開店準備で大炎上
しばらく店は通常の道具屋へ戻し、料理店再開へ向けて再び準備を行うこととなった。
俺は評判激悪となってしまったマーボーに代わる、新メニューの研究を。
そしてシオンは、やはり道具・食材店として頑張って行きたいと言うことで、供給不足に陥っているカリンガの卵を集めることになった。
「シオン一人では不安だ」とリタが言い出したので、そっちは二人で行っている。
で、俺は何をしているかというと、町の人間がどんな味を好んでどんな嗜好なのか情報収集をしていた。
「なあ……。食べたいか」
「は、はあ?」
「だから……。食べたいか」
「な、何ですかあなた。ひ、人を呼びますよ」
「え、いやちょっと――」
待ってくれよと俺が手を伸ばした直後、女は悲鳴をあげて逃げ去った。
こんなことをもう何回も繰り返している。
本当は老若男女問わず、色々な人に聞いて回るべきなのだろう。
ただ、どうも男に声を掛けると怒鳴られたり絡まれたりしそうなので、俺は若い女や優しそうな人にターゲットを絞って聞き込みをしているのだが…。
まったく、これではリサーチどころじゃない。
俺がコミュ力不足なのは認めるが、ちょっと言葉に詰まっただけで、どうしてみんな悲鳴をあげるんだ?
少しくらい俺に優しくしてくれても良いじゃないか!
「ちょっと君」
「……はい?」
突然後ろから肩を叩かれた。その厳しい声色に俺は嫌な予感がした。
「町民から通報があってね。若い女性にばかり声を掛ける不審な男がいると。
……どう見ても君だね」
―――あれ、これ、ヤバくね?
「いや、えと、違います! ただ、俺は店のために――」
俺は焦って必死に弁明をした。しかし、相手は眉根を寄せて一層嶮しい表情になり
「とにかく、詳しい話は駐屯所で聞くから。来なさい!」
「ち、違うんです~~!」
抵抗空しく腕を引っ張られ、俺は警察っぽい人に連行されるのだった。
「ホントビックリしたわよ。まさか私がシュートの身元引受人として憲兵に呼び出されるなんて思わなかったわ。まさか噂の不審者がシュートだったなんて…」
あれから半日ほど色々と取り調べをみっちりと受けた俺は、リタが迎えに来てくれたおかげで何とか、その日のうちに解放された。
俺はただ情報収集してただけなのに、あの憲兵のオッサン、同じことを何度も聞きやがって…。
俺は取り調べ中に、憲兵を何度もボコボコにしてやった。妄想の中で…。
ざまあみやがれ!
そして、リタが来てくれたおかげで、ようやくシオンの店に戻れると思ったら、今度はそのリタに尋問されていたでござるの巻。
「で、何で女の人にばっかり声掛けてたの?」
ジロッと俺を睨むその目はどう見ても怒っている。だって、こめかみに青筋たってるし、ピクピクっていう表情だもの。
「いや、だってさ、こういう事って女に聞いた方が良いかなって思ったんだよ。俺の世界じゃ女をターゲットにした店が大体成功するもんなんだって!」
「ふ~ん、そうなんだ」
なおも疑わしげな視線をバシバシと当ててくるので、俺は無理やり顔を背けた。
話を聞かせろとリタに連れてこられたこの店は、いわゆる酒場のような場所らしい。客は皆グラスやジョッキを片手にワイワイとやっている。
要するに、俺が一番苦手としている空気だ。早く帰りたいが…。リタは納得するまで帰してくれそうにないし…。
ふと、客が食べているものに目がいく。というか目線を逸らした。
やはり素材を丸かじりしている人がほとんどだった。
いいとこパンぐらいだが、それも菓子パンや総菜パンの類ではなく、シンプルなパンだ。
「今日のパン、えらくすっぱいな……。外れだ」
「ほらみろ。やっぱり俺みたいにネギにしとけば良かったんだ。何か今日は嫌な予感がしたんだよ」
なんて言いつつ、ネギの男は何やらペースト状のものを塗り、長ネギを生で丸かじりしている。
「どうでも良いが、ネギはこの世界でもネギなんだな……」
やはり異世界人が素材に手を加えると、日によって味にばらつきが出るらしい。
なんというギャンブルだ。どうりで料理文化が発展しない訳だ。
「ちょっと、聞いてる?!」
「――は、はい?!」
唐突に怒鳴られ、俺は我に返った。そういえばリタに怒られてたんだった。
「もう、今日は私、ここで食べるからね! 料金はシュート持ち!」
机をバンと叩き、ビシィ! と俺を指差してのオゴれ宣告。
何と言う理不尽!
「文句ある?」
「いえ、めっそーもない!」
抗議するとまたややこしくなりそうなので止めておく。
リタは店員を呼ぶと、あれやこれや色々と注文を始めた。
「……そっか、今カリンガの卵の供給止まっちゃってるもんね。でも、タイラー道具店で取り扱い予定だから。その時はまた告知するからよろしくね!」
と、リタは店員相手にも全く物怖じせず、営業活動を行っていた。
そのたくましさに半ばあきれつつも、少しうらやましく思う。
「何だい。あんたたち、あの店の関係者か」
「よく見りゃ、ねーちゃん、あん時接客してたコじゃねーか」
突然隣のテーブルに座っていた、下品そうなおっさん共が声を掛けてきた。
「何よ、だったらなんなのよ?」
リタは臆することなく返事を返した。
ってヤバいだろ!
酒場で知らないおっさんに声を掛けられる→キレ気味に返事する。
これって乱闘フラグじゃね?
俺は咄嗟に出口に目を遣った。でも、待てよ。
俺には相手のステータスを見る力があるんだった。
俺はこっそりおっさんたちに視線を向けた。
すると、おっさんのレベルは5、力は4で防御力は7だった。
俺は確かアイテムのおかげで、攻撃力が10以上あった筈だ。
……いけるな、これ。
俺は逃げるのを止めた。
「いやな、伝統あるあの店も、いよいよおしまいだな。俺ァあそこでマーボーっつう珍しいモンが食えるって聞いたんで楽しみにしてたんだぜ。それがどうだい! あんなマズいの、食ったことねえや!」
言って、爆笑する。もう一人も、それを聞いて同じく吹き出していた。
「タイラーさんが居なくなって、今はあのシオンとかって頼りねえ娘が店やってんだろ? 無理せず親父が戻るまで休業にしちまえば良いのにな!」
それだけ言って、ジョッキの酒をぐいぐい呷る。
―――プツン
あ、今プツンって聞こえた。
見ると、リタがわなわなと手を震わせていた。
これは、おっさんたちに合掌だな。
「あんたたちに、シオンの何が分かるの!? それに、あれはミスがあったからあんなことになっちゃったけど、本当は、シュートの料理はすごいんだから!!」
リタの啖呵と同時、おっさんのテーブルから業火が巻き上がり、ネギもパンも炭化した…。
「ひっ!」
「見てなさい! 次は準備万端で開店して、もっとすごい料理を出すんだから!」
とリタは堂々と宣言した。
「す、すんまっせんでした~~!!」
おっさんたちは、リタのあまりの迫力に、両手を上げて店を後にした。
気の毒に。おっさんたちは魔力が2とか出ていたから、きっと魔術はあんまりなんだろうにな。
まさしくリタは鬼だった。
店内はちょっとした騒ぎだ。「いいぞー」とか「よくやった」とはやし立てるもの。「何だもう終わりか」と残念そうに言って酒を煽るもの。中には「やべー超かっけー惚れるわ!」とか言っている奴もいる。
騒ぎを起こした当の本人ははまだ興奮冷めやらぬ様子で、パンに大量にデゾルベ(異世界語でケチャップを意味する)をかけて、口いっぱいに頬張った。
……そっとしておこう。