Welcome to my world
いつからだろうか。外に出るのが嫌になったのは……。
どこに言ってもたくさんの人がいて、喧騒がある。
貼り付けられた笑顔の仮面。その下の素顔が恐い。
怒鳴っている人の眉間に刻まれたしわが不快だ。
泣いているひとのむき出しの感情も嫌いだ。
俺は小森田 秀人。両親は、優秀な子になって欲しいと名づけたそうだが、残念なことに、名字の方が勝ってしまったらしく、俺はひきこもりとなってしまった。
何とか通信制の高校に入り、今は学生という肩書を保っているが…。
働きたくはない。なぜなら、働いたら負けだからだ。
俺はそう決心して以来、専業主夫をめざし何年も花婿修行をしている。
そんな俺の趣味はと言えば、インターネットくらいか。
ネットは良い。顔名前も知らない距離の離れた相手になら、余計な気を使う必要もないし、愛想笑いで頬の筋肉を引きつらせる必要もないのだ。
何年か前に買ってもらった、型落ちのパソコン。いつの間にか部屋の中心となったソレで、俺は今もチャットで仲間と会話を楽しんでいた。
シュート:)
つー訳で、今日は“ブカティーニ・アマトリチャーナ”を作った。動画上げたからみてくだしあ!
クビシメライオン:)
グハッ!何と言う飯テロ。深夜に見てわいけなかったでござる。
邪星院 蓮凰:)
相変わらずいい仕事をする>シュート
シュート:)
即レスドモ! これでイタリアはコンプ!ッス。
―――ゆめはさんが入室しました。
ゆめは:)
はじめましてゆめはです
クビシメライオン:)
あ、お初の方ですな。こんばんち~ッす!
邪星院 蓮凰:)
今宵の月は綺麗だな>ゆめは
シュート:)
ばんわ~
クビシメライオン:)
っていうか、初対面の方を口説くとかw>邪星院 蓮凰
シュート:)
え? 唐突にどしたん?>クビシメライオン
タカ:)
月が綺麗~というのは「I love you」の遠回しな表現だ>シュート
クビシメライオン:)
解説サンクス>タカ
シュート:)
あ、ああ、それか~。
シュート:)
も、もちろん俺も知ってたけどね!
クビシメライオン:)
嘘乙!>シュート
邪星院 蓮凰:)
え!? 別にそういう意味で言ったんじゃないですよ!? 違いますからね!>ALL
邪星院 蓮凰:)
変な意味じゃなく、ただ普通にこんばんわと言いたかっただけなんです>ゆめは
シュート:)
っていうかキャラ…>邪星院 蓮凰
クビシメライオン:)
完全に素にもどっとるがなw>邪星院 蓮凰
邪星院 蓮凰:)
くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」
ゆめは:)
みなさんうつのがすごくはやですごいです
タカ:)
チャットは初めてですか?>ゆめは
ゆめは:)
はい。うつのおそくごめんなさい
クビシメライオン:)
ここはまったりと語る部屋ですから、マイペースでどぞ~
シュート:)
お気になさらず~。ここの人たちは皆優しいですよ>ゆめは
クビシメライオン:)
まあ、バカっぽい人ばっかですけどね~(笑)>ALL
シュート:)
非道ェ!>クビシメライオン
邪星院 蓮凰:)
月夜ばかりと思うなよ>クビシメライオン
タカ:)
否定できないな
ゆめは:)
ごめんなさいです。たくさんれんしゅうでうまくなります
シュート:)
ま、気楽によろです。
短い一文を打ち込んで、俺は画面から目を離した。
なんか、ゆめはって人、初心者っぽいけど真面目で良い人っぽいなと思った。
同時に、リアルではきっと損な役回りを押し付けられてるんだろうな、とも思う。
「ほんと、リアルは嫌なとこだよ……」
机の上のすっかりぬるくなったコーラのペットボトルを手に取り、一気に呷る。
ペットボトルの外側の水滴が、机に溜まっていたので、俺は服の裾を引っ張って乱暴に拭った。
このチャットルームでは、思ったことを気兼ねなく言える。気楽ゆえに気兼ねない。優しい世界だった。
少し目が疲れた。椅子に深く持たれて目を閉じる。
きしきしと椅子が音を立てる。その音は翌月に控える登校日の事をちゃんと考えておけ、と説教している声に聞こえてくる。
考えれば考える程に憂鬱だ。何故通信制の高校なのに、登校などしなければならないのか。
しかも3泊4日の体験型教室とか……。何が『人や自然と触れ合って、貴重な体験を通して成長しよう』だ。自然と触れ合うとかぶれるだけだし、人と触れ合ってもケガをするだけなのに。全く意味が分からん。
この世の中はペットボトルのようなものだとよく思う。
ボトルの中、自分の味を殺してジュースに混ざり、社会に適応しようとしても、結局ボトルの外側の一部の奴に呑まれてしまう。
かといって外側で踏ん張っていても、最後は水滴となって零れ落ち、さっき俺がやったみたいに誰かに拭き取られて終わりだ。
憂鬱な気分で空になったペットボトルをゴミ箱へ投げ捨てる。外れた……。
「いや、そうならない方法が一つある……」
俺が見出した一つの解決策。社会に出ないで、かつ立派な職業と呼べるもの。
――専業主夫
そうだ。今回のイベント。将来の嫁を見つけるいい機会になるかも知れない。
キャンプなどでカレーとかのベタ料理を作るという、ド定番なクソイベントがきっと企画されている筈だ。
いつもなら『火を起こす人、の後ろで見ている人』の役をやる俺。
だが、今回は勇気を出して、参加してみるのはどうだろう。日ごろ鍛えた俺の完璧な料理の腕と洗い物スキルを披露すれば、俺を主夫にしたいと思ってくれる女子がきっと現れるに違いない。
「そうと決まれば、だ」
俺はチャット仲間に、将来お金を稼ぎまくる女の見分け方を尋ねようと思い再びモニターに向かうと
Lさんが入室しました―――――
邪星院 蓮凰:)
どうもこんばんは。お初に……。
クビシメライオン:)
ばんわ~
タカ:)
こんばんは>L
ゆめは:)
よろしくおねがします
クビシメライオン:)
…………
クビシメライオン:)
あれアれ、Lさん? おーい
邪星院 蓮凰:)
ひょっとすると
クビシメライオン:)
ROM専のお方ですかな?
ゆめは:)
ろむせんとよむですか、すいません
タカ:)
ええ。会話に加わらず、読むだけの人という意味です>ゆめは
ログを辿ってみると、どうも場が停滞しているようだった。
ROM専が入ると何となくしらけるんだよな……。
現にLってやつが入室してからの流れがぎこちなくなっている感がある。
とログの最後の方でようやくLの発言があった。
L:)
ずっと探していました、あなた
クビシメライオン:)
???
邪星院 蓮凰:)
そうか、ようやく出会えたな>L
クビシメライオン:)
いやおめー初対面だろ!? 何無理やり話繋いでんの(ビシッ!)>邪星院 蓮鳳
タカ:)
シュートさんと違うタイプのややこしい方の予感がします
シュート:)
って、さり気にワタクシもややこしいにカテゴライズ!?>タカ
とタカ氏に突っ込みを入れたところで、またMOの発言が打ちこまれた。
L:)
――Welcome to my world Mr. Syuto――
「――え?」
その文字を見た瞬間、モニターが強烈に発光した。あまりの光の強さに、どこか体がふわっと浮くような、不思議な感覚を覚える。同時に、頭の中をかき回す強烈な頭痛が走った。
それが、生まれて15年間ずっと過ごしてきた自室で感じた、最後の感覚だった。
第0章スタートです。
色々あって、更新頻度が落ちるかもしれませんが
お付き合いいただければ幸いです!