天井の質感
俺は村長の家を後にし、リタの案内で村の中を歩いていた。
まるで時間が止まってるんじゃないかと思うほど、牧歌的な風景。
俺が居た街とはえらい違いだ。
「シュートさん、さっきの飲み物、どうでしたか?」
突然リタが俺の顔を覗きこむようにして尋ねて来た。
「飲み物……? ああ、あれか」
そういえば、あの時は緊張してて味わう余裕なんてなかった。
だが、今思い出すと、あの飲み物は何か独特な味だったな。緑掛かった色に、少し粘度があった。それに辛味というか苦みというか。でも、フルーティーな香りもあったな。
っていうかあれ。
「もしかして、オリーブオイル?」
「……? おりーぶおいる? いえ、あれはこの村の名産、カプリジュースなんです」
「え、か、かぷり?」
「はい。カプリって言う緑色の果実を搾ったもので。……その、私が搾ってみました」
あれです、とリタが指差した先には大きな木が立っており、その果実がどうやらカプリというらしい。
どうみてもオリーブなんですが……。
俺はもう一度よく見ようと目を凝らしてみた
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カプリの実
タイプ:食物
効果:ステータス異常、“カサカサ肌”に効く
備考:果実を生食するとステータス異常、“麻痺”になる
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「はい!?」
何だコレ?
まるでRPGのアイテムの説明みたいな文字が浮かんで見えたが、どういうことだ?
もう一度目を凝らしてみるも、やはり同じ文字が確認できた。
「あ、あの? やっぱりお口に合いませんでしたよね」
「え……? あ、いや、すごくうまかった。なんというか、爽やかな味で良いオイルだった!」
不安そうな顔をしていたので、慌てて俺は言った。
するとリタはぱあっと顔を綻ばせて、照れくさそうにはにかんだ。
俺は嘘は言っていない。結構辛味が強かったが、それがあのオリーブオイルの品質の高さを表している。
そのやりとりをきっかけに、少しずつ俺はリタと話せるようになっていった。
だから、目的の小屋に着いたのはあっという間だった。
「………………」
「その、本当にボロくてごめんなさい。でも防虫魔術が掛かっているので虫は出ない筈です」
俺は、村長の言葉は謙遜で、本当は結構な建物なんだろうと想像していた。
悪いが、本当にボロいな!
これ、人が住んで良いとこなのか?
でも隣のリタは、悪意があるようには見えない。
マジかよ……。つーかこの人たち、俺のこと伝説の勇者だとか何だとか言ってましたよね。
伝説の勇者をこんなボロボロの小屋に住まわすんですか?
もう少しマシなとこにしてくれても良いんじゃないか?
だが、俺は胸に秘めた感情をあくまでも出さずに、満面の笑顔でリタに礼を言った。
「後でご飯をお持ちしますね!」
こんなに親切なんだ。これ以上を望むのは外道だろう。
でもボロい。ところどころ、木が腐ってるんじゃないか。
今、自分の笑顔が引きつっているのが分かる。それを何とか誤魔化して、リタに別れを告げた。
ドアに張っている蜘蛛の巣が、この小屋の放置っぷりを的確に表現している。
そばに立てかけてあったほうきでそれをなんとか取っ払い、恐る恐る中へ入ってみる。
「あ、外見ほど汚くない?」
意外にも、ほこりが充満していることもなくなかなかきれいだった。
中にはほとんど物がなく、家具らしいものといえば簡素なベッドが一つあるだけ。
敷いてあるシーツは、目立った汚れもなくキレイと言って差し支えない。
俺は迷わずベッドにダイブした。
--ガツン!
思いっきり腹を打ちつけてしまった。
そういえばここは異世界。
ベッドがクッションになってぼよんぼよんする前提知識は捨てておくべきだった。
痛みに悶えつつ、体を丸めてうずくまる。
ベッドが大きな音を立ててきしんだ。
寝心地はよくない。固い。
きしんだ音を聞いていると、心までキシキシと痛み出す。
ごろんと仰向けになってみた。
天井は、当たり前だが見慣れた物ではなく、草っぽい質感のものだった。
やっぱり知らない世界へと飛ばされたんだな、と嫌でも実感させられる。
これからどうなるんだろうか。元の世界へ帰れるのか。
ここにはゲーム機もパソコンもないんだな。まず、コンセントがないもんな。
考えれば考えるほど、あらゆることが不安となって押し寄せるのだった。