旅立ちの決意
奔って、走って、何とか山頂あたりにたどり着いた。このまま山を下りると、そこは街道があり、隣町に繋がっているらしい。
しかし、街道は平原のため、仮に竜騎兵たちが竜を駆って空から来られたら、すぐに見つかってしまう。
それよりは、一旦山の中に隠れて、暗くなってから山を下りた方が逃走確立は上がる筈だ、と俺は提案した。
逃げるステータスに関しては人並みの数値であるリタよりも、俺の方が上だろう。
ふとリタを見ると、リタも息を荒げ肩を上下させていた。無理もない。あれだけ走ったのだ。
だが何よりも、その表情が心配だった。リタはやはり村の皆が心配でしょうがないという様子だ。
村の一員となってまだ日が浅い俺だってこんなに心配なんだ。ましてリタは村長の娘でもある。きっと村長は村の代表として、何らかのペナルティを受けるに違いない。
「アハハ、何て顔してるのよ? ヘンな顔がもっとヘンになってるよ」
俺が掛ける言葉を探していると、リタが先に口を開いた。その様子は空元気であることがバレバレだ。
「いや、リタのがヘンな顔だぞ。すげー目が泳いでんだけど……」
言ってからしまった、と思った。また殴られる…ッ!
「だ、大丈夫だよね? 皆は、別に何もしてないし」
でも、リタは不安げに問いかけるだけだった。
いや、それは俺への問いというよりは、そうあってほしいというリタの願いのように聞こえた。
「…だ、大丈夫だって! あの隊長みたいな人が目を覚ましたら、きっと誤解だっつって笑って許してくれんだろ。そんな悪い人には見えなかったし…」
俺は必死に言葉を選んで、リタに話した。
別に俺は、リタが心配で安心させたいから言った訳じゃない。ただ、こんな風にしょげていられると、調子が狂うからだ。
俺の言葉を聞いて、無理やり自分を納得させている様子リタ。
それでも不安は消えないのか、落ち着きなく何度も火の魔術を発動させたり消したりしている。
「……なあ、リタ。これからどうする?」
この世界のことが何も分からない俺は、不安で仕方がなくて、たまらず聞いてしまう。
この先に行く当てはあるのだろうか、もし捕まったらどうなるのか。このまま逃げ続けるより、大人しく村に戻って事情を説明した方が良いんじゃないか。
そんな思いがぐるぐると頭を回る。
「……私、決めた」
リタがぽつりと言った。その目はもう泳いではいなかった。
「決めた? 何を?」
「私は国王軍の人を殴っちゃったから、きっともう村には戻れない。だから、私――」
そこまで言ってすくっと立ち上がった。その目は決意に満ちている。
俺は何かを期待せずにはいられない。リタなら、何か素晴らしい打開策を打ち出すんじゃないかって。
「私、シュートの旅について行くわ!」
「……は?」
予想の斜め斜め上の言葉。一体何を言っているんだ、この人は?
「シュート言ってたでしょ。元の世界に帰るって。それでもって手がかり探しに、旅をするんでしょ。だったら丁度今が出発のタイミングにピッタリじゃない?!」
「いや、いやいや。しないっつの! 俺、村に戻って、謝って許してもらおうと思ってたんだけど…」
それを聞いたリタは、ガックリと肩を落とし、盛大にため息を吐いた。
俯きながら、プルプルと震えている。
「あの、リ、リタさん?」
「君、今朝は絶対元の世界に帰るとかなんとか言ってたじゃない! あれはウソだったの?」
突然声を張り上げるリタ氏。
俺はとりあえず、落ち着くように必死で身振り手振りした。
リタが呼吸を整えるまで待って、俺はなるべく刺激しないような言葉を探した。
「確かに俺は元の世界に帰りたい。でもさ、俺が考えてたのは旅とかじゃないんだ」
「……じゃあ、何よ?」
「ズバリ、拠点を作って情報収集すること、だ!」
「…拠点?」
「ああ。どっか大きな町でレストランを営業しつつ、お客さんから情報を聞く。あ、俺は厨房に居る訳だから、情報を聞くのは店員な。ある程度情報が集まって、金が溜まったら、誰か腕利きの冒険家を雇って、ゲットした情報を元に探索してもらう。そんで最後は見つけた手段を使って俺は元の世界に戻れましたとさ。メデタシメデタシって……あの、どうしました?」
気が付くと、リタはさっき以上に怒りに震えており、俺への殺気すら感じる。あれ、このダジャレ良くね…?
とか思ってたら、突然の抗議の声で現実に引き戻された。
「ほとんどシュートは何もしてないじゃない!! そんなので、都合良く手がかりが見つかる訳ないでしょ!」
「いや、俺厨房でちゃんと働いてんじゃん」
「うっ…確かに」
何事か、と思ったが。何だ、そんな事か……。ハイ、論破終了。
「で、でも元の世界に戻る手がかりに関しては他人任せよね!」
「そりゃ、そうだよ。俺に“お客さんと会話をしつつ情報を引き出す”なんて超高等テクニックがある訳ないだろ」
俺は誇りを持って、高らかに宣言した。どうだ、ぐうの音もでまい。
「ダサッ……」
「なっ!?」
「そういえばシュートって、初めて私と会った時も、オロオロしてて何言ってるのか分かんなかったね~。そりゃあんな会話スキルじゃ、ねェ」
「くっ。あ、あれは……突然目の前にすげえ可愛い子が現れたら、男は大体……」
「……え? 何、もしかして今、可愛いって、言った?」
「ヱ!? いや、言ってない。言ってない!」
しまった。口を滑らせた。リタは尚もニヤニヤしながら追求してくるので、俺はしばらく木々の周りをぐるぐると逃げ回る羽目になった。
しばらく後、息が切れてきてようやく、今こんなことやってる場合じゃなくね? とお互い気付き、再び元の位置で腰かけた。
と、おもむろにリタは「とにかく」と何やらまとめに入りますよオーラを出して
「“何かを欲する者は、必ず自分の力でこれを得よ。他人にもたらされたもの、これ即ち無価値なり”、よ!」
イキナリ俺の眼前に指を突きだし、何やらエラい人の言葉っぽい事をのたまう。
「何だ、それ? どっかの偉い人の言葉、とか?」
問いかけると、リタは誇らしげに胸を張り(ペッタンコ、だな……)
「お父さんがよく言ってた言葉」
「……あ、そうだったの」
まさかの村長だった。
「それより、あんな騒ぎを起こしといてお店なんか出せる訳ないでしょ! 私たち、国王の直属軍の人を殴っちゃったのよ。結構な重罪なんだから!」
現在逃走中であることを思い出したのか、再びリタは盛大なため息を吐く。
「良く考えたら、大変な事しちゃったわね、私たち……」
ちょっと待て。
「私たち、ってなんだ。たちって!? 俺は何にもしてねーぞ!」
「……? 何を言ってるの? シュート、リーダーの人を気絶させたじゃない」
「いや、あれは単に熱中症で倒れただけだろ! 俺がやったわけじゃないっつの!」
「…辛旨地獄でやっつけたんじゃない、の?」
「……何だよ、辛旨地獄って?」
とリタを非難するも、本人はテヘヘと笑ってごまかすのみだ。
カワイイな、くそう!
「っつーか、大体何であの時リタは兵士を殴ったんだよ? 俺のは誤解です、で済む話だけど、リタのアレはシャレじゃ済まないんじゃね?」
「あ、あれは。あの人たちが、シュートの料理を悪くいうから……」
「え、何て言った…?」
そっぽを向いてブツブツと言うもんだから、良く聞こえなかった。いつものリタらしくない。
「な、なんでもない!」
と、何故か俺の肩口に一撃入れて、リタは立ち上がった。
痛みに呻きつつ、俺も立ち上がる。
すると、リタは村とは反対の道を指して
「シュートが消極的だから、私が手がかりを探す旅に出る。シュートは私の手助けね!」
と、当然のように宣言した。
「……ってちょっと待てい!! え、何で俺まで? “俺の料理で情報ホイホイ大作戦”は!?」
「うるさい。つべこべ言っちゃダメ!」
リタがムムム、と俺の反論を許さない嶮しい顔を作って言う。
俺はさらに反論の言葉を思案していると
「シュートは、将来の夢『専業主夫』なんでしょ。だったら、私の専業主夫になって、私の旅を支えなさい!!」
「……っ!!」
俺の体を雷が貫いたような衝撃が駆け巡る。確かにそうだ。これは俺が目指していた夢の一つの形。仕事に行くパートナーを支える形で様々な家事をこなす、つまり俺は何もしなくて良い!
「え、ちょっと待て。……それって、良く考えたら、俺がリタと、け、結――」
「違う! そういう意味じゃないわよ! ただ、私が旅するから、シュートはサポートしてってこと! どうせ行く当てもないんでしょ?」
リタは今まで見たことのないような珍妙な表情で慌てて否定した。そこまではっきり言わなくても良いんじゃね?
「……分かった、やろう。リタが手がかりを探して、俺がそれを支える。それで行こう!」
しばらく考えて、俺はリタの手を取った。このままリタと別れて村に戻っても、どうなるか分からないし、俺はこの世界の事を何も知らない。
それに、折角できた“頼れそうな人”と離れるのは、何か抵抗があった。
リタは満面の笑みで俺に応え、ブンブンと上下に振るのだった。
この時の俺は、この誓いがまさか異世界全土にまで及ぶ、壮大な物語の始まりになるとは、夢にも思わなかった。