失敗は成功のもと?(タコライスのレシピ)
店に戻ると、今日のノルマは達成したらしいリタが、ご機嫌な様子で店の入り口に立っていた。
「あ、おかえりシュート。何買ってきたの?」
と俺が抱えている包みに興味を示した。
「ああ、二人とも暑さに負けないようにと思って、栄養価が高いものを色々」
「やった♪ 今日の晩ごはんも楽しみだ!」
と言いつつ、リタは珍妙な動きで喜びを表現した。
「……ヘンな動きだな。それはリタの村での伝統の踊りなのか?」
「なっ! 違うわよ! ただ嬉しかったから、体が勝手に動いたのよ!」
そしてバカッ! とか言いながら小突かれた。…痛い。
俺、防御力上がった筈なのに…。
「わ、悪かった。……っとそうだ、これ」
俺は紙包みの中からオレンジジュースの瓶を二つ取り出した。
「……あ、それ。もしかして、オレンジジュース?」
「ああ。喉渇いてると思ってお前とシオンに買ってきた。ってもしかして苦手だったか…?」
リタはジュースの瓶を見ながら複雑な表情を浮かべていたので、俺は問いかけた。
「……あ、ううん。私は大好きだよ」
そう言って瓶を一つ手に取って、一気に飲み干した。
「プハッ」と若干オッサン臭い仕草をして、それから瓶をカウンターに置くと
「……でも、実はシオンはオレンジが苦手なの。だからそれは、シュートが飲んであげて」
どこか遠い目をしてリタはそれだけ言うと、リタは礼を言って2階の自室へ行ってしまった。
良く分からんが、そういう事ならしょうがない。
俺はシオンを探すことにした。どうもシオンは誰かが言わないと休みなく働くからな……。
程なく、店の隣の物置で何やら忙しそうにしているシオンを発見した。
「相変わらず、超頑張ってるな」
俺は少し距離を取り、シオンに声を掛けた。
「あ、シュート君……」
シオンはふー、と疲れたように息を吐いてこちらへ向き直った。
ここ数日で少し打ち解けてきた感じで、シオンは俺を呼ぶときに『さん』から『君』と言うようになったのだ。
俺はシオンに休憩を提案すると、シオンは意外にもあっさり受け入れた。
何か俺、すごくないか? これ。
俺達は店の中で、すこしお茶をすることになった。やはり屋内の方が幾分暑さもマシだ。
「そう言えばリタに聞いたんだけど、シオン、オレンジが苦手なんだって?」
アイスティー(ロゼ名産のソーニャという茶葉を使った紅茶)を飲みつつ、俺はシオンに尋ねた。何となくあの時のリタの態度が気になったからだ。
「昔は好きだったんですけど、今は苦手になっちゃった、です。味覚が変わった、でしょうか」
とシオンは苦笑した。別段深いエピソードがあるわけでもなさそうだが。俺の思い違いか…?
……しかしこれは、参ったな。俺のプランだと、ここで長い過去編に突入して暫く俺は聞き役に徹するはずだった。これ以上俺は話すことがないし、どうしよう。
気まずい沈黙が生まれる。こういう時このアイスティーが缶だったら、“ラベルをしっかり読み込む人”になってそれに没頭できるのに…。
何か言わないと…。
「どうかした、ですか? なんだか顔色が良くない、です」
とシオンが心配そうに俺の顔を覗きこんだ。
「あ、ああっと。別に何でもないッス」
不意に見たその表情はいつもと違い、何と言うかお姉さんっぽい落ち着いた様子で、思わず慌ててしまった。
「そ、そうだ。シオン、何か俺にして欲しい事とか、ないか?」
切羽詰まって出た言葉は、自分でもやってしまったと思うようなあまりに唐突な言葉だった。実際、シオンもキョトンとしている。
「ほ、ほら。俺達、相当シオンの世話になってるし。何か、お返ししたくてさ、ははは…」
それは俺の本心でもあった。借りを作りっぱなしってのもどこか落ち着かない。
シオンは困ったように笑って「そんなのいいですよ」と言うが、ここまで来ると変に意地になってしまい俺は「何でも良いからさ」と連呼してしまう。
何か、むしろシオンに迷惑かけてるだけなんじゃ、と思い始めた頃
「……それじゃあ、一つだけ良いですか」
とシオンは遠慮がちに尋ねてきた。
「あ、ああ! 言ってくれ!」
俺が食い気味でそう言うと、シオンは何度か逡巡した後、深呼吸をして
「私、最初にシュートさんが作ってくれた、“りょーり”の作り方、ずっと知りたかったです! もし良かったら、教えてください!」
一気にそれだけ言った。どんな難題が来るか、と身構えた俺は思わず拍子抜けしてしまった。
「何だ、そんなことで良いのか? それなら、もっと早く言ってくれればいいのに」
緊張したので喉が渇いた。俺はアイスティーを一気に飲んで言った。
「じゃあ、今日の晩ご飯、一緒に作るか」
「あ、は、はい!」
シオンは顔を輝かせてうなずいた。その笑顔はこちらまで嬉しくなるような本物だった。
ようやく俺も、ロゼの町に一員になった気がした。
日もすっかり落ちて、良い具合に腹も減ったころ、俺とシオンは台所にて並んで立っていた。
「よし、まず料理の手順を確認しようか。レシピを書いてみたから、ちょっと見てくれ」
俺はメモ帳を取りだし、シオンに見せた。
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タコライス
<材料>2人分
合挽ミンチ…180g
タマネギ……1/2個
トマト………1個
ニンニク……1片
レタス………お好みの量
チーズ………お好みの量
(合わせ調味料)
トマトケチャップ…大さじ2
ウスターソース …大さじ1
しょうゆ …小さじ1
1.調味料を合わせておく
2.材料を切る。タマネギ、ニンニクはみじん切り。トマトはダイス状に。レタス は水で洗い、まとめて千切りにする。
3.フライパンに油をひいてまずニンニクを炒める。
4.香りが出てきたらタマネギを入れる。
5.タマネギがしんなりしてきたら、ミンチ肉を投入し、軽く塩コショウを振る。
6.肉の色が変わったら、1の合わせ調味料を入れ混ぜる。良く炒めて具は完成。
7.皿の中央にライスを盛り、周囲にレタスを散らす。
ライスの上に、6のミート、チーズ、トマトの順に盛り付けて完成!
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「意外と簡単だろ? 最初に調味料を合わせとくと、炒める時に焦らずに済むんだ」
「……成程です。そういうことなんですね~」
シオンはしきりに頷いている。その様子はもしかして……。
「なあ、シオン。一回作ってみるか? 良かったら教えるぞ」
「え、良いんですか?!」
俺の提案に、シオンは身を乗り出した。さっきから『私もやってみたいな、でもどうせ私にはできないだろうな、でも……』というループに陥ったように表情をころころ変えていたのでもしやと思ったのだが。どうやら当たりだったようだ。
「そんじゃ、まずは調味りょ……ってもうやってんのかい!」
見ると、シオンは既に合わせ調味料を完成させていた。シオンは苦笑して
「実は、ずっと私も“りょーり”してみたかった、です。それで、ついガマンできなくて――」
照れたその仕草はとても女の子だった。不意打ち過ぎて、思わず胸が高鳴るじゃないか…。
「ま、まあ積極的なのはいい事だ、ウン。じゃあ、次は材料を切るんだけど。シオンはナイフを使ったこと、ありますか?」
最後の方は思わず敬語になってしまった。というのも、シオンはナイフを矯めつ眇めつしていたのだが、その様子があまりにも不慣れな手つきだったからだ。
それにナイフと俺を交互にチラチラ見て微かに震えるのは止めてくれ。
「シュート君、どうして青い顔してる、ですか?」
「いや、何か身の危険を感じるんだ……」
「む~、失礼です。私はただ、珍しくて見ていただけです! お父さんが何故か私にナイフを使わせてくれなかった、です。台所にはいつも母が立ち、手伝わなくて良いと言われてましたし……」
両親は私をとても大切に育ててくれました、と感慨深げに言う。
だが、俺から言わせると、それは恐らく違う。ご両親はシオンの超ドジッ娘属性を恐れたに違いない。
そう思ったが、俺は水を差すことはしなかった。これを機に、シオンが家事を覚えるのも良いんじゃないか、と思ったのだ。
俺はさりげなくシオンから距離を取って言った。
「じゃあ、まずはタマネギをみじん切りにしてみよう。……ってみじん切り、分かるか?」
「知ってます。……そんなに心配しないでください。私、斬ることは得意、です!」
珍しく自信に満ちた表情でシオンは断言した。…って“きる”の漢字、違くね?
「私は風の属性を持ってるんですよ?」
「え――?」
嫌な予感がした。と思ったら、シオンは高速でなにやら詠唱を始めた
「待――」
「schneiden(迸れ!)laminas verde Esmeralda(翠玉の刃)」
掌をタマネギへかざし、そう宣言したのと同時、シオンの腕から指先にかけて淡い光が流れた。そしてものすごい力の奔流が一塊になって、タマネギへ襲いかかった。するとタマネギは、見えない“何か”によって切り刻まれていき、遂には見事なみじん切りになった。
「ど、どうです?」
おずおずと俺に尋ねる。
「す、すごく良いと思います……」
そう答えると、シオンはほっと息を吐き、それから「良かったです」と顔を綻ばせた。
やっぱ女って怖いな…。もうシオンにセクハラしようとか考えるのは止めよう。
それからもシオンは順調に材料を斬っていった。
「じゃあ炒めに入るが、リタを呼ぶか?」
コンロに火をつけるには魔術が必要だが、あいにくシオンは火属性を持っていない。
「大丈夫です。うちは道具店ですよ?」
と言ってシオンが引き出しから取り出したのは、マッチ箱だった。
シオンは手慣れた様子でマッチに火を点け、それをフライパンの中に放り込んだ。……中?
「って違ァう! ダイレクトに肉を燃やす気か!?」
「え? あ、すみません間違ったです!」
取り乱すシオン。
「消火しなきゃ!」
そう言って彼女が取り出したのは
「え? ちょ――」
油だった。
シオンは何のためらいもなく、油を傾けて、フライパンにドブンドブンと注がれていく。
「危ない!!」
俺は咄嗟にシオンの体を引かせた。
フライパンからは、当然の如く爆発が上がりました。
それからはもう、ただただ惨劇……。
爆散するミンチ肉。燃え盛る火柱。
さらに、パニックに陥ったシオンが、何とか火を消そうと水の魔術を使ってしまったため、油があちこちに飛び散り、飛び火がものすごい事になってしまった。
下の騒ぎを聞き、2階にいたリタがすぐに来てくれたため、俺は協力して何とかフライパンの火を消した。
ようやく全ての火を消し終わった後、今度はリタの説教が待っていた。
何度も俺達に頭を下げたシオンは、しょんぼりしたまま。今は無言で燃えカスの掃き掃除をしている。
「大事にならなくて良かったわ。シオン、あんまり気を落とさないでよ」
リタはそんなシオンを懸命に慰めようとしていた。だが、そんな優しい言葉が今は逆につらいんじゃないか。
俺は飛び散ったミンチ肉を集めながらそんなことを思っていた。
結局フライパンの中身は焦げきった元肉の何かになってしまったため、夕食はパンなどの簡素なものになった。
食事中もずっとシオンはテンションが低く、リタは何とか盛り上げようとするもことごとくスベッてしまい、最後には「何とかしなさいよ!」と俺に振る始末だった。
そして気まずい沈黙は、今も続いている。
珍しく洗い物を買って出たリタ。かちゃかちゃと不慣れな手つきで食器を片づけている。
「まあ、その、何だ。初めての料理は誰でもあんなもんだ。皆何度も失敗してうまくなんだよ。だから、あんま気にすんな」
「はい……」
シオンは余計にガックリとうなだれてしまった。どうしよう助けてリタさん…。
と、視線を向けるとリタは鬼のような形相で俺を睨んでいた。
「何余計落ち込ませてんのよ! ちゃんとシオンを立ち直らせなさいよ!」
そんな無言のプレッシャーが痛い。
見て見ぬふりをしていると、無言で魔術を唱えたのかリタの目の前にファイアーボールがボッと現れた。
脅迫ですかそうですか……。
「えっと、最初の調味料を合わせる手際はかなりのもんだった。あれはとても初めてとは思えない鮮やかさだったな~、うん」
「え――」
「あと、材料を刻む魔術は見事だった! 後は慣れと冷静さがあれば大丈夫さ!
シオンはいつも頑張ってるんだからすぐ料理も出来るようになるって。諦めんなよ。失敗こそが成功の種だ! 今は落ち込んでもいい。悔しがってもいい。でも深刻にはなんな! できるできる! 最後には必ずシオンもできる!」
ヤケクソ気味に、某熱い人の言葉を思いつく限り並べてみた。
が、使うシチュエーションを間違えたか。
見ろ。リタがドン引きしてるじゃないか!
やべ…、死にたいくらい恥ずかしい。
俺まで泣きそうになってきた。するとシオンはおずおずと目線を上げ
「失敗ばかりの私でも、いつかちゃんとできるんでしょうか?」
遠慮がちに尋ねた。
「――あ、ああ。俺だって最初は何回も失敗してたけど、今は何とか出来てる。諦めなきゃシオンも絶対できるって!」
そう言うとシオンははにかんで、お礼の言葉を口にした。
そして最後にこんなことを言った。
「そうですね、さっきは慌ててしまい、油に水をかけてはいけないということを忘れてました。次ああなったら今度は風の魔術を使います!」
「ちょ、ちょっとシオン! 風なんて出したら、それこそ火が大きくなって危ないわよ!」
リタの指摘にシオンは「へ?」と首を傾げた。
それからもリタの突っ込みとシオンのボケは続く。
二人の遣り取りをみて俺は思った。
「絶対に、シオンを台所に立たせては駄目だ……!」