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ニートの俺が、異世界唯一の料理人!?  作者: 淡井ハナ
第0章 始まりの物語
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「……って感じで、皆ちょっと恐いくらいシュートのマーボーを求めてやまなかったのよ! いくらでもお金はだす! とか言ってくれてる人も居たし」


 リタはシオンに身振り手振りを交え話していた。横で話を聞いていると何だか嘘っぽい話だ。俺がシオンの立場だったら絶対信じない。でも本当なんだからしょうがない。


 シオンはリタの話に口を挟むことなく、熱心に聞いていた。時に拍手をしたり、時には驚いたり、と話を盛り上げる良き聞き手だった。


 シオンのリアクションに気を良くしたリタの話は段々と大げさな表現になっていたが……。確かにあの時の村人の狂喜乱舞はすごかった。


 今更ながらよくうまく行ったな、と思う。思い返してみると、あの時の俺はいきなりこの世界へ転送されたせいもあってか、行き当たりばったり過ぎだ。


 カプリジュースだって、味が同じというだけでオリーブオイルと同じものだろうと決めつけて調理に入ったが、あれがもしオイルとは全然違う性質を持っていたら、きっとペペロンチーノは大失敗。リタには失望されてただろうし、もしかすると村人に袋叩きにされて今頃路頭に迷っていたかもしれない。本当に料理がうまくいって良かった。ちょっとヒーロー気分も味わえたしな。


 ああ、そう言えばあの時稼いだ金。持って来れてたら今頃リッチな生活ができたろうに……。


 俺が物思いにふけっていると、シオンが思い出したように口を開いた。


「そういえば、少し前にドーン村の村長から、うちに大量に注文が入ったことがあったよ。うちに置いてある調味料を一揃え全部買ってくれたけど、あれはそういうことだったんだね~」


 遠い目をするシオン。それから何故かお礼を言われてしまった。

 どうやら俺が豆板醤を求めたことで、間接的にシオンの店の売り上げに貢献していたらしい。


「そういえば、あの時のシュート、すっごく怯えてたわよね。皆シュートの“りょーり”を褒めてくれてたのに、ずっと厨房とか小屋に引きこもって日記とか書いててさ……。一度泣いてたこともあったっけ……。慰めるの大変だったな~」


「おい! それは言わない約束……あ、いや、違うって! あれは、その、故郷がなつかしくてちょっとウルッとしてただけだ!」

「本当に~?」


 リタがワザとらしい声で、ニヤニヤしながら言う。

 いや、決して村人のテンションに恐怖を感じて閉じこもってたわけじゃないんだからね!


「でも、リタとシュートさんはそんな風に出会ったんですね。なんだか運命的です」


 と言いながら、何故か頬を赤らめるシオン。

 自分で言っといて自分の台詞に照れている!? 


 というか今、とんでもないことを言ったな。


「ちょっと、何言ってるのシオン!? 運命とか、そんな訳ないし!」


 そんな強烈に否定しなくても良いのに。ちょっと心に来るものがある。

 いや、でも確かに運命なんてものは思い込みの産物。もしくは演出された嘘である。


 ある出来事が運命的であればあるほど、それは作為的な物である確率が高いと前にどこかで聞いたな。


「……待てよ。ということは、リタは俺があの日あの時間、あの場所に現れることを知っていたのか。それでずっとあそこでスタンバってたんだな。なるほど。そんなに俺に会うのを楽しみにしてたのでぇえ!?」


 突然腕に鋭い痛みが迸る。


「何て事を口走ってるのかな~?」


 ゴゴゴゴゴという書き文字が背後に見え隠れするような迫力のある半笑いで、リタは俺の腕をつねっている。


 俺はたまらず詫びを入れて、解放してもらった。

 この地味な攻撃が何という威力だ。拳よりよっぽど痛かった。

 

 痛かったぞーーー!!!


 心の中だけで叫んでおいた。


「昔リタは勇者様に憧れてるって言ってたじゃない。私は勇者様のお嫁さんになるっていつも言ってたっけ」


「うわあああああ! 何でそんなこと覚えてるのよ!? 忘れてよ~!」


 おう……。あのリタが、慌てているだと?

 しかもシオンがリタを手のひらで転がしているではないか。


 リタは今まで見たことのない表情をしていて、何か新鮮だ。


「あ、そうか。シオンとリタは幼馴染何だっけな。ふーん」


「そうなんです。昔のリタはすごーく人見知りで、私とお話をしてくれるようになるまで、随分時間が掛かったんですよ」


 そうだよね? とリタの方を向いた。


「う~~……」


という具合で、当の本人は真っ赤になって俯いていた。


「え、そうなのか? むしろ今は真逆の性格になってるのな。どっちかというとシオンの方が人見知りだと思うけど、シオンも昔は今とは真逆だったのか?」


 ハッキリ言ってシオンは人見知りに関して定評のある俺ですら席を譲ってしまうほどのキングオブ人見知りだ。

 

 くそ、俺は人見知り業界でも一番にはなれないのか、と何故か悔しい思いを抱いたほどだしな。


「あ~~、シオンはね、人見知りっていうか男嫌いなの」

「……何ですと?」


 俺はシオンの方へ向き直った。


「まさか、百合の方ですか?」

「ゆ、り? それは何ですか?」


 シオンはきょとんとして言った。その様子から、どうやら本当に何のことか分からないらしい。


「ごめん、何でもない」


「も~~、リタ。誤解を招く言い方しないでよ~。私、別に男の人が嫌いって訳じゃないよ。ちょっと苦手ってだけ」

「ゴメンゴメン。そうだったね」


 それにしてもこの二人、本当に百合っぽいな。


 俺がよからぬことを考えていると、俺が気を悪くしたと誤解したのか


「あ、でもシュート君は大丈夫ですよ!」


 と、シオンは慌ててそう付け加えた。


「ん? どうして俺は大丈夫なんだ?」


 少し期待感に胸を膨らませつつ、平静を装って訊ねてみた。

 シオンは少しためらうように視線を彷徨わせた後照れくさそうに答える。


「その、シュート君はあんまり男男してないですので。あんまり気後れしないと言うかですね……」

「ああ、確かにシュートってあんまし男男してないわね~」


 とリタも賛同した。


「いや、男男してないってどういう事なんだ?」


 良く分からないが、二人の間では意味が通じているらしい。顔を見合わせて頷きあっている。


 謎は深まるばかりで、もやもやした気持ちを持て余そうとしている時、シオンが遠慮がちに別の話題を振ってきた。


「ところで、シュートさんのその日記ってどんな事を書いてるんですか?」

「あ、それ、私も気になる!」


 と、リタも興味津々な様子で加わる。


「いや、別にその日あったことを簡単に書いてるだけだ。見ても決して面白いモノじゃないから、うん!」


 と説明するも、二人はじりじりと詰め寄ってくる。

 危険を感じた俺は、逃げるように店を出て、振り返らずに走り続ける。


 広場にたどり着いたときには、既に肩で息をするほどに疲れ切っていた。


「危なかった、ハア。こんなもん、見られたら恥ずかしすぎる!」


 中身を見られたら死ねる。燃やすか捨てるかすればいいのだが、レシピや重要情報も同じ手帳に書いていて、よりによって恥ずかしい日記の裏ページが、重要情報だったりする。また、インクで綴っているため消すに消せないのも痛い。


「あの後の日記、俺は何て書いたっけな」


 恐る恐るページをめくってみる。


8月13日(水)


 不安だったが、俺が作ったペペロンチーノはリタに喜んでもらえた。


 俺が勇者じゃないと分かった途端に、急に態度がでかくなって、やっぱ女は恐いなと思ったけど、あんな笑顔で喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなる。


 思えばリタには出会って以来、世話になりっぱなしだ。

 この世界に飛ばされて、もしリタに出会ってなかったら、俺はきっと今頃不安でおかしくなっていたろう。


 今度こそは、信じても良いのかもしれない。


 何度も俺はあの笑顔に救われている。

 彼女という光に誘われ、俺はこの世界に来たのかもしれない。


 俺はそんな光を守りたい。


 もし俺が、リタの専業主夫だったら、こんな感じで毎日料理を作って食べてもらうってのも悪くないのかもしれない。


 っつーことは、俺が次期村長!? いや俺は専業主夫だから、村長夫人か!?


 待てよ、男に夫人って使うんだったか。


 ともかく次はマーボー豆腐。俺の得意料理だ。村人においしいと言ってもらえる、最高のものを作りたい。そのためには、リタの火の魔術が必要だ。


 これが俺達の、初めての共同作業か。絶対に、失敗は出来ないゾ、俺!


「って、何じゃこりゃーーー!!?」


 あの時の俺、どんなテンションだったんだ?! 何か病気だったか?


 初めて誰かに料理を褒めてもらえたということで、ハイになってたに違いない。


 しかし、痛い。イタすぎる!


 俺は何つーポエムを綴ってんだ?! 


 次の日以降も記述があり、色々と書かれていたが、それ以上自分の黒歴史を見るのが恐くなり、俺はそっと日記帳を懐にしまい込んだ。


「……ハハ、やっぱ日記帳ってのは、誰かに見せるもんじゃないな、うん」


 絶対に死守しよう。そう心に誓った晩夏の午後だった。


回想編終了です。

次回より再び店の再オープンのための奮闘記が始まります。

乞うご期待ください!

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