ペペロンチーノ(これが料理だ!)
俺は明日作るメニューの材料を準備するべく、覚悟を決め、ものすごく久しぶりに外へ足を踏み出した。
暑い。それよりも気持ちが悪い。変な汗は出るし、村人の視線が痛い。
「心配しましたわ」「お体はもう大丈夫ですか?」「まあ、すっかりやつれてしまわれて…」
など皆声を掛けてくる。
リア充ならこんな時笑顔で気の利いた言葉を返すのだろうが、俺にはそんな事は出来ない。
言うべき言葉が見つからず、ただ曖昧に頷いておくしかできない自分。
「……一コだけ、リタに確認する事あるな」
あんな宣言をした後で非常にカッコ悪いが、背に腹は代えられん。
俺はリタの家、つまり村長の家へと足を運んだ。
「あれ、さっきはかっこいい事言ってたのに、もしかしてもうギブアップ?」
開口一番に何て事を言いやがる!
「違うっつーの。念のために、聞いときたいことがあるんだけど」
俺はリタに調理道具が揃っているか確認をした。
「ん~~? ふらい、ぱん? そんなのウチにはないわね……。隣町にもそんな名前の道具、売ってないと思うけど……」
リタはきっぱりと言った。
もしかしたら、と思ったが、どうやら当たってしまったらしい。
「何…? っていうか一度焼きニンニク出してくれたことあったじゃん! あれはどうやったんだよ?」
「え? さっき見せたじゃない。私、火属性持ってるから」
「魔術かよ!」
これは困った。まさかフライパンすらないなんて。マジで料理が存在しないんだな。
「それがないと困るの?」
「ああ。俺がやろうとしていることには、どうしても必要なんだ!」
もう後がないんだ。俺はプライドを捨てて必死にフライパンの必要性を訴えた。
「要するに鉄の器に取っ手が付いたものね。直接食べ物を焼くのとは違うの?」
「ああ! 調味料を絡めたり、食材同士を混ぜ合わせたり、色々できる!」
「ふーん」
やっぱり良く分かってない表情で、リタは黙り込んでしまう。
だめか。だが、どうしようか。俺はフライパン無しであの料理を作る方法が思い付かない。
テフロン加工の軽量パンとはいかないまでも、せめて鉄板でもあれば何とかなるんだけどな……。
「よし、分かった!」
突然、リタは手を叩いて大声を出した。びっくりした…。
「鍛冶屋のおじさんに頼みに行こう! おじさんなら、きっとシュートが言う“ふらぱん”も作れるよ!」
「……フライパン、な。って人に頼みごとか。俺、人見知りだからちょっと」
「私も一緒に行ってあげるから……! ほら、行くよ」
と、リタは無理やり俺を引っ張っていくのだった。
こうして辿り着いた鍛冶屋。
村の端っこの小屋の奥で、黙々と作業する男がいた。
筋骨たくましく、黙っているだけで迫力がある。紳士的な顔立ちではあるが、体とのバランスがおかしい。
でも、そうか。鍛冶屋ならこんな風に引きこもっていられるのか。
意外とそんな職業もアリ、か?
そんな事を考えているうちに、リタは物怖じ一つせずに、男と話し合っていた。
「……っていう物なんだけど、おじさん、作れるかな?」
身長差もあって、リタはおじさんの顔を覗きこむ形で言う。
その頼み方はズルいな! あれで首を横に振る男はいないだろう。
俺だったらもう何でも言う事聞いちゃう自信がある。※ただし家の中で出来る事限定。
結局、鍛冶屋のおじさん(フィスラーさん 48歳)はリタの頼みをあっさり引き受けた。
「勇者様の頼みだし、それにリタちゃんのお願いとあっちゃあね!」
この村に似つかわしくないダンディーなおじさんは爽やかな笑顔を浮かべて胸をドンと叩いた。
頼もしいな。
後は食材だが、幸いこれらは全て村の市場で揃ってしまった。
というか、俺が通りかかったら店のおばさんたちが色々どっさりくれるから、何もしなくても揃ってしまったのだ。
翌朝、俺はドアをノックする音に叩き起こされた。
何だ、こんな朝から。不機嫌だったこともあり、俺は無視することに決めた。
だが、不吉な破壊音と共に、ドアの向こうの人物が侵入してくるではないか。
「はっはっは。勇者様、いるではありませんか!」
「な、ななな……」
不法侵入をかましたとは思えない程爽やかな笑顔で、鍛冶屋のフィスラーさん(48歳)が立っていた。
約束の時間はまだだろう。そう思って時計を見ると、もう昼前だった。
どうやら、ここ最近の引きこもり生活で体内時計が狂っているようだ。
フィスラーさんがにこにこ顔で差し出したもの。
それはまさに俺が求めていたフライパンだった。
フィスラーさんは一晩でやってくれました。
「さあ、これで何やら奇跡を起こすのでしょう? 頑張ってください!」
……奇跡? リタのやつ、この人に何を言ったんだ?
「あ、ありがとうございます」
おれは頭を下げて、フィスラーさんに別れを告げ、リタの家へと向かった。
「遅いよ!!」
「え、リタ?」
声がした方を見ると、リタが家の前で手を振っていた。
俺は急き立てられ、リタの元へ駆け寄った。
「遅いから来ないと思ったわよ!」
「ごめん。その、ちょっと寝過ごした」
「え? こんな時間まで寝てたの?」
その声は「信じられない!」という失望の声というよりは純粋に驚いている感じだ。
「……ってもしかして、ずっと待っててくれたのか?」
「え? そ、そそそそんな訳ないじゃない! ああああんまりにもシュートが遅いから、さっき家を出たばっかりよ。さ、さっきったらさっきなんだからね!」
妙な声を出し、慌てた様子で否定の言葉を重ねた。
それから、ふっと緊張が緩んだような顔をして
「でも、来てくれたね」
そう言って安堵していた。
「じゃあ、リタ……!」
ついに始まる。と意気込んだ俺だったが……。
「一つ言い忘れてた。家の中では火をつかったりは……できないよ」
「はい?」
リタの言葉にピンとこなかったが、そう言った後で案内された場所を見て、俺は納得した。
今日まで村に居て、何故気が付かなかったのだろう。
俺が借りている小屋の近く、村の中心に位置する場所に、煙突を有するあまり使われてなさそうな施設があった。
中に入ってみると、室内の中心には石でできた大きな台が鎮座していた。
薪をくべるような穴、鍋を置くための台が備え付けられている。
間違いない。これは教科書で見た“かまど”という調理設備だ。
「シュートの昨日の話を聞いて、お父さんが改良してくれたんだよ」
リタによると、本来はフライパンを置くための台は備わっていなかったらしい。
それを俺のためにわざわざ作ってくれたというのか。……しかも一晩で。
かまどには、既に薪がセットされており、いつでも調理ができるようにされていた。
「じゃあ、頑張ってね!」
リタが薪に手をかざすと、たちどころに火が巻き起こった。
フィスラーさんに村長、そしてリタ。
ここまでお膳立てしてもらっていたとは。
「……よし、やるか!」
俺は全ての材料を、かまどの隣にある、これまた大きなテーブルに並べていった。
そして次。俺は寸胴にたっぷり水を入れ、少しの塩を入れ火にかけた。
沸騰するまでの間に、材料を切っておく。
まずはこの村で常食されているニンニク。これをスライスして、一つ一つ芽を取り除く。
次に唐辛子を2つ取り出した。一つは香り付けに使うのでそのまま。
もう一つはトッピング用。先端を切り、あまり辛くなり過ぎないように種を除いて輪切りにする。
切り終えたところで、イイ感じに水が沸騰してきた。
ここで俺はパスタを一束取り出した。この村ではニンニクと同じくらいパスタも食べるようで、市場で簡単に手に入ったのだ。(但し村人は皆具なしの素パスタを食べるそうだ。俺も最初に食わされたな……。)
今回は1.6mmのスパゲッティーニを使う。(ここではパスタではなくスパスと言うらしい)
俺は取り出したパスタを寸胴の真ん中でねじり、そのまま落とした。
パスタは放射状に広がり、やがて寸胴の中へ沈んでいく。
パスタを茹でている間にもやることはある。ソースの準備だ。
いよいよフィスラーさんにもらったフライパンを使う時が来た。
持ってみて分かる。鉄製だが、それほど分厚くなく意外に軽い。そして取っ手が手にしっくりくる。
これを一晩で完成させるとは……。何者なんだ、あの人?
って言ってる場合じゃなかった。
フライパンにリタお手製のオリーブオイルをたっぷりひいて、スライスしたニンニク、香り付け用の唐辛子を入れた。
そして火にかけるのだが、あいにくとかまどの火は強すぎた。
この料理の最大のポイントは弱火でじっくりニンニクの香りをオイルに移すことだ。でも、ニンニクは焦がすと強い苦味が出てしまい、あっという間に台無しになってしまう。
俺はフライパンを持って、ギリギリ火が届くぐらいの位置で固定した。
しんどいがが背に腹は代えられん。
不自然な体制のせいか、手が震えてきた。
でも、具材の香りがオイルに移り、ニンニクもイイ感じにきつね色になってきた。
このタイミングで一旦ニンニク、唐辛子を取り出す。
パスタの方も丁度茹であがってきた。ここでゆで汁をフライパンに投入。
そしてフライパンを揺すって、本来混じり合わない水と油を一体と成す。
これも大事なポイントだ。こうすることで、油っぽさが軽減され、口当たりがなめらかになるってぱっちゃが言ってた。必殺技『乳化』!
ここで、パスタを投入。手早くオイルと絡め、更に輪切りにしておいた唐辛子を加えて、中火で少しだけ煽る。
皿に盛り付け、先ほどのニンニクをトッピングして……。
「完成! ペペロンチーノ!!」
俺はずっとそばで見ていたリタに言った。
「……」
「……リタ?」
リタはぽかんと口を開けて放心状態だった。なんていうか、アホっぽい。
「……あ、こ、これで完成なの?」
「う、うん。冷めないうちに食べてみてよ」
リタは皿をまるで不審物のように扱い、においをかいだりしている。
「カプリジュースにリックスの香ばしい香りが合わさって、激しく胃袋を刺激して来るッ! どうしてあれだけの物を混ぜたのに、爆発したり変なニオイを出さないの?」
何かぶつぶつ言ってるし、驚いたり怪訝な表情を浮かべたり、いったい何をやっているんだ、と思っていると覚悟を決めたように、フォークで器用に一口分巻いて、ぱくっと口に入れた。
緊張する。手順通りに作った。ミスは無い筈だ。茹で具合も丁度だし、ニンニクを焦がしはしなかった。
……頼む。うまいと言ってくれ!
「こ、これ……」
「え、っと。ど、どう?」
リタはかっと目を見開いた。
そして、俺の問いには答えず、猛烈な勢いで一口、また一口と次々に食べ進めていく。
―カランッ
結構な量があったはずなのに、あっという間に皿は空になってしまった。
この反応はもしかして……。
「おいしいっ! すごいよシュート! あのスパスがこんなにおいしいものになるなんて」
俺の手を取ってうれしそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。
「リックスの実をスパスと一緒に食べるって発想も革命的ね!」
「…………」
「……? どうしたの、シュート?」
ハイテンションに若干引いてしまったけど。
俺の料理、はじめて人に食べてもらった。ものすごく褒めてもらった。喜んでもらった。
「……ど、どやっ! 俺の料理、なかなかだろ!」
「うんっ! やっぱりシュートは、ただのヘタレじゃなかった! こんなおいしい食べ物、食べたことないよ!」
まるで子供のような無邪気な笑顔で、なおも褒めてくれる。
「……ヘタレ?」
何かひどい事言わなかったか?
「ほら、何してるの? 折角だし、これ、お父さんにも食べてもらおうよ!」
「え? ……って、うわ!」
リタは俺の手を引っ張って、全力ダッシュを決めるのだった。