本気の宣言
そういえば、いつしかリタと顔を合わせることもなくなっていた。
引きこもった俺に気を使ってか、ただ小屋の前にご飯を置いて行ってくれ、食べ終わったら俺は食器をまた小屋の前に置いておく、そんな日々。
――コン、コン。
「え……?」
誰だ? また村人か? アポなしの来客は無視に限る。
俺はいつものように耳を塞いだ。が、
――ガチャ…。
鍵が回ったような音がして、直後ドアが開いた。
いや、なんで鍵を持ってるんだ? ど、泥棒?
「シュート、さん? いますか?」
「……リタ?」
遠慮がちに小屋へ入って来たリタ。手にはいつものごとくニンニク盛り合わせ。
だが一体どういうつもりなのだろう。今日までに、何度かノックして呼びかけてきたことはあったが、断りなく侵入してくるとは……。
リタは食器を床に置いたが、立ち去る気配がない。何かを言いたそうにモジモジしている。
「あ、あの。シュートさん。最近は小屋から一歩も外に出ないので、どうしたのかなと思って。その、村の皆も心配してます」
言葉を選んで、慎重に話しているようだ。
「あ、うん。その、今は充電期間なんだって。……もう少しで、本気出すよ! あはは」
だから早く帰ってくれないか。
「…………もしかして、ホントにシュートさんは、勇者様じゃ、ない?」
「……え」
「だって、勇者様なら、何もせずに、ずっと閉じこもってたりしない筈……。それに」
何を思ったか、突然リタは目を閉じて
「floreo(咲き乱れよ!)lapis ignis vermelho(紅の花炎礫!)」
謳うように告げた。
--瞬間、小屋内の酸素がが奪いつくされ、一気に熱される。
「熱づァ!!」
リタは火球の魔術を唱え、俺を攻撃したのだ。
な、まさかこ、殺す気……?
「た、助け……」
俺が懇願すると、リタは手のひらを俺に向けた。
その途端、まるで嘘のように、俺を蝕んでいた炎は消えた。
「やっぱり、キミ、魔力を全く持ってないんだ……」
「だ、だから、最初から、言ってる! 俺は魔術も使えないし、勇者なんかじゃないって!」
「…………」
「…………」
「……あ、あの、リタ?」
「……ぷっ」
突然リタは我慢できないとばかりに、吹き出して大爆笑をしだした。
「……??」
「あはっ。そうね。最初からキミはそう言ってた。私たち、浮かれすぎて全然シュートの話を聞いてなかったね……」
気のせいかリタは涙ぐんでいるように見えた。
って、泣くほど面白いか? 俺の苦悩を何だと思ってんだ!
「本当にごめんなさい! 私のせいで村中の人が誤解しちゃったね」
「本当にな! 今や俺は神のごとき存在になってるよ……」
「まあ、おいおい考えようよ。シュートが平穏無事に村に居られる方法を……。その、私も協力するし!」
物騒な事を言わないでくれよと抗議すると、リタは「ごめんごめん。てへへ」
と笑ってごまかした。
それから、リタと色々な話をした。
主に俺が元居た世界の話をしたが、リタのことも色々知ることができた。
何とリタは俺より1つ年上だった。それを知ってなのか、いつの間にかリタは俺を呼び捨てにしていた。これはいわゆる“打ち解けた状態”と思って良いのだろうか。
俺が黙っていても、勝手に色々話してくれるおかげもあるのか、いつの間にか会話をすることがあまり苦じゃなくなって、それどころか少し楽しいと思っている自分に気づく。
それにしても暑い。リタが持ってきた水を飲む。
今更だが、トレイに二つグラスが乗っていることに気づく。
リタも俺に続いて水を口にし、一息ついた。
グラスを両手で持ったまま、リタは問いを投げてきた。
「それで、これからどうするの?」
「へ?」
「だから、シュートはこれからどうするつもりなの?」
「…………」
真剣そのものの眼をぶつけられ、逸らすこともできない。
これは真剣に答えないとだめだ。
俺はグラスをトレイに戻し、改めて言葉を選ぶ。
そうだった。いつまでもこのままという訳にはいかないんだ。
俺は、この何日か考え抜いた結果を思い切って告白した。
「……リタ。俺、このままニートになるよ!!」
一瞬の間。リタはぱちぱち目を瞬いて、それからフルフルと震えだして
「な、何言ってるの!? そんなの駄目に決まってるでしょ!!」
「え、何でだ?」
「どうして心底意外そうな顔なの? ニートって、要するに何もしない人の事なんでしょ? この村ではそんなの認められません! 働かない人が食べていけるほど、村は裕福じゃないんだからね!」
「そ、そんな! でも待ってくれ! お、俺の世界では『働いたら負け』という格言があってだな……」
「何と戦ってるのよ! 大体、ここはシュートがいた世界とは違うんだからね」
「くそ。俺だって好きでこの世界に来たんじゃないのに……」
「何か言った?」
「何でも! くそッ」
どうして俺がここまで言われなきゃならんのだ。
「悔しかったらあっと驚くような事してみせてよ!」
リタの表情は何の誤魔化しもおふざけもなく、どこまでも真剣だった。
何でここまで怒られなきゃならないんだ。俺、何か悪い事したか?
だんだんムカついてきた。
「分かったよ! そこまで言うならやってやんよ! 食材を丸かじりするしか能のないお前が、腰を抜かすような料理を作ってやる!!」
「……り、“りょーり”?」
目を白黒させて、きょとんとしている。
「ん? 料理を知らないのか? えっと、色々な食材を組み合わせて、焼いたり煮たり、していろいろ味付けて盛り付けることなんだけど……この世界では何て言うんだ?」
「えっと……。私たち、そんなことしないよ。食べ物はそのまま齧るか、焼くか茹でるか。まあ食べやすいように切ることはあるけど……」
「何ですと?」
「あ、そうだ。隣町には何か食べ物に色々な液体をかけるのが流行ってるらしいわね」
マジかよ。俺に生の食材ばっかり出していたのは、嫌がらせとかじゃなくて、単にこいつらには料理という概念がないのか。
もしや、この世界には料理がない……?
これはチャンスかもしれない。
もしそうなら、この世界で料理を知っているのは俺だけってことになる。
=俺による無双が可能?
⇒レストランを始めてチェーン展開。
⇒俺大金持ち、名声得放題。
⇒モテまくり!
……いや、そんなことよりも、有名になって夢の専業主夫になることも可能!?
「明日だ! 明日の昼ご飯を俺に作らせてくれ!」
「……??」
何だか分からないという顔をするリタに、ビシッと宣言した。
ここで畳み掛ける!
「明日の昼、お前は必ずビックリすることになる。腹減らして待っとけ!!」
「……う、うん。分かった」
勢いに圧倒される形で、リタはうなずいた。
何をどう納得したのかさっぱり分からないが、リタは俺の挑戦に満足そうな顔で
「良く分からないけど、明日楽しみにしてるからね!」
と言って鼻歌でも歌いそうな様子で帰って行った。
ふっ。実はあいつに出す料理はもう決まってるんだ。
見てやがれ。必ず「ぎゃふん! 参りました! 何と素晴らしき味。是非私の専属料理人になってくださいませ~」と言わせてやる。
って、専属って何か良いな。
……いかん。妄想している場合じゃない。明日って言ってしまったからな。
でも、いいぞ。ここへきて初めて明確な目標を得ることができた。
準備をしなくては!
長くなりましたが、次回新メニューの調理が始まります!
時系列的には、シュートの異世界での初めての料理です。
是非読んでみてください!