世界情勢とシュートの幻想物語
少し走ったところで、落ち葉だらけの地面は様子を変え、舗装された道に出た。
どうやら、道の先には村があるようだが、それにしても見渡す限り木ばっかりか。
ここは、随分と田舎らしい。
相変わらず何故自分がこんな場所に居るのか1ミリたりとも理解できない。
「あ、すみません。思わず手を……」
林道に出たところで、ようやく女は手を放してくれた。
いや、むしろこれはご褒美です。生まれて初めて、フォークダンス以外で女の子と手を繋げたよママン!
「申し遅れました。私、リタって言います。この先の村に住んでいるんです」
そう、リタと名乗った女は何故か俺の事を尊敬するような目で見ながら言った。
よかった。「キモッ!」って感じの表情じゃないことから、俺の手は汗でヌルヌルだったわけではなさそうだ。
というか、そんな好意的な目を向けるのはやめるんだ。
おまけに笑ったリタの顔は胸が高まりすぎて痛くなるほど可愛くて、先ほどまでとは別の類の緊張をしてしまう。
「あ、あの、俺。こ、小森田 秀人……」
声を震わせながら、何とか名乗ることに成功する。
「こ、こも……? 難しいですね。えっと……もし良ければ、シュートさんって呼んでも、良いですか?」
「…………(これ何てギャルゲ?)」
もしかして、俺はギャルゲの主人公になったのだろうか? だとしたら、これから行く村ってのは女だけのアマゾネス村で、ハーレム展開が待っているかもしれない。
そうか、さっきからこいつ、俺に好意のまなざしで見つめていると思ったが、もしかして生まれて初めて男という存在を見たのかも知れない。
まさかの一目ぼれ展開キタコレ!
「あ、あの……?」
やばい、ここで思っていることを表情に出してはいけない。それは失敗パターンだ。
「えっと、何でもないよ、はい! あ、俺の事は秀人で良い、よ」
なんかテンションあがってきた!
よし。声がさっきまでより大分スムーズに出せた気がする。
リタは嬉しそうに礼を言って、道案内を再開した。
道中、俺は自分の置かれた状況を出来るだけ不自然じゃないように説明した。
幸い、リタは俺の話を遮ることなく、真剣に聞いてくれた。
もしかすると、信じてくれたのかもしれない。俺はそう信じても良いのだろうか。
「ここがドーンの村です。まずは村長をご紹介しますね」
ほどなく着いた村は、まさに昔話に出てくるようなイメージの村そのものだった。
ほほう……。やはり、村には女性しかいないようだ。
年配の人ばかりなのが悔やまれるが……。
しかし、周りを見渡しても、コンビニも無ければ、車一台も停まっていないし、自販機もないじゃないか!
代わりに畑やら、水車など、ザ・のどか! なアイテムはそこらじゅうに配置してある。
また、建っている家も現代的ではなく、藁っぽい屋根に、土っぽい壁で、とにかく古いカンジだ。
「シュートさ~ん?」
気が付けばリタは大分先に行っていた。手を振っている仕草が、やっぱり可愛い。
ってそんなことを言っている場合ではない。
ここで置いて行かれて、この未知の場所に放置されたら、俺は終わりなんだ。慌ててリタの後を追った。
「はい、着きました。シュートさんはここで少し待っててください。先に私が村長にシュートさんの事をお話ししてきますね」
そう言ってリタは村長の家へと入って行った。
ノックなしにダイレクトエントリーとは、やっぱ田舎ってそうなのか……?
それにしても静かだ。村人の姿があまり確認できない。居るのは畑で作業しているお婆さんや何か運んでいるおばさんばかりで、美少女が居ないじゃないか!!
いや、これから俺は村長とやらに会う訳だ。
もしかすると見た目10代にして数百年生きている不死のロリババアとか?
やべえ、結構好きなキャラ設定なんですけど。
なんか、そう思うと緊張してきたな……。
「第一印象が大事、か」
緊張を誤魔化すために、俺は様々な会話シミュレーションを行った。
①いきなり見た目に突っ込みを入れて、ケンカ腰に進めてから仲良くなっていくパターン。
②眷属となるべく血の契約を交わし、任務をこなし信頼を高め仲良くなっていくパターン。
③激闘の果て、決着がつかず最後には互いを認め合い、段々と仲良くなっていくパターン。
いや、まて。
④戦闘の末瀕死となった村長を助けた結果、魂が混線してしまい、互いの存在が繋がってしまうという―――
「お待たせしました!」
「うわァ!!」
「ど、どうしましたシュートさん?」
ドアからリタが心配そうに顔を覗かせている。
「あ、ああ、何でも、ない、です」
「そ、そうですか。それでは準備が出来ましたので、村長をご紹介します」
ドキドキしつつ俺は促されるまま村長家の敷居をまたいだ。
廊下を歩きながら、俺は47通りの第一声を慎重に吟味して、ようやく一つの解にたどり着いた。
「あなたがシュートさんですか。話はリタから聞きました」
「…………(オッサンじゃねーか!!)」
テーブルについていた村長は、まごうことなき男だった。
しかも村長のイメージを絵に描いたような髭面の。
「どうか、なさいましたか?」
「いえ、私が先走り過ぎたのです」
「……??」
しまった。つい口に出してしまった。リタも村長も変な顔をしてるじゃないか。
「ね、お父さん。私の言った通りでしょ?」
と村長の隣に座っているリタが、村長に親しげに言った。
「……お父さん?」
「あ、すみません。言い忘れましたが、村長は私の父なんです」
そうだったのか。似てないってレベルじゃねーぞ!
村長は落ち着いた様子でリタをたしなめていた。そして静かにこちらに向き直り、
「私がこのドーン村の長を務めています。ところで、娘が何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「あ、えっと。いや、そんなことは……」
深い、威厳のある声だった。何だか恐縮してしまう。
促されるまま、向かいに座ることになった。
と、リタは慌ただしく席を立ち、程なくしてなにやら緑がかった半透明の液体が注がれたコップをトレイに乗せて、それを運んできた。
どうぞと言って、リタがテーブルにそれを置いた。どうやら客に出す用のものらしい。
「失礼ですが……。あなたはここがどこだか分からないとのことですが、それは本当ですか?」
「は、はあ。えっと何か、記憶喪失的な感じで、その、気が付くと祠に居たっていうか……」
村長のまっすぐな翠色の瞳に、全て見透かされそうな気になってしまう。
でも、俺は嘘はついていない筈だ。
「伝承の通りだ」
村長は深いため息を吐き、そんなことを言った。
「……え、何だって?」
思わず聞き返してしまう。
「この村にはこんな言い伝えがあるのです。『世界が暗黒に包まれしとき、祠より異界の人間現れん。其は青白い肌を持ち、異界の服を纏う。両の腕は万物を自在に操り、奇跡に変えるだろう。その御業を以て、其の者世界に平和をもたらさん』と」
「……えっと」
「あなたのその肌、まさに青白い。大丈夫ですかと心配になる程です。そしてあなたのどこで買ったのかというダサ……、ゴホン、ゴホン。見たこともない衣服。まさにあなたは伝承の勇者様そのものなのです!」
とゆっくりと語る村長はどこか興奮気味でもあった。
つーか今、俺の服がダサいとか言おうとしてなかったか? うちの母親のセンス、馬鹿にすんじゃねーよ!
「…ってちょっと待って。平和をもたらす? もしか、ここって、平和じゃない、のか?」
その疑問にはリタが答えた。
「この世界にはオルトラーナとコンタディアという2大国家がありまして、ここドーン村はオルトラーナに属しています。かつては2国間のバランスがとれていて、とくに争いもなかったのですが……」
「今より2百年以上昔、その均衡が崩れたのです。異形の者達、自身を魔族と名乗る勢力が突如現れ、人類に仇なし始めたからです。それはたった一勢力で2国を脅かすほどに強大だった」
娘の言葉を引き取る形で、村長は話を続けた。
「……ですが、魔族に対抗できる者が人類に現れた。魔族が現れた頃より人間の中に“魔術”という、自然エネルギーを自在に操ることができる者が生まれ始めたのです。今ではほぼ全ての人間がこれを使うことができますがね」
「……はい? 魔術だって?」
俺が疑いのまなざしを向けると、村長とリタは視線を交わし、リタは何やら頷いた。
「ご覧ください」
とリタが言いつつ、手のひらをこちらに差し出してきた。
手には何もないが……。
すると、いきなり掌の上に火の玉がボッと爆ぜた。
「……!?」
「リタは火の属性を持っているのです」
村長が補足した。
俺が驚いたことに満足したのか、リタは嬉しそうに笑い、そして手のひらを閉じると、炎は手品のようにあっさりと消えた。
熱くないの、か?
俺の疑問をよそに、話は続く。
つーか、そろそろついていけな過ぎて眠くなってきたな……。
「かつてこの魔術を用いて魔族に立ち向かう者達が居たのです。勇者と讃えられたその一行は見事魔族の王である魔王を滅ぼすことに成功した、筈でした」
「筈……?」
「魔族は何度倒しても、何年かすると、また別の勢力が生まれる。必ず次の魔王が現れるんです!」
リタが感情を滲ませた声で言った。
「何度でも……。ってことは、もしかして今も?」
俺の疑問に、村長は悲しみか、それとも怒りか。拳を震わせて、それでも努めて冷静な声で言った。
「……数年前、また新たな魔王が現れ、人類に対し宣戦布告をしてきました。今はまだ沈黙を貫いていますが、いつか必ず魔族は我々に牙をむくでしょう」
「で、これ、まさか俺がその勇者だとかいう流れ?」
リタと村長は同時に頷いた。
「いやいやいや、俺魔術なんて使えませんから! ただ気が付いたらこの世界に取り込まれただけの通りすがりの者ですから!」
一気にそれだけまくし立てるも、二人は「またまたご冗談を~」的な表情だ。
「あの、俺が居た世界、日本って国、帰る方法。……し、知ってる?」
「……いえ、申し訳ないが、“にほん”ということばに聞き覚えはありません。ここからどれほど離れているのか、見当も付きません」
村長は本当にすまなそうに言った。
「……そっか、そうですよね」
困った。何か村長たちには変な勘違いをされてるみたいだが、俺は絶対勇者などではない。
「……あ、の」
「……?」
躊躇いがちにリタが口を開いた。
俺はリタの次の言葉を聞く心の準備のように、目の前の飲み物を少し口にした。
「し、しばらくこの町に居てはいかがでしょうか? その、シュートさん、さしあたって行く当てもないのでは? あ、も、もちろん無理にとは言わないです!」
「え……でも」
その申し出は正直ありがたかった。
俺には、リタの言うとおり行く当てもなければ頼れる人もいない。オマケに金も家もないし、この世界の事は何も分からないのだ。
俺はちらっと村長に目を向けた。
「それは良い。丁度空いている小屋もあります。すこしボロいのですが、そこで宜しければ是非に。この村でしばらく暮すもよし。城下町に出るもよし。ご自身の身の振り方が決まるまでいくらでもご滞在ください」
「村長……」
「なんなら、うちの娘を貰って頂けませんかな。見ての通り、いつまでもじゃじゃ馬な娘でして彼氏の一人もおらんのですよ!」
「え……」
「ちょっと、お父さん! 何言ってんの!?」
村長は豪快に笑い飛ばし、リタはそんな父にバシバシと叩きまくっている。
なんだ、冗談か。びっくりした。
俺はこういうノリは苦手で、曖昧に笑うしかできなかった。
でも、目の前の二人の微笑ましいやりとりを、何となくうらやましく思う。
ともかく、俺は村長のお言葉に甘えることにした。
まず何よりも優先すべきは寝床の確保。それに、今は一人で落ち着いて考え事ができる空間が欲しかったということもある。
村長は小屋の鍵を取ってくると言って、奥へと引っ込んだ。
そして今、リタと二人になってしまうも、俺は話題が全くないので椅子の背もたれに体を預け、ぼーっとしていた。
何故かリタがじ~っとこちらを見つめ続けているが、気にしないことにした。
「絶対そうよ。シュートさんは伝説の勇者だよ!」
ボソッとリタが何か言った気がした。
「えっと、何か言った?」
「え? あ、いえ。何でもないです!」
「……?」
程なく村長が手に簡素な鍵を持って戻ってきた。
「何か困ったことがあれば、遠慮なさらずにお申し出ください」
と俺に鍵を手渡し、優しい声で村長は言った。
「それでは、えっと、一つだけ。あの、さっき村の入り口からここまで、男の姿が、その、ありません、でしたが……」
「……? この時間ですと村の男は大体が山仕事か、隣町に出ておりますな。それがどうかなさいましたか?」
「…………いえ、ありがとう」
さようならアマゾネスの村。さようならハーレム計画。
どうせ異世界に放り出されるなら、せめてそういうファンタジーがしたかったです。