真剣料理…!
食堂には物々しい雰囲気が満ちていた。
強面の鎧姿の男たちが数人、直立不動で竜騎兵Aさんの後ろに控えている。
そして、食堂の外には心配そうな顔でこちらを伺う村人たち。
俺はというと、厨房に立って、使用する材料と調理器具を並べていた。
「…シュート。あいつがひっくり返って逃げ帰るくらいのスゴイ料理作ってね!」
隣に立つリタがまっすぐな目で訴えかけてくる。
「いや、無理だ」
「……え?」
リタが迷子の子供のような表情になる。しまった、言葉が足りなかった。
「マーボー豆腐は火加減がかなり重要なんだ。だから、俺一人じゃ最高の料
理は無理だ。リタがいて初めて。完璧マーボーが出来るんだよ。だからリタ、協力してくれ!」
「……う、うん! …いっしょ。一緒にがんばろう!」
そう言って、エマはようやく笑顔を取り戻して俺の手をぶんぶんと振り回す。
……ヤベ、これ、もしかしてちょっと良いカンジなんじゃね?
このままハッピーエンドを迎えてその後のなんやかんやと妄想していると
「シュート君、といったね。君、これは何だ? まさか、毒物か!?」
雰囲気をぶち壊しにするジャマ者が現れた。花椒と唐辛子の粉末が入った瓶をそれぞれ摘み上げ、俺の眼前に突き出してきた。
「違うっつの! 全く、言いがかりもいいとこだ」
俺は瓶を引っ手繰ってポケットにしまい、改めて花椒と唐辛子を取り出して、男の目の前ですり潰して粉末にして見せた。
「……何だ、紛らわしい」
「逆ギレかよ!?」
思わず言ってしまって、後でヤバいと気づいた。俺、さっきからかなり反抗的じゃね?
チラリと男の表情を盗み見る。が、男は別段気分を害した感じでもなく、ただただ真剣に、俺の動向を見ているだけだった。
「……よし、分かった。材料は問題ないと判断する。続けたまえ」
「はいはい。ったく、邪魔だけはしないで下さいよ」
ナイフを手に取って、まずは長ネギをみじん切りに。さらにトウチを刻んで、と。
「そんで、ニンニクもみじん切り…と」
「―――な!? 人肉をみじん切りだと!? 貴様っ!!」
突然男は腰のマスケット銃を手に高速接近し、俺の眉間に突きつけてきた。
「え…え、え?」
何が起こったのかまるで分からない。男は息を荒げ引き金に手を掛けている。
何だ、何がまずかった? こんなとこで、ゲームオーバー、なのか?
「違います!!」
走馬灯を見始めた俺と男の間に割って入り、必死の様子でリタが叫んだ。
「シュートの居た世界ではリックスの実の事をニンニクって言うんです! 人肉って言ったんじゃありません!!」
「「……え?」」
リタの必死の様子とは対照的に、俺と男はそれぞれ素っ頓狂な声を漏らした。
すると男はすっと銃をおろし、俺の肩を叩きながら豪快に笑い飛ばす。
「はっはっは。何だ、紛らわしいじゃないか。びっくりしたよ。一瞬、君が遂に本性を現したんじゃないかって。いや~、あっはっは!」
誤解が解けて命拾いした。つーかバシバシ叩くなよ。あんた、攻撃力351なんだぜ。
ヒヤヒヤしたが、何とか再開。
その後は特に何もなく、料理は順調に進んだ。
「OK! じゃあリタ、頼んだ!」
「……任せて!」
いつになくリタは真剣だった。その口から紡がれる呪文は、いつもと様子が違っていた。
「……装填呪文、解放!!」
鍋を包む炎は絶妙にイイ感じだ! いつもなら俺を火傷させる気かってくらい激しいのが、今回は違った。
「すごいな、リタ。 イイ感じだ!」
「……へへ。でしょ?」
照れたようにはにかむその姿は、ぐっとくるものがあった。
いやいや、集中だ。
こうして完成した熱々マーボー豆腐を皿に盛り付け、挽き立ての花椒を振りかける。
俺は出来立てのままで、男の目の前に皿を持っていく。
「……作業に不審な点は無かったな。魔力を行使したのも彼女だけ、か。しかし装填呪文とは良い物を見たな」
顎に手をやってなにやらブツブツと言っている。
「早く食えよ。熱々のうちが、一番うまいんだぜ」
俺が促すと、男はようやくスプーンを手に取って、マーボーを一掬い取った。
そのまま一切のためらいも見せず、男はスプーンを口に持って行った。
やはり熱すぎたのだろう、男はハフハフと豆腐を口内でもてあそんでいる。
その仕草はいかついおっさんでなければ萌えただろうと思う。
「……ほう、ほうほう」
ようやく飲み込んだ男は、なにやら唸っている。
俺とリタはその様子をただ黙って見ているしかない。
と、どれくらいの時間が経っただろう。急に男はカッと目を見開いて皿を掴み
「……ガフっガフっガフっ!」
とマーボーを掻きこみ始めた。
「……ッしゃっ! 来た!」
俺は思わずリタにハイタッチを決めてしまった。
あっと言う間に完食してしまった男は、おもむろに立ち上がり
「何と、得も言われぬ味か。舌を痺れさせるペリカと唐辛子の辛味が絶妙にマッチし、豆腐と共に流れ込む。その素晴らしい組み合わせはまさに――」
そこまで言って男は急にぐらりと体を揺らしてそのまま仰向けで床に沈んだ。
今は真夏、そして店内には当然クーラー何てハイテクはない。加えて男は全身甲冑。明らかに熱中症だった。
しかし
「兵長!? しっかりしてください!」
後ろに控えていた兵達が、パニックに陥りだした。
倒れた男はうわ言のように水、水と言っているので兵士の一人が急いで水を飲ませると、徐々に顔色が戻り、荒い息が整ってきた。
「とりあえず、鎧は脱がせた方が良い、と思うんだが……」
俺は恐る恐る竜騎兵に言って見た。が
「貴様、やはり魔王の手の者だったか。兵長に何をした!?」
竜騎兵たちは中空に槍を出現させ、俺の首元に突きつけてきた。
その目は血走っており、何を言っても聞いてくれそうにはない。
と、兵士の一人が彼ら用に出したマーボーを頭上に掲げ、床へと投げ捨てた。
「あ……」
特注の皿は、間抜けな音を立てて割れ、料理は床にまき散らされた。
――――パン!
その時、乾いた音が店内に響いた。
「せっかくシュートが一生懸命作ったのに! 何てことするの!?」
リタが兵士の顔面を思い切り叩いた。その目には涙が溢れている。
「……リタ」
あまりに唐突な出来事に兵士たちは皆時が止まったように虚を突かれている。
が、ようやく理解が追いついた兵士たちはリタの腕を掴んだ。
「ちょっと、何するのよ!?」
「貴様こそ、国王軍に手を挙げるということが、どういう事か分かっているのか? 貴様もあの者の仲間だと判断し、連行させてもらう」
「放して!」
リタは懸命に暴れ、蹴りを入れているが、甲冑に覆われた連中には何ら意味もなく、なす術がない。
「――シュート、逃げて!!」
俺はリタの声で我に返った。何人かの騎士が、得物を手にしてこちらに近づいてきている。
逃げないと!
そう思った。
でも、リタは? 俺はそれで良いのか。
リタは俺を助けてくれた恩人。
いや、自分の安全には代えられない。
村にわたりを付けてくれた人物だ。
魔王の手先と見なされたら、俺は殺されるかもしれない。
――何これ、こんなの見たことない!!――
くそ、こんな時に何でこんな光景が、頭にちらつくんだ。
――シュートって、ただのダメダメなヤツかと思ってたけど、こんなすごいモノ作れるんだ!!――
葛藤する俺の脳裏にちらついたのは、初めて料理を作って見せたとき、自分のことのように喜んでいたリタの無邪気な笑顔だった。
――もしかしたらシュートって、ホントに伝説の勇者様かもね――
「―――くそォおおおおお!!」
俺はポケットに手を入れて走り出した。
突然の事に、流石の騎兵たちも一瞬の隙が出来る。
俺は近づいてきていた兵の脇をすり抜け、そのままリタを捕まえている兵に肉薄し、
「目をつぶれ、リタ!!」
俺の言葉に、リタは何も言わず、ただ言うとおりにしてくれた。
「喰らえァ!!!」
ポケットに入っていた物、それは
「ぐ、ァあぁああ!!!」
そう。俺はさっき竜騎兵の前で料理を作った時、唐辛子の粉末を入れた瓶をポケットに入れていたんだ。そして唐辛子はある意味劇物。目の前で思いっきりぶちまけると当然――
「目、目があァア唖!!」
「リタ、走るぞ!!」
俺の攻撃の余波を受けて咽ているリタの手を引いて、俺は店の外に出た。