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ニートの俺が、異世界唯一の料理人!?  作者: 淡井ハナ
第三章 水を差された開店日
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偉大なる冒険家の伝説

 しかし、改めて考えるとこの町の人は皆卵かけご飯が好きなんだな。

 しばらく店内の様子を見てて分かったことだ。


 この店に来た客は必ず今日は卵かけご飯を出せるのか、と尋ねるのだ。

 そして今日もないとわかると、深いため息をついて激しく落胆する。

 

 ここまでがお決まりの流れだ。


「……いや、ちょっと待て。おかしくないか?」 


 卵かけご飯は、ご飯に生卵をかけただけのシンプルな食べ物だが、これだって立派な料理だ。

 異世界人はせいぜいが野菜に調味料をかけるぐらいの発想しか持ってない筈だが……。


 今の町の住人は、リタたちのように野菜をそのまま齧る原始人っぷりなのに。


 何故この町の人たちは、ご飯に卵をかけるという発想が出たんだろう。


「……ちょっと、聞こえてるわよ。だれが原始人って?」

「へ?」


 どうやら知らぬ間に声が出てしまっていたようだ。目の前で拳をぼきぼき鳴らしている女が、鬼にしか見えない。


 ハハ、どうしようか、コレ?


 薄れゆく意識のなか、俺の脳裏にはあの日シオンに出してもらった絶品ご飯の味が浮かんでいた。


「まったく、シュートはもう少し言葉を選ぶべきね。そんだだから、今日も憲兵に捕まったりするのよ!」


 気が付くと、ぷんすか怒りながらリタはリンゴをガシガシかじっていた。


 ちょっと意識飛んでたか? 何でだ? どうも記憶がはっきりしない。


 まあそれはおいといて、リタのいう事ももっともだ。

 確かに、俺の会話能力が多少不足していることは認めよう。 


 でも、俺が言葉巧みに会話出来る程コミュ力が高かったら、俺はきっと専業主夫でない別の何かを目指していた筈だ。


 俺にそういうのを期待すんな。


「でも、シュートの言う事も気になる。悔しいけど、私には卵をご飯にかけるなんて画期的な発想は出ないわね」


 と感心した様子でリタは呟いた。


 それから、何を思ったかリタは突然立ち上がり、声を上げた。


「すみません、ちょっと良いですか?」


 手を挙げて店員を呼ぶ。すると、リタに気づいた店員が何の迷いもなくすっとリタの隣に控えた。


 つーか、この店員さっきの乱闘騒ぎにもまったく動じてなかったし、相当できるな。

 あれほどの事をしでかしたヤツを前に、まったく怯えた様子もない。

 あくまでもリタの質問をしっかりと聞いて、丁寧に答えようとしている。


 そうか、これが社会の厳しさなんだな。俺は悟った。やっぱ、社会は魔物の巣窟。働いたら負けだわ。


「そうですね、この町に卵かけご飯を伝えた人物。それはかの冒険家“ジャーレン”だと伝えられています」


「え、ジャーレン!?」

「え、ジャーレン??」


 いつの間にか話は大分進んでいたようだが。

 誰だよ、それ?! ジャーレンって中華料理の道具じゃねーか、と思ったが、リタの驚いた顔から判断するに、どうやらこの世界の有名人らしい。


 俺がリタに小声でジャーレンって誰だ? と尋ねると


「あ、そうか。やっぱシュートは知らないよね」


 とおなじみのリアクションが返ってきた。


「すみません。この人、事故で頭を打っちゃって記憶が無いんです。だからジャーレンの事も忘れてて…。教えてあげてくれませんか?」


 とリタは非道い事を言った。


 すると店員は心底気の毒そうに俺をじっと見つめ、何かを決意したようにうなずいた。


「ジャーレンは、伝説の冒険家の名前です。そしてこの世界に現れた最初の魔王を倒した勇者の一行に加勢した人物でもあるんですよ」


 店員は厳かに語る。

 だが、俺としては「へー、そうなんですか」と返すしかない訳だが。こんな時、リア充は何と言って盛り上げるんだ? 難易度高すぎだよ…。


 とか考えていると、リタが肘で俺の脇腹を小突いてきた。


「ジャーレンも、シュートと同じ、見たこともない服を着てて、自分は異なる世界から召喚されたって言っていたらしいわ。まあ、昔のことだからあくまで伝承で残ってる話なんだけどね」

「え、マジか!?」


 それを先に言えよ。それだと話が変わってくる。俺の中で、一気にジャーレンなる人物の重要性が増す。


「ジャーレンはあちこちで様々な食べ物を発明した、偉大な研究者でもありましてね。その発明の一つが、この町の卵かけご飯なんですよ。あのジャーレンがこの町に立ち寄ったかと思うと、ロマンですね」


 遠くを見つめる店員。いや、そんなことはどうでも良い。


「な、なあ。そのジャーレンってヤツ。魔王を倒した後はど、どうなったんだ?」


「え、ええ。魔王が死の間際に呪いを残したのか、彼は日に日に弱っていったと聞きますね。最後の頃は頭を掻き毟ったり、遠くを見つめたり、何かに餓えた様子で“こーら”やら“はんばーがー”やら“ぽてち”なる謎の言葉をしきりに口にしていたと伝えられています」


「………え?」


「そしてジャーレンは勇者の元を離れ、一人世界を巡る、であってますよね?」


 リタも気分が高ぶったのか、話に混じってくる。

 どうやらリタもジャーレンの話はよく知っているらしい。


 しかし、一体全体どういうことだ。何でジャーレンはそんな言葉を残したんだ?


「そして彼は遂にある日この世から姿を消しました。ある日ジャーレンはエメンタールという遺跡に入ったのですが……。彼が遺跡に入ったと時を同じくして、突如天にも昇る光の柱が上がり、すさまじい爆発が起こったそうで。光の柱が消えた後、ジャーレンの姿は影も形もなかったそうです」


 おそらく爆発に巻き込まれ、跡形もなく…。と涙ながらに語ってくれた。


 どんだけジャーレンに感情移入してんだよ、と思いつつも俺はその話に引っかかるところがあった。


「そのエメンタールってトコ、今もあるのか?」


 鼻をかんでいる店員に俺は尋ねた。すると店員は嬉しそうにして


「ええ、残っていますとも!」


 と、いきなり店員が俺の手を掴んで目をキラキラさせながら言った。


 俺もリタもビックリした。


「おおう……」


 この目は、好きなアニメを聞かれ、答えたときに「同志よ!」といって迫ってきた、高校の最初の登校日で隣の席になった小見山君と同じ目だ。


 俺が若干引いていると、空気を読んだのか店員は幾分落ち着きを取り戻した。


「ですが、その遺跡は今はオルトラーナの管理下にあります。ですので、国王の許可書がないと、立ち入れなくなっていると思います」


 と残念そうに言う。

 

 オルトラーナは、確か俺が今いるこの国の名前だ。それぐらいは覚えている。

 

 それからも店員のジャーレン話は続いた。


 やれ、カップラーメンなる夢のような食品を発明しようとしていたこと。

 『顔があんこが詰まったパンで出来たヒーロー』が、悪者をやっつけるシンプルながら面白い話を新聞で連載していたこと。

 『蒸気船に乗るネズミのキャラクター』を生み出し、世界中に広め一大ビジネスにまで育て上げたこと。

「諦めたらそこで試合終了です」等すばらしい名言をいくつも残していたことなど、とにかくその偉業はいくつもあるらしい。


「………(つーかそれ、俺の世界での有名作品とかのモロパクリじゃねーか!!)」


 俺の中で、ジャーレンと言う人間の株価が一気にストップ安になったが、同時に確信した。


 やはりジャーレンは異世界人じゃなく、俺と同じ世界、しかも日本で同時代に生きていた人間だ。


 俺はある仮説を立てた。

 ジャーレンという奴は、俺の世界の数々の知識をそのまんまこの世界で発表し、一気に有名人になった。

 そして調子こいて魔王を倒したりもしたが、奴は現代っ子。

 慣れ親しんだコーラやハンバーガーやポテチを口にしたくてたまらなくなった。


 ところが、当然だがこの世界にそんなものはなく、かといって自分で作ろうにもそんな料理のウデは無い。

 日に日に欲求は募り、ついにはそれを持て余してしまう。


 困った彼は必死で世界を旅して元の世界へ戻る手掛かりを探した。

 そしてある日エメンタール遺跡にたどり着いた、と。


 俺がそんな事を考えている間も店員の話は留まるところを知らなかった。


 だが、もうジャーレンの話はお腹いっぱいだったし、俺が元の世界へ戻るための手掛かりも得た。


 俺はリタの手を引いて店を後にした。というか逃げるように店を後にした。


 外に出ると、時間も大分遅くなってしまったようで、日はすっかり落ちていた。


「何か、かなり具体的な話だったな……。一体何年前の話なんだ?」


 帰り道の途中、俺はリタに尋ねる。街灯だけでは心もとなく、今はリタの魔術が足元を照らしてくれている。


「大体二百年前かな。彼は冒険家だから、逸話は世界のあちこちに残ってるのよ。それに絵本や伝記も出版されてるしね」


 とリタは答えた。どうやらリタも何冊か関連本を読んだらしく、店員が語った話のいくつかは知っていたようだ。


「それに、彼の伝説はシュートとも無関係じゃないのよ」

「……え? 何でだ?」

「ドーンの村に伝わる勇者伝説、覚えてる?」

「……あ、俺が初めて村に行ったとき、村長が言ってたやつのことか?」

「そう、その伝説はジャーレンが残した予言なの。私、シュートに最初に会った時、まさに予言の通りだと思った。変な服だって着てたしね……」


 とシオンは少し寂しそうに笑った。


「あ、その……。何か期待させてゴメン」


 勝手に期待して勝手に失望されるのは正直どうかと思ったが、何と言うかリタのそんな顔を見ていると、何となく不安になるので嫌だった。


「……でもね。私は今でもまだ、少し信じてるよ」

「………え?」


 不意にリタはそんな事を言った。


 聞き間違いかと思いもう一回言ってくれ、と頼んでみるも


「ほら、はやく帰らないと、シオンが待ってるよ!」


 と、走って先に行ってしまった。……って速! 


 リタが言ってしまったせいで、足元を照らす明かりが無くなってしまった。

 俺は置いて行かれないように、必死に後を追うのだった。


 運動不足の体で無理をしたせいだ。

 店に辿り着くころには心臓がドキドキと、エラいことになっていた。


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