのだから。ゆえに、少々恐ろしい答えが返ってきたのであった。

「わたしが最初に口にした薬です。確か、藍色に赤紫の水玉が浮かんでいた」

「ああ、あれえ? うん、そう。飲み薬だよお」

「そうですか」

 その言葉に、とりあえず、服用方法は正しかったのだと胸を、なでおろす。

 

 ふたりは、そのまま、夜道を前後に並んで歩いていた。

「ねえ。ノール」

「はい」

「ノールって、本当は、騎士の身分だよねえ」

 思いがけない言葉に、ノールは目を見張った。

「何故…そう思われます?」

「だって、並んで歩かない、から、かな。いっつも、わたしの数歩、後ろ、歩いているし。それに、私に対する振舞い方が少し、ひっかかる」

「サーラ様」

 くるりとふりむいた少女の瞳には、先程の酔いはかけらも見当たらない。露草色の瞳が、まっすぐに、彼の空色の瞳を見つめている。

「父様がね。ノールの剣の使い方には、覚えがあるって言ってたわ。随分昔、似たような使い方をする騎士様と肩を並べて戦場を駆け巡ったって。その人も。黒髪に青い瞳の持ち主だったって。その騎士様って、ひょっとして、あなたのお父様じゃないの? ノール、いえ、ノエル」

 話した覚えのない、本名を口にされ、ノール、いや。ノエルは息を呑んだ。

「あなたの持っていた短剣。その刃に刻まれていた刻印、リントン王国の軍で用いられている紋章のひとつ。しかも、かなり高位の家にしか使用できない紋章だったって」

 サーラは淡々と、話を続けた。

「わたしが包まれていたおくるみにも、リントン王国の紋章が刺繍されていたって言うわ。あの国は先代の王が、従弟である当代の王に暗殺されたってもっぱらの噂。その原因となったのが、先代の王妃にたいする当代の横恋慕」

 サーラは、亜麻色の髪をかきあげた。

「わたし、この前、辺境伯のご子息に逢ったの。正確に言うと、彼のおつきの老人に。私を見て『サラディナーサ様』と呼びかけたのよね。そのご老人。初対面なのに、その方は私の本名を知っていたわ。それで気になって、父様たちに色々聞きまくったのよ」

「聞きまくったんですか。ですが、団長がそうそう簡単に口を割るとは思えませんが」 

 青年のもっともな疑問にたいし、サーラは笑って見せた。ソレは、言葉にすると「にいんまり」と言う表現がこの上なくぴったりくるような笑顔であったため、ノエルは思わず数歩後ずさる。

「ま、まさか」

「ふふーん。その『まさか』なんだな、コレが」

 そう言って、年相応に豊かな胸をこれ見よがしにはってみせる。

「わたしの作った『なんでもお話したくなる薬』を、父様のお酒に混ぜたのよねー。そしたら、十日たってから話してくれたわ。…なんで。十日もかかったんだろう。不思議よねー。わたし、即効性で作った筈なのに。なんでだろ」

「何て恐ろしいモノを飲ませているんですかー!!」 

 のんきに首をかしげているサーラに対し、ノエルのツッコミが夜の静寂しじまを引き裂き、村中に響き渡るのであった。












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